IFSMA便りNO.4

(社)日本船長協会事務局

IFSMA 理事会報告

2008年度第2回の理事会は3月9日、10日の2日間、IFSMA の本部のあるロンドンで開かれた。
会議に参加したのは会長であるスウェーデンのリンドヴァル船長、副会長であるノルウェー、英国、フランス、日本そして事務局長などである。
IFSMA の理事会はいつものことながら、議題順に審議されるというより、一種の作業部会のような形で、議題にとらわれず自由に意見の交換をおこなう。
今回も海賊問題、STCW 条約の改正問題、ILO(国際労働機関)における船員の「船員の遺棄及び死傷時の責任及び補償に関する作業部会」の報告、ライフ・ボートの取扱い、5月の総会準備などについて情報や意見の交換が行われた。
船長のための責任保険については、この保険を市場に提供しようとしている保険会社からプレゼンが行われた。
また本誌前号(平成21年2・3月号第389号)にて紹介したIFSMA の長中期の展望及び戦略については、幾つかの船長協会からコメントが寄せられたが、これは事務局で整理して5月の総会で論議することとなった。
今回の「IFSMA 便り」は他国の船長がどんなことに興味を持っているのかを示す意味で、総会での発表予定文書について報告したい。
これらの文書はリオ・デ・ジャネイロで開催される総会で発表され会員の意見交換のテーマとなる文書である。
(1)Vessel Traffic Management(VTM 船舶通航管理)
英国のNautical Institute から提出された文書でVTM の概念を説明したものである。
VTM は海上交通安全、海洋環境保護、海上輸送の効率化、そして海上におけるセキュリティの強化などを目指す広範な航行管制システムである。
これは近年の通信技術の発達を背景に発展した考え方であるが、VTS(船舶通航管制)を港内や狭水道、さらには領海から排他的経済水域(EEZ)にまでその管制を広げたシステムともいえる。
航空機と異なり公海は除くが、少なくともEEZにある船舶は沿岸国が必要な管制を行うのである。
EEZまで管制を広げようとすれば必然的に海洋法条約との葛藤が起こるが、これはとりもなお さずVTM の発展と実現の時期を左右するものとなる。
今後の議論の行方をしっかりモニターする必要がある。

IFSMA 本部のあるMarine Society

 

(2)Enclosed spaces の安全確保
英国の船舶職員組合であるNautilus UK から提出されたペーパーで、密閉された区画における死傷事故について対策の強化を訴えている。
この密閉された区画における事故についてはこれまでも多くの報告がなされ、その対策も十分に行われていると思われるが事故は依然として後を絶たない。
英国領海内及び英国船だけでも2007年9月から6件の死亡事故があった。
国際海難調査フォーラムで得たデータでも1991年から18ヶ国で120件の死亡事故と123件の傷害事故があったという。
今や船員の死亡事故のもっとも普遍的な原因となっており、チェイン・ロッカー、ペイント・ストアー、バラスト・タンクなどで事故が多く発生している。
この種の事故に関する規則や勧告、或いはガイドラインや情報は十分すぎるぐらいあるが、それでも事故が無くならないのは、一つにはこれらの情報や勧告が統一性や整合性に欠ける事で、例えば用語でも‘enclosed space’, ‘dangerous spaces’, ‘confined space’ などとなっているし、勧告等の性格の曖昧さで多くの場合、用語としてmayが用いられているが、これはmust であるべきだという。
しかし一番の問題点は船内のSafetyCultureで、まだまだ船長を始め船員のこの種の事故に対する認識は甘く、これを変えるために努力すべきであるとしている。
(3)船舶による大気汚染
フランス船長協会のペーパーで大気汚染に関するIMO での審議の状況やこれまで確定しているMARPOL 条約付属書の内容、決議の抜粋、関連のガイドラインなどを総括したものである。現時点での船舶による大気汚染に関わる規制の内容や問題点がよくわかる。
(4)世界の船員不足について(World Wide Manning Crisis)
これはインドの個人会員であるCaptain A. Bansal によるもので、彼は現在77才とのことだが経歴は残念ながら不明である。流麗な英語と海運の歴史や現状に詳しく、論文というより面白い読み物と言った感じから、海運関係のジャーナリストとして働いてきたのではないかと思われる。
彼はまず現在の船員不足が船腹量の増加、すなわち第二次世界大戦後と比較すると8倍以上になっているが、それは決して船員不足の原因ではなく、船員不足の原因は海運界そものに内在するという。欧州連合内の出稼ぎ大国、そして伝統的に船員大国でもあったポーランドでは2007年の高校卒業生が35万人から50万人程度であったが、商船に乗る、あるいは商船学校に入ったのは1000人にも満たないとの調査があるという。
ポーランドでは一部の恵まれた者を除いて多くはロンドンかベルリンで皿洗いなどをするしか道がないのにもかかわらずである。
海運界の問題点は船員を余剰価値を生む人材でもなければ投資の対象、あるいは研修を行うべき対象でもなく、単なる設備とみてその固定費にのみ関心をはらうことにある。船員が海難事故汚染事故に巻き込まれれば経営者の唯一の関心は彼等自身がどこまで責任を負わされるかどうかである。
従って船員との仲間意識や連帯感などは全く無いと手厳しい。
そして船主側の船員に対する意識改革を強く求めている。
いささか言い放しの感がないでもないが、ここを仲介するのがIFSMAの役目かも知れない。
(5)甲機両用職員
インドのチェンナイ郊外にあるアメット大学の副学長から提出されたものである。
このアメット大学は昔のAcademy of Maritime Education and Training が改組されたもので海運一般に関する教育研究を行う大学である。
ここでマースク・ラインの支援のもとに海上実習を含めた4年制の両用教育を行っている。
また、デンマークでは航海科は全て両用教育に切り替えたとの事である。
機関科に関する資格をもった航海士・船長は陸上においても上級管理者として登用される機会が多いという。

