IFSMA便り NO.44

When you swallow the anchor

(一社)日本船長協会 副会長 赤塚 宏一

 

 本誌前号(第430号)ではLondon International Shipping Week に合わせて公表された “Maritime Growth Study : Keeping the UK competitive in a global market  Moving Britain Ahead  ” について紹介したが、その 際、英・蘭・スイスの海員組合であるNautilus International が主催したセミナー “Shore Enough?” についても簡単に触れた。英国の 海事分野の企業が経験豊かな船員を求めてい る現状と、もし英国が大きな成果を上げる海 事クラスターを構築したいのであれば、英国 船員を訓練し、支援し陸上職を執れるように すべきである、としたセミナーである。日本 とは船員に対する期待や船員が果たす役割は かなり違うようだ、とも述べた。確かに船員 の教育訓練機関、船員そして海技者の求めら れる役割は少し異なっているようであるが、 先進国の海技者が求められる役割はいずれ英 国のような形になるのではないかと思い、今 号ではこのセミナーについて、そのあらまし を上述の海員組合の機関誌などをベースに紹 介したいと思う。
 このセミナーは正式には “Shore Enough? Meeting the demand for Maritime Professionals” と題され London International Shipping Week の2 日目、2015年9 月7 日 の午後開催された。副題として サExploring the demographics of supply and demand for skilled seafarers with particular reference to city-based service.’ とされている。 ここで言うcity-based service とはもちろん ロンドンのいわゆるシティで提供される海事 関連サービスのことであり、その内容や規模 については前号に詳述したところである。
 セミナーは4 人のスピーカーの講演があり、 その後講演者を含めてパネル・デスカッショ ンが行われた。

 

Heather McLaughlin 教授

 トップバッターのスピーカーはカンタベ リー・クライスト・チャーチ大学ビジネス・ スクールのディレクターであるHeather McLaughlin 教授である。彼女の専攻は会計 学・財政学であるが、ロンドン・ギルドホー ル大学(当時)の博士課程で指導を受けた教 授Dr James McConville が元船員であった ため、海運を研究対象とし、為替管理と船社 の財務戦略で学位を取った。筆者は彼女のリ サーチの為に邦船社の紹介などをしたのだが、 博士論文を提出したあと、この論文を敷衍し て国際海運経済誌に投稿するにあたり、筆者 を共同著者として連名にしてくれた。
 論文名は “Perception of foreign exchange rate risk in the shipping industry” である。 共同著者とは名ばかりで、彼女の書いた論文 の草稿を読んで2,3コメントした程度である。
 神戸大学でオックス フォード・インスティ チュートと共に海運セミ ナーを開催した時も英国 からわざわざ参加してく れた。その時の講演も労 働経済学的見地から見た 英国船員の動向だったが、 彼女が海運関係をずっと 研究対象としていることは嬉しい。船員数の 統計やその年齢別構成などを論考した論文は 数多くあるが、彼女のように経済学的な見地 から考察する態度は貴重なものといえるであ ろう。また英国下院運輸委員会のスペシャル・ アドバイザーで内陸水運に関する委員会の議 長も務めていた。
 Heather McLaughlin 教授によると英国の 海事クラスターは132,000人の陸上職員を雇 用している、このうちの約100、000人は船員 としての知識と経験が不可欠なものである。 その職種は例えば船舶検査官、船舶管理者、 船員教育訓練機関、船級、港湾局、海難救助 業などである。英国船員の数の減少は英国の 海事クラスターに深刻な影響を及ぼす。英国 の海上勤務の船員は1997年に14,300人であっ たが、今日では11,000人以下となっている。 2020年にはさらに減少して8,000人程度にな るのではないかとの予測もある。
 過去20年間に英国及び国際的な船員問題に 関する多くの論文や調査が発表されたが、い ずれも船員経験者の不足による問題の深刻化 を示している。熟練した船員の減少は英国の みならず世界的な現象であるので、雇用者は 海外の人材を英国に招来することも簡単では ない。あるレポートは2021年には英国におけ る船員経験者の需給ギャップは4 、000人と なり、このうち2,000人は何とか欧州及び他 の国々から雇用することも出来るとしても 2,000人の不足は深刻であると、彼女は警告する。
 こうした現状に鑑み、いくつかの企業では 船員に要求する海上経験年数や知識のハード ルをさげ、あるいは海上未経験者を直接雇用 するなど他の方法で何とか穴埋めをしようと している事実があるという。しかしこのこと は企業の訓練教育コストを大幅に増加させ、 また競合関係にある企業との激しい人材の引 き抜き合戦を招くだろうという。さらに深刻 なのは人材の質の低下を来たし、これは企業 の競争力を低下させる。あるいは企業そのも のが英国で存続が困難となり、外国へ移転し、 ひいては英国の海事クラスターそのものの競 争力を減退させると懸念している。
 英国の海事クラスターはこうした問題に対 して出来ることはある。その一つは海上職を 離職する船員に対して海事クラスターのなか で彼らの知識と経験を生かすように説得する ことである。海事企業はもっとPR を強化し、 雇用の機会を増やし、貴重な経験や知識・技 術を維持し、保護するような制度を確立すべ きだ、と指摘する。
 最後にHeather McLaughlin 教授は英国の 海事クラスターは現代の船員像についてさら に研究し、何が彼らを海上職から離れ陸に向 かわせるのか、何が海上職の魅力なのか、何 が問題なのかを多面的に考察する必要性を強 調して講演を終えた。

