子供達に海と船を語って10年

(一社)日本船長協会元技術顧問 池上武男


日本船長協会が創立50周年を記念して当協会名誉船長の柳原良平画伯の発案で始めた「船長 母校へ帰る」(子供達に海と船を語る)事業は、平成22年で10年目を経過した。
昨年11月30日に実施した北海道札幌市南郷小学校がちょうど100回目の訪問となった。この間、私たちの話を聞いてくれた子供たちの数は18,636人である。

実施した学校は41都道府県に及びまだ実施していない県は青森、福島、富山、鳥取、島根及び高知の6 県である。
北は北海道から南は沖縄まで、海に面していない県を含めて様々な立地の学校を訪ね、その土地で育った子供たちと接してきた。その中には中学校全員で17人という瀬戸内海の島の中学校もあり、住民が故郷から離れて過疎化が進み子供たちが少なくなり複数の学校が統合されているところも多い。

また秋田県の中学校では全校生徒330人のうち海へ行ったことがある生徒が数人というところもあった。そのような学校では、船長の制帽・制服を着た我々を見るのが初めてで珍しさと好奇心の目で見つめるのである。
周りを海に囲まれた島国に住んでいるにも関わらず海を知らない子供たちが多いのには
驚かされる。昔はどこにもあった臨海学校の行事が今はなく、海辺の学校にもプールがあって海で遊ぶことが少ないらしい。海の知識がないのは子供たちだけではなく父兄や先生たちも同じである。

今、子供たちに「海」という言葉を聞いてどう思うかと聞くと多くの子供たちは「怖い」と答える。これは台風が接近して防波堤に砕ける大波の情景や、船の事故などで大量に流出した油が岸辺に押し寄せて死んだ魚や油にまみれた鳥の姿などをテレビの映像で見たり、夏の海水浴に行くと遊泳禁止の看板と立ち入り禁止の有刺鉄線があり、ブイとロープで囲まれた狭い水域で監視員が見張っている中での水遊びなど、特に、昨年の東日本大震災による津波災害の映像や被災者の話は子供たちの心に更に強く印象づけられ、子供たちの目には「安全で美しい海」ではなく、恐ろしくて危険な場所と移るようである。

このようにわが国の子供たちは海と親しむ機会が少なく海に関する知識が身に付かない。これは専門家によれば現在の小中学校の教科書には「海」という単元がなく海についての教育がなされていないからであるという。理科の初等教育から海が無くなったのは大学の教育体制に原因があり、総合的な海洋学が理学部に確立されていないためであるといわれている。
わが国には、世界でも珍しい「海の日」という国民の祝日が制定されているにも関わらず、小中学校の教育課程に「海」が欠けているのが不思議である。

わが国は、2007年(平成19年)4月に海洋基本法が制定され、総合的な海洋管理を推進するための取り組みが始まった。これを受けて海洋基本計画が制定されている。海洋基本法の第28条は、広く国民一般が海洋についての理解と関心を深めることができるように学校教育及び社会教育における海洋に関する教育の推進等のために必要な措置を講ずるものとするとともに、大学等において海洋に関する政策課題に対応できる人材確保を図るべきであると定めた。このような新たな法制度の枠組みのもとで国民の海に対する理解・関心を深め、特にこれからの将来を担う青少年への海洋に関する教育の拡充を図ることが喫緊の課題である。また「海洋基本法」ではわが国の海事分野における人材確保のための施策として、「児童、生徒、青少年などに海の魅力や海の職場の重要性について認識を深め、感動とロマンを与える海事広報活動」が必要だと謳われている。
海洋活動に関しては、環境保全、鉱物・水産資源、海上交通、エネルギーなどの分野があるが、我々は商船による船舶運航の専門家として、商船教育を経て、船会社に就職し30年以上の海上経験を持ち世界各国の港との交易に従事し、安全かつ効率よく船を運航し海洋環境の保全に努める現場責任者として海と船のプロフェッショナルを自負している。

このように「海」という大自然と直接向き合って人命・財産の安全と海上輸送の重要性を体験し身に付いた識見と世界観に基づいた知見に勝る教科書はない。
著名な海洋学者たちが提唱しているように、総合的かつ基本的な海の問題が青少年の教育に取り入れられるべきで、まだまだ未知な部分が多いといわれる「海」の世界は子供たちにとって計り知れない科学への可能性を有していると考える。
協会は、日本の子供たちが少しでも「海」への興味を抱き、将来に向けて夢を抱き、その実現に向かって努力してくれることを願いながら、「子供達に海と船を語る」事業を続けていきたいと考えている。


LastUpDate:2017-07-11