中村会長 年頭の挨拶

 

 2025年の年頭にあたり、謹んで初春のご挨拶を申し上げます。
 昨年は、ロシアのウクライナ侵攻の拡大、イスラエルとハマスの軍事衝突、シリア・アサド政権崩壊、韓国尹大統領の弾劾訴追案可決等、国際情勢に不安定な状況が広がりました。今後、アジア地域を含め、更に不安定さが増してくる懸念があります。2023年11月、日本の海運会社が傭船していたPCC「ギャラクシー・リーダー」がイエメンの武装組織フーシ派に拿捕され乗組員らが拘留される事件が発生しましたが、ウクライナ人、フィリピン人ら乗組員は今現在をもって未だ開放されていません。小職が副会長を努める国際船長協会連盟(IFSMA)ではIMO総会の場等でICS(国際海運会議所)と共同でこれら攻撃に関する深刻な懸念、また拘留されている乗組員らの開放を求める働きかけを声明の形で表明しました。具体的には、同地域に影響力を有する国々に対し、航行の自由を維持するために全力を尽くすと共に、貿易を妨害し、無防備な乗組員を犠牲にする攻撃的で違法な行動に敵対勢力が固執することを思いとどまらせるよう呼びかけるよう要請する内容です。しかしながら具体的な成果を出すことはできておらず、益々混迷を深める懸念があります。
 国連憲章に基づく国家間の紛争解決を目的とした国連の司法機関であるICJ(国際司法裁判所)は、残念ながら今の国際情勢の中でその存在意義を出すことができているとは言えないように感じます。また人道に対する国際犯罪、国際法に反する戦争犯罪を犯した個人を国際社会そのものが直接裁くICC(国際刑事裁判所)に対して、日本は多くの経済的支援を行い、日本人女性が所長を務めていますが(たまたま小職の高校の1年後輩)、逮捕状を出しているプーチン大統領がICC加盟国を訪問しても逮捕されることはありませんでした。またイスラエルを強く支援する方向性を打ち出した米国が、イスラエル・ネタニヤフ首相に逮捕状を出したICCに対して経済制裁を下す動きを示す等、国際法の運用の難しさを感じざるをえませせん。ICJ、ICCが機能しなくなれば、国際法に関する判断は、実態として力のある国に従属しなければならない、まさに混沌とした世界になってしまう強い懸念があります。
 この様な国際情勢の中、我々外航海運の船長が国際紛争に巻き込まれる危惧が従来に増して高まってきています。日本船長協会は有事への対応を想定した国際法ハンドブックを出版すべく準備をしてきましたが、コロナ禍をはじめとする種々の事情で出版が大幅に遅れています。本件については今年度中には出版準備を終えるべく昨年後半から毎月、執筆者の先生に来協戴き、編集会議を行い、活発な議論を行ってきました。ここにきて漸く最終稿に向けた原稿が略纏まります。内容的には海洋法の基本的な部分を含め、有事対応を考慮した国際法ハンドブックとなっています。一問一答方式にすることで、必要なところのみを調べやすくする工夫をしています。緊張感が高まる国際情勢の中、船長には十分事前シミュレーションを行っていただくことが望まれます。同ハンドブックは一般に出版する本となりますが、正会員の皆さまには配布致します。ご活用戴ければ幸甚です。
 上記「国際法ハンドブック」の出版に加えて、本年は通常の活動に加えて二つの大きな事業を予定しています。
 一つは日本船長協会自主設定による分離通航方式の見直しです。昭和45年に設定、その後昭和61年、平成14年に一部改訂を行った自主分離通航方式ですが、電子海図が強制となった今、電子海図上にオフィシャルなものとして表示されない船長協会の自主分離通航方式は周知が難しいこと、また海上保安庁が準輻輳海域と定義する海域にバーチャルブイを設定した推薦航路(IMOの承認を得て電子海図上にオフィシャルに表示されるもの)との整合が一部出来ていないこと、外航船のみを対象とした分離通航帯であったこと等から見直しが必要になっていると考えられます。
 日本国内では公式な分離通航帯を設置することが困難なこと等から、新たにバーチャルブイを採用する推薦航路の検討を行います。船長協会理事の皆さんが所属する船社等から委員を推薦していただき、学識経験者を委員長とする委員会で検討していただきます。検討結果から不要と判断される分離通航方式は廃止し、必要性が認められるところには電子海図に記載される推薦航路として、バーチャルブイの設置と共にSOLAS条約に基づくIMOが指定する航路設定を海上保安庁に要望していくこととしています。
 もう一つの事業は「自動運航船の自動避航システムの船級認証業務への協力」です。既に会報等にて当協会が日本海事協会からの委託を受けて安全性評価、認証基準の具体的提案を行っていることは周知していますが、昨年から今年にかけて、国土交通省海事局による「自動運航船安全基準・検査検討委員会」で検証の具体的基準・手法等の検討が行われてきており、当協会も委員として参画しています。当協会は、「自動運航船は従来船と同等レベル以上の安全性を確保し、COLREG(海上衝突予防法)順守」することを具体的に示すことが重要であると考え、概念論のみならず、日本海事協会の委託により実施した大規模実験に裏付けられた客観的な基準でもって認証する仕組みを構築することを目指しています。これにより日本海事協会において「客観的基準に従った認証業務」が行われるべく関係者と検討を重ね、海事局の委員会において具体的な提案をおこなっています。
 当協会としては、来年から実際に日本近海で実施される長期に亘る内航船での実証実験を対象としたNKによる自動避航システムの認証に全面的に協力していく予定です。
 おわりに、本年の皆様のご健勝とご活躍を祈念し、新年の挨拶とさせて戴きます。








 


LastUpDate: 2024-Dec-17