IFSMA便りNO.8

(社)日本船長協会事務局

マニラのManning & Training Conference

昨年11月にマニラにてアジア・太平洋地区のManning & Training Conference が開催された。
このConference は国際的な海運の業界誌、Lloyd’s List が2000年に始めたものであり、今回は記念すべき第10回記念大会とのことであった。
このConference に出席したのは、IFSMAが会議に先立ってWork Shopを開催するので、それに参加を要請されたのと、本年の6月にマニラでIFSMA 総会を開催することとなっており、その打合せに参加するためであった。
以下はその報告である。


1.IFSMA のWork Shop

IFSMAのWork shopは
“Does Fatigue & Criminalisation have a Negative Effect on Recruitment?”
をテーマに行なわれた。
スピカーはIFSMAの会長であるリンドヴァル船長(写真1)、事務局長のマクドナルド船長、マンニング会社、それにデンマークの海運局長などである。
船員の疲労については、STCW条約改正の審議状況や2年後には発効が予想されるILOの海事労働条約の概要について報告された。
STCW条約の労働時間規制は当直者に適用されるもので、安全運航の観点から休息時間のみが規制されている。
すなわち24時間に最低10時間の休息を与えることとなっている(STCW条約A-Ⅷ/1節)。
さらに2日間以内であれば休息時間を6時間まで削減することが出来るとして、その場合は7日間につき70時間以上の休息を与えなければならないとしている。
このことは1週間=168時間のうち、休息の70時間を除いて98時間働かせても違法でないと解釈されるとしてIFSMA や船員団体は過重労働に対して危機感を持っている。
事実欧州近海をはしる船で船長を含め2名で当直している小型船は、多かれ少なかれこうした労働実態であると指摘された。
そして明らかに疲労が原因で海難を起こした事故例が写真と共に報告された。
一方、デンマークの海運局長は疲労問題について、科学的アプローチの必要性をみとめ、
現在デンマーク政府とシンクタンクと共同でプロジェクトを立ち上げ
幅広い手法(holistic approach)でこの問題に取り組んでいるとの報告があった。
船員のCriminalisatin、すなわち船員の犯罪者扱いについてはプレステージ号のマンゴラス船長を始め、エリカ号、Heibei Sprit 号など幾つかの事例が紹介された。
インドのマンニング会社の部長である元船長は、激しい調子で過失による事故がどうして重大犯罪になるのかと各国や港湾当局の対応を糾弾した。
海難事故に際しての船長及び船員の扱いについては、IMO/ILOのガイドラインがある。
これは2006年4月にIMO 及びILO で採択されたガイドラインで
“Fair treatment of Seafarers in the event of maritime accident”と呼ばれる。
このガイドラインは寄港国又は沿岸国、旗国、船員供給国、船主そして船員へのガイドラインからなっており、事故の原因調査に当たっては、船員を差別も先入観もなしに公明正大に扱い、必要な法律的援助を与え、可及的速やかに調査を終わらせることを要請している。
Work shopの参加者の多くは、このガイドラインを高く評価するものの、一旦事故が起きれば殆どの国や当局がこのガイドラインを無視し、船長や船員を人質に取ることを指摘している。
これは近年環境意識の高まりに乗じて各国や地方自治体が厳しい規制を採択した事も理由の一つである。
このローカル・ルールの壁がいかに高いか実際に事故処理に当たった参加者からこと細かに報告された。
船長や船員は最も簡単なターゲットであり人質なのである。
特に船長はあらゆる意味でScapegoatになりやすい。
Work Shop はその後、この船員の疲労問題と犯罪者扱いについて、どのように対処すべきかについて、全員で討論した。
そして疲労については、科学的な調査研究の必要性、ILOとIMO 条約の整合性をとるための改正提案、航海士2名配乗の強制化など、また船員の犯罪者扱いについては、データベースの構築や事例研究のためのシンク・タンク設立、IMO/ILO のガイドラインの徹底、そしてローカル・ルールの国際規則への整合性を訴えるなどの項目が打ち出された。
その結果をIFSMA事務局長のマクドナルド船長がConference本会議で発表することとした。

IFSMA Work Shop リンドヴァル船長(写真1)


2.Manning & Training Conference

このConference は2000年に始まり、昨年が第10回である。
その他の地域、すなわちインド及び欧州地域でも同様なConferenceが毎年行われている。
このConferenceには約350名の参加者があった。
地元フィリッピンのマンニング関係者が多くを占めていると思われるが、北欧、特にノールウェー、スウェーデン、デンマーク、そしてイギリスからの参加も目立った。
アジアではインド、シンガポールも多かったが、韓国や中国、そして日本人は殆ど見かけなