IFSMA便り NO.52

Baltimore

(一社)日本船長協会 副会長 赤塚 宏一

 

 4 月中旬に開催されたIFSMA の総会はアメリカ船長協会(CAMM : Council of American Master Mariners)の招待で米国東岸のBaltimore で行われた。会場はBaltimore 郊外の小高い丘にあるMITAGS(Maritime Institute of Technology and Graduate Studies)である。広大な敷地に最新鋭のシミュレーションなどを備えた米国の誇る海事関係の訓練施設である。このMITAGAS については総会に同行したN . J . 在住で本誌のニューヨーク通信員を務めている横溝船長が報告して下さるとのことでここでは立ち入らない。私自身がここで訓練を受けたわけではないが、こうした素晴らしい訓練施設をもつ海事社会に関わっていることに誇りを感じると同時に日本にこうした施設のないことを残念に思う。

 

IFSMA 年次総会

 総会には事務局から定款の改正が提案された。それは各国船長協会を会員とするいわゆるAssociation Membership と個人会員であるIndividual Membership に加え、新たに海事関連機器やソフトなどのメーカーなどを想定したIndustrial Membership (産業会員)とAssociate Membership(準会員)を設ける提案である。準会員は海事関連団体などを想定している。この提案についてはドイツ船長協会から会長名で、産業会員が加わると船長という専門職集団の中立性が阻害される恐れがあるとする反対声明が出されていた。IFSMA 役員のNo.2である会長代理のドイツ船長協会のCapt.Wittig は苦しい立場かと思れるが、採決の結果、事務局提案が過半数を得て改正定款は採択された。
 I n d u s t r i a l M e m b e r s h i p (産業会員)、Associate Membership(準会員)の年会費はそれぞれ£6,000 (約90万円)、£3,000 (約45万円)である。ちなみに協会はその所属する会員1 名につき£12 (約1,800円)、個人会員は£60 (約9,000円)である。IFSMA の財政は苦しい状況が続き、あらたにこうした会員制度を設けて会費の増収を図らねば、協会会員の値上げをせざるを得ない状況にある。日本においても産業会員として加盟して戴きたい企業もいくつかあるところから、今後働き掛けて行きたいと思う。

 

セミナー ~自律船~


 今回はアメリカ船長協会とIFSMA の合同セミナーであり、取り上げられたテーマも幅広く、興味深かった。「船長の管理業務の負担軽減」、「自律船」、「救命設備」「船長の犯罪者扱い」「航海技術の評価」「新しい電子化時代の脅威」「米国における海事法制の動向」「北極圏における捜索・救助」、「ILO 海上労働条約」など様々な分野での船長に関わるトピックが取り上げられた。船舶運航に関わるサイバーテロを取り上げた講演ではアメリカは危機感むき出しの迫力のあるもので、サイバーテロ一般に対する感覚の違いを見せつけられた感じがする。
 ここでは活発な質疑が交わされた「自律船」について紹介してみよう。
 プレゼンのタイトルは” Some Thoughts on Autonomous Ships” 訳すれば「自律船に関する一考察」とで もいうべきか。 プレゼンターは米国船長協会のCapt George Quick でパイロットである。彼は米国の船長・航海士及びパイロット組合のパイロット・グループのVP でもある。IMO の会議にもITF の一員として何度か出席しているので見覚えがあった。彼も私を覚えていてくれて何かと話が弾んだ。Capt Quick のプレゼンは自律船の社会的、労働政策的側面を論じたもので、今回のプレゼンの趣旨とほぼ同一でアメリカ船長協会の機関誌に寄稿されたものは ” Would Autonomous Ships Be Good for Society?” と題しており、社会にとって自律船がいかなる影響を及ぼすかに関心があるようだ。以下はCapt Quick の講演を聞き取ったもの、彼が以前に書いたもの、そして講演の後の会話に基づき再構成したものである。