 

Mr Phil Parry

 次いで登壇したのはSpinnaker Global の 会長であるMr Phil Parry である。彼は海事 弁護士でもある。このSpinnaker Global と いうのは海上職を離れ陸上へ転針しようとす る船員のための職業斡旋企業であり、1997年 に英国で旗揚げした。英国の著名な海事 ジャーナリストのMichael Gray も役員に名 を連ねていた。会社設立を聞いた時、船員の 陸上職への求職斡旋で経営が成り立つのか疑 問に思ったが、今日では世界60ヶ国と取引が あり、50人の職員を雇用しているという。
 Parry 氏は最初にNautilus とSpinnaker が共同で行った統計を紹介した。43ヶ国の元 船員400人が参加したアンケート調査の結果 は非常に特徴的で一部は驚くべきものである という。これらの元船員は現在51ヶ国の企業 に雇用されており、年齢は25歳から75歳、陸 上に上がったのは1969年から2015年となる。 約20% は60歳以上、26% は50~60歳である。
 彼らが陸上に就職したのは18歳から25歳が 10% 強、26歳から30歳が18%、30歳代が45%、 そして24% が41歳から55歳である。6 年未 満の海上履歴が約10%、30年以上の海上履歴 が同じく約10% である。
 一方、船員になった動機は親類縁者からの 情報が43%、中・高校や大学の職業アドバイ ザーから聞いたのが30%、インターネットで 船員という職業を知ったのが9 % だそうだ。 そして調査に参加した元船員の70% が青少 年に船員という職業を勧めるとし、16% が 勧めない、14% が判らない、と答えたそう だが、Parry 氏はともすれば船員という職業 に対して否定的な感じを持たれているのでは ないかと思われる今日この頃、嬉しいニュー スだと語っている。そして(英国の)商船教 育では学費調達のための借金を負うことなく、 学位を得られることがもっと理解されればこ の数字はさらに良くなるであろうと言っている。
 調査に参加した企業側では約22% が船員 を陸上に上げるか採用するにあたり事前に十 分な訓練や研修を施していないが、現在では こうした研修の必要性は多くの企業に理解さ れている。しかし調査に参加した元船員の四 分の三は企業は十分な管理能力を持った元船 員を管理部門に採用していないと答えている。 要するに適材適所となる採用が行われていな いということだろう。Parry 氏はいくつかの 企業では元船員の能力を十分に活用していな いケースがあることを指摘している。元船員 をごく限られた専門分野に閉じ込め、その他 の業務はコストの安い労働力に依存している という。元船員を活用し企業の業績を挙げる にはやはり管理者の高度なリーダーシップが 必要である。それは人材のモラルとモチベー ションの大きな差異をもたらすことになる。
 さらにParry 氏は元船員を採用するに際 して企業は何のために、また何をやらせるか 必ずしも明確に認識していないように見受け られる、多くのキャリア・アドバイザーの言 うことの多くは一見もっともらしく聞こえは 良いが実際的でないものが多い。青少年が船 員養成機関で教育訓練をスタートする時には これから進む職業がいかなるものか、とりわ け海上職を離れ陸上職を求める時はどのよう な選択肢があるのか十分なガイダンスを与え る重要性を強調して降壇した。

 