船長の責任保険に関する保険会社のプレゼン風景

 


(6)IMO の規則
これはノルウェー船長協会のメンバーでIFSMA の副会長を務めるハーヴェ船長が提出したパワーポイントによるプレゼンで、昨年6月に北アイルランドで座礁したロシアの貨物船の就労体制を例としてとりあげている。
この船の航海当直は二直制、すなわち当直は6時間交代で、座礁の3時間前から当直航海士が疲労のため居眠りしていたものである。
最近の調査では座礁事故の原因の30%は当直者の疲労に起因するものであるという。
この調査に基づきIFSMA とITF は三直制の強制化と休息時間の最低時間を定義するよう本年2月のIMO のSTW 小委員会に提案したが、これは支持する国や団体はなかったという。
事故と船長及び航海士の過労とははっきりした因果関係があり、それを解消するのは航海士の増員しかないのは誰にでもわかるはずである。
それにもかかわらず彼の出身国であるノルウェー政府も対策として商船学校におけるより良い教育訓練、ISM コードの厳格な適用、船内書類、特に海図やログブックのより良い管理(!)、船員の安全に対する意識の向上を図るなどと、お為ごかしというかあまりにも空虚でむなしい提案であると憤慨する。
ハーヴェ船長はIFSMA のIMO におけるスポークスマンを長年務めており、労務問題にかかわる審議でIMO 加盟国の煮え切らない態度に常日頃から苛立ちを募らせているのであるが、IMO とその加盟国は意識を改め事実を直視すべきと訴えている。
(7)安全な海運のための人材養成(Maritime Resource Management MRM)
このペーパーはスウェーデンのP&I クラブによって提唱されたMRM(海事人材の管理)について述べている。
これはこれまでのBRM(Bridge Resource Management)を単に拡大したものではなく、船長・航海士、機関士、乗組員、パイロットそして陸上関係者を含む海事に関わる人材の総合的な管理手法である。
特に陸上部門との関係は、これまでともすれば“我々と奴等”といった関係であった海陸双方の態度を改善することを重要な目標としている。
そして安全の確保、海洋環境の保護、効率化等々を向上するには海事社会のCulture の変革が重要で、まず第一に導入すべきは“No-blame culture”だという。
実際のMRM のコースは「態度と管理技法」などと言った14のモジュールからなっている。
以上が3月初めまでに提出されたペーパーの概略であるが、締め切りまでにまだ時間もあるのでもう少し増えるであろう。
最近はIFSMAだけでなくNautical Institute やRoyal Institute of Navigation など海運関連の雑誌等にインド人の投稿が目につくようになった。
英語を公用語としてきた強みもあるが、やはり海運界においてインド人船員、特に職員層が充実してきた事実の反映だろう。
いずれにせよこれらのペーパーは欧州の船長達の関心事の一端を示すものであろう。


LastUpDate: 2024-Apr-17