 「自律船に関する議論はEU の研究機関が主導しており、自律船こそがEU の将来の海運業にとって競争力があり、持続発展可能な活動の鍵である、としている。EU においては域内の物流を拡大し効率化させるのがEUにとっての長期的な目標であるが、鉄道も車もすでに限度一杯である。陸上機関の輸送力を拡大するには道路の建設や鉄道網の整備に途方もない費用が掛かる。従ってEU では大量貨物の輸送を“Motorway of the Sea” に委ねようと各国の政策レヴェルで協働している。
 自律船の議論は機器の供給者や自律船に関する潜在的なサービスの提供者の野心的で大胆なプレス発表によっても加速されている。これらのプランは勿論EU 域内の海運に止まらずグローバルな海運における自律船の活動も視野に入れている。自律船の研究や実験は間違いなく機器供給者やサービス提供者にとって新しいマーケットを生み出すであろう。しかしこれはユーザーの要請によるものではない。
 情報とコミュニケーション技術の進歩とロボット技術の活用が海運界にインパクトを与え、船舶運航技術の変革を加速させるのは当然である。私達は製造業と物流の世界においてオートメーションの効果がいかに大きかったか、それによりもたらされた社会の大きな変化も経験してきた。
 自律船の構想は明らかにドイツ政府のいう第4 次産業革命、すなわち『インダストリー4.0』という次の時代を見据えて発表した技術戦略そのものである。詳細は省くが、これはIoT 化が高度に進みビッグデータが整備されあらゆる分野でのデジタル化が図られAI を活用して供給者から消費者までをすべてを完全にコントロール出来る” Smart Factory”を想定している。一方海運は動的で全世界的で、コントロール困難で開放的な海洋環境での船舶の運航と” Smart Factory” は同じレヴェルでは論じられない。とはいえ海事産業のユニークさは大きな前提だが、一方で高度なデジタル化時代の到来で現場・現物主義も絶対的なものではなくなるであろうし、指数関数的に発展する科学技術の応用を考慮すれば、船舶運航が今後どのような形になるのか推測することは困難である。
 自律船の運航は段階を経て進むであろう。その段階毎に十分な評価が必要である。第一段階はまず船舶の全ての動き、機器の作動状況の陸上からの完全なモニタリングであろう。そして機器のいくつかは陸上からの管理を行うことになろう。次の段階はこれをさらに発展させて、本船上には航海当直者などごく限定された乗組員を配乗するSmart Ship の段階、第三段階はいわゆる無人化船で本船の運航は全て陸上から指示され、コントロールされる。究極の自律船は全てを本船自身で判断するすることになるのであろう。これはファンタジーではない。
 しかし、このような段階をどのようなペースとどのような形で進めるのかを決定するのは自律船の経済性と安全性である。経済性についてはこうした自律船の建造費はどの段階においても在来船より高くつくであろう。陸上でのモニタリングと機器の制御、機器自身の信頼性・自律性の確保のための費用を計算しなければならない。加えてこうしたモニタリングや制御を行うための陸上での制御施設の建設も必要である。無人化に至り、乗組員の居住区を完全に廃止したとしてもこれらの費用を相殺できるものではないと考えられる。また本船の保守整備、機器の修理点検など運航に関わる陸上要員で行われる支援作業は現在比較的コストの低い途上国の船員によって行われている経済性に太刀打ちできるのであろうか。
 自律船による大幅な船員費の削減ないし完全な乗組員の排除による船員費の事実上のゼロ化は自律船の建造・運航・支援に関わる費用を上回るものであろうか。もしそうでなければ船主は自律船の選択に慎重にならざるをえないであろう。代表的な海運経済のテキストは運航費に占める船員費の割合は6 % 程度と見込んでいる。資本費は42%、運航費は40% としている。この数字は少々古いもので、数字の取り扱いには慎重でなければならないが、海運業が資本集約型産業であることには間違いない。(注 Capt Quick は “Marine Economics” 3 rd edition Martin Stopford を引用しているとのこと)外航船社が自律船に必ずしも積極的ではないのはこうした数字からもうなずける。マースク・ラインは2030-2035年頃には何らかの形の自律船を考えていると言っているが、これは同社の最近の新造船の稼働期間の終了時期と一致する。
 自律船の推進者は将来の船員の不足と適格性を欠く船員の増加を取り上げる。彼らは“solution” として自律船による船員の排除にともなうコストの低減とヒューマンエラーの消滅を挙げる。しかし彼らは自律船による新しくかつ複雑なシステムの内在する危険、コミュニケーション・リンクの不測の故障、サイバーテロ、リモートコントロールを行う要員が現実の本船と海象・気象や船舶の輻輳状況などから隔絶されていることによる危険などに目をつむっている。
 私達は技術の進歩とそれがもたらす海運産業や船員社会の変革については十分に理解し認識しなければならないが、新しいマーケットを開拓しようとする一部の産業界の動きには慎重に対処しなければならない。
 自律船の問題を考える時は単に海運界におけるオートメーション技術のインパクトのみならず、それのもつ国際的な社会や政治に関わる問題も視野に入れなければならない。技術の進歩が人類にとってプラスになる、その利点はいずれは全ての人類に及ぶというのは幻想である。技術は良くも悪くもない。人間と違って技術それ自体にはモラルも倫理もない。技術はパワフルである。それは現存のシステムも秩序も変える力を持ち、資本家と労働者との契約を変え、伝統的な雇用者と労働者との関係を揺るがし、社会に大きな影響を与える。それは社会の在り方、経済システム、政治制度を変える力を持つ。
 学者は50% から70% の労働力がロボットを始めとするオートメーション技術で置き換えることが出来るだろうと予測している。このことによるオートメーション技術は製品を安く効率的に生産することになり、その利得はまず技術を所有し、コントロールすることのできる資本家・投資家のものとなろう。それは当然のことながら労働者の解雇や労働条件の切り下げ、非正規労働者の増加として、社会的不安を醸成する。また所得の格差はますます増大しひいては現在の自由市場などの経済システムを混乱させるものにもなりかねない。そしてそれは政治体制の混乱も生み出すかもしれない。
 要は自律船の論議は単なる海運界や船員社会の問題に止まらず、全産業的あるいは全社会的観点から考える問題であることを指摘してこの講演を終わりたい。
 自律船の問題についてはさらに技術的な問題、規則と法律の問題、リスクに対する最終的な責任や補償の問題、ヒューマンファクター、人と機械のインターフェースの問題、ソフトウェアの信頼性、サイバーセキュリティの問題など数えきれないほどの問題があるが、それは他のフォーラムに委ねたい。」