Capt Susan Thomson

 彼女は英国補助艦隊で一等航海士を務めた 後、ロンドンのシティ・ユニバーシティで学 位を取り、船員教育訓練機関などで講師を務 めた後BP Shipping 社(以下BP)に勤めた。 現在はBP のMarine and project Superintendent であり、女性船員としてまた海上経 験者としてその経験・知識・技能をフルに活 用して重要な役割をはたしている輝かしい見 本である。
 BP は今、次世代の優秀な海技者集団を養 成すべく取り組んでいる。現在約1,300人の 船員を雇用しており、次の5 ~10年先を見据 えて船員の能力開発を図っている。BP グ ループ全体の持続的な発展はそのスタッフに 掛かっているとの認識である。
 Capt Thomson は「BP は他の多くの海運 会社などと違うのは石油会社の海運部門を担 当する分社であるとともに海運はもとよりグ ループ全体の持続的な発展を支える海技者集 団を維持発展させることが求められている」 という。このためBP は海上職から陸上職へ の転針の為に三つのコースを提供している。 もちろんこれらは航機職員に適用される。そ のコースとはAccelerated Development Programme(以下ADP), Direct Hire そし てSecondment である.
 ADP はBP グループの海技関連の基幹職 を養成するコースで技術的な専門分野から リーダーシップなどの管理技術も学ぶことと なっている。コースは2 年で研修生の選抜は 4 日間にわたる評価プログラムを経て行われ る。現在13人の学生がいる。このコースを始 めてまだ5 年しかたっていないので評価をす るのに必ずしも十分とは言えないが、社内の 業務監査やSIRE 検査(Ship Inspection Report Exchange タンカー検船レポート共 用制度)では早くも成果が見て取れる。
 Direct Hire 制度はBP 船員のなかから直 接陸上職として採用するもので過去18ヶ月で LNG 保証スーパーインテンデントや海務監 督など多くの職種で採用された。こうして陸 上職に採用される船員に対しては18ヶ月の開 発プログラムに参加する機会が与えられ、陸 上で働くために必要な知識や技術を研修させ る。またSecondment は陸上職への一時配置 転換である。日本における海上社員の陸上勤 務であろうか。
 特筆すべきはBP が女性船員の支援のため の行動計画に力を注いでいることである。女 性船員が結婚や出産のあと、海上復帰するの は簡単ではない。このためBP は女性船員が 陸上職を執れるような方法についてより良い 方法を模索している。
 Capt Thomson は最後に「このコース運営 に当たって鍵となるのは船員自身が何をした いのか明確な認識を持つことである。海上勤 務ではそれは比較的簡単で一航機に昇進し、 さらに船長・機関長になることが目標であろ うし、また自分がどこに位置しているのか自 覚するのは難しくない。しかし陸上で自分自 身のキャリアをどのように作り上げるのか、 どのような経歴を望むのか、そしてそれをど う実現させるのかは複雑な作業となる。船員 は常に自分自身の将来の計画を持たねばなら ない」と結んだ。

 

Mr Arjen Uytendaal

 オランダ人で元船員である同氏はオランダ の海事クラスターであるNederland Mari- tiem Land (NML)の常務理事である。彼の 語るのはオランダの海事クラスターのサクセ ス・ストーリーである。すなわちオランダは 海事クラスターのコンセプトをいち早く構築 し、オランダが世界の海事産業の「卓越した 拠点」であることを維持・発展させてきた。 オランダの海事クラスターは直接・間接的に 44万人を雇用し、約12,000に及ぶ海事関連企 業はオランダ経済に年間約210億ユーロ(約 3 兆円)の貢献をしている。
 NML は1997年にオランダ海事クラスター の包括的組織として設立された。海事クラス ターの振興と青少年への海事思想の普及を大 きな目的としている。オランダの海事産業の 2015年~2020年の戦略はコストではなく高品 質とイノベーションで世界を相手の競争に勝 てるとの認識のもとに比較的狭い地域に海事 に関わる全てのサービスを提供出来る“Onestop shop” の確立である。オランダの海事産 業は近年の不況にもかかわらず他国と比較し て好調であり、それは元船員に多くの雇用と 機会をもたらしている。
 オランダ船籍の船舶は2006年に748隻で あったものが2013年には1082隻に増加し、こ れに比例して船員の数も増えたが、さらに船 員が必要と考えられるという。オランダ船主 は船員教育訓練機関を終了した練習生全てに は職場を確保すると約束し、最近の不況にも かかわらずその約束を守っている。その結果、 ここ数年の練習生の採用は年率8 % で増加 しており、2014年は前年比16% の増加となっ た。このため新しい商船アカデミーを建設中 であるが、唯一問題なのは乗船実習(社船研 修) のための十分な乗船の機会と船室 (Berth)が無い事だという。この点は練習 船船隊が整備されている日本とは違いがある。
 海事産業が発展し拡充し海運にとどまらず 海洋開発も大きな比重を占めることは、とり もなおさず元船員にさらに多くの可能性が広 がることを意味する、と多くの船員にエール を送った。

 

 

結びに代えて

 この講演の後、4 人のスピーカーを交えて パネル・デスカッションが行われたが、その 報告は今回省略する。印象的なのはNautilus International の書記長であるMark Dickinson の挨拶で「青少年を海に誘うのは昔の “Seeing the World” ではなく、船員のライフ スタイルと自由に過ごせる長い有給休暇、そ してなによりも船員という職業の無限の拡張 性」と言った趣旨の言葉である。
 これまで何度も船員問題を論じ、英国や欧 州の船員事情を紹介してきたが、今更ながら 船員問題に関するアプローチの違いを痛感す る。船員を単なる乗船要員として見做すので はなく、海事社会の中の海技者集団としてと らえる事、船員の陸上職への転針を専門に扱 うマンニング・エージェントがあり、世界的 にネットワークを構築していること、女子船 員に対する先進的な取り組み、グループ企業 内での組織的な陸上職への教育訓練、海上職 を離れた後の活躍も視野に入れた青少年への 働きかけ、なども今回改めて目新しく感じら れた。欧米から学ぶことはまだまだあるようだ。

 

参考文献
Nautilus International “telegraph” “Maritime Policy & Management”

 


LastUpDate:2017-04-18