 

セミナー後の質疑など

 Capt Quick の講演は自律船に関する米国の取り組みなどには触れなかったので少々物足りなかったが、自律船を考えることは社会の在り方を考えることとの視点はおもしろかった。
 その後の質疑は自律船に船長協会としてどう対処するのか、衝突予防法の適用や責任問題、そしてパイロット業務などであった。Capt Quick は自身がパイロット出身であるためにこの問題には懇切に答えていた。要するに自律船が無人化の段階に至った時点で沿岸国・寄港国は沿岸及び港内を航行する自律船の扱いをどうするのか決める権利を持っているし、決めるべきだという。如何に技術が進んでもノルウェーの山の中で(!!)で運航指令する船舶がチェサピーク湾を航行し、Baltimore に入港することは想像できない。こうした船舶はその地のVTS の完全なコントロール下に入り、shore pilotage の指示・操船のもとに入出港するのではないかとも言っていた。
 国際航海にはこのような問題があり、こうしたことこそ船長なり船長協会が取り組む問題でもあると強調していた。
 このセミナーの後にアメリカ船長協会の会計担当役員であるCapt Manny から“Ships without Sailors?” という記事のコピーがIFSMA 役員に送られてきた。これは環境問題ブロガーであるAdam Minster といいうライターが ” Bloomberg”( 経済・金融情報の配信、通信社でニュース・レターを発行)に書いた自律船に関する記事で、Capt. Manny によると海運や船舶には全く経験のないブロガーによる偏見と悪意に満ちた記事で、IFSMA 及びアメリカ船長協会は直ちに反論を書くべきであると呼びかけた。例えば乗組員に関わる一切のコストは全コストの44%にも及ぶという試算もあり、乗組員を排除し船員費をゼロとするのが世界中の政府や船社の永年の目標であり、無人化船を採用する経済的合理性はすでに確固たる根拠がある、とも言っている。居住区が無くなれば船体は5 % 軽くなり、その結果燃料が15% 削減できるとの試算も紹介している。また米国のコーストガードは海難の原因の96% は人的要因と推定している、とも書いている。
 これに対しIFSMA の事務局長であるJIMはこのような記事にいちいち反論することもない、このブロガーはとにかく世間の注目を浴びれば目的を達するので、そのような挑発に乗るべきではないと返信した。筆者も同感であるが、改めて自律船議論の重要性を認識した次第である。
 5 月19日付の海事新聞によると三井造船が海上・港湾・航空技術研究所(うみそら研)、商船三井、東京海洋大学、日本海事協会(NK)、日本船舶技術研究協会などと組織する研究コンソーシアムで提案した「自律型海上輸送システムの技術コンセプトの開発」が、国土交通省の2017年度「交通運輸技術開発推進制度」の研究課題に採択されたとのことである。今回の研究では、船舶の自動・自律運航技術の導入で安心・安全かつ効率的な海上輸送システムの実現に向け、参加する企業・機関の特長を生かして自動運航船の技術コンセプトを開発する、ということであるが、技術コンセプトに止まらずCapt. Quick が提示したような社会的、政策的な分野も考慮して欲しいと願っている。
 6 月の第2 週にはロッテルダムで“Autonomous Ship Technology Symposium 2017”という大規模な自律船に関する国際シンポジウムが開催されるようで、日本からの出席者もあり、また講演もされるようで報告書を読むことを楽しみにしている。

 

フランスの女性船長

 報告書は” FRMS” すなわち“Fatigue RiskManagement System” を援用してケース・スタディを行っている。FRMS とは「疲労を安全運航に影響を与えるリスク」 としてとらえ、「体系的に疲労のリスクを回避、 またはマネージメントする」システムと定義されている。このFRMS は安全が最大の要件である他の交通手段の安全確保、とりわけ航空業界では必須の安全管理システムとして導入されている概念だが、海上交通では未だあまり用いられていない。
今回の総会にはフランスから副会長のドミニクに代わり、女性船長であるC a p t a i n Danielle QUAINI が参加した。彼女は世界有数の船社であるCMA-CGM 社の最初の女性のCaptain of the Company であった。
これは会社の先任船長ということのようである。ドミニクの紹介ではフランスの最初の女性外航船長とされていたが、女性船長そのものはすでに4 ~ 5 人いるとのことである。船長として5 年間アフリカ西岸の木材船などに乗船し、55才で昨年11月に退職し、現在は第二の人生の為の充電中とのことである。本人はいたって気さくな一見、田舎の小母さん風でフランス訛りの強い英語でダニエッラではなく簡単にダニーと呼んで頂戴という。彼女は高校を出るとマルセイユの商船学校で1 年間基礎教育を受け、その後ナントに移り、ここで機関士としての教育を受け、再びマルセイユに戻り航海士としての教育を受けた。卒業後は航機両用士官として勤務した。船長に昇進する前は機関長として乗船した。航機両用士官として教育を受けて機関長として留まる人も多いが、彼女は船長の道を選んだそうだ。
 横浜にも2 度寄港したが、その時は二等機関士で主機の整備作業に追われ、殆んど上陸する暇がなくてとても残念なことをしたと言っている。

 

中華民国船長公會


 台湾船長協会とはClassNK の斎藤直樹船長の助けを借りて、予てよりIFSMA への加盟を呼び掛けてきたところであるが、今回初めて船長協会の理事2 名がオブザーバーとして参加してくれた。Capt. Leon Lee( 李 國良)とCapt. Ann Tair Chung (安 台中)である。二人は年恰好も容姿もよく似ていて、非常に活発である。積極的にIFSMA メンバーやゲストと名刺を交換し、また写真を撮っていた。またIFSMA 総会でのILO 海上労働条約についてはコメントするなどこうした会議にも場慣れしている。
 Capt. Lee はエバーグリーンなどの船社に勤務した後、今年の4 月からは基隆の国立台湾海洋大学の准教授になり、またCapt. Ann も同じく乗船勤務の後、台湾コーストガードに勤務、そして現在は新しい港である台北港のパイロットとのことであった。
 二人はIFSMA に前向きな印象を持ったようであるが、台湾船長協会がIFSMA に加盟するかどうかは理事会で慎重に審議し、また政府との調整もあるとのことであった。

 

 

 


LastUpDate:2017-09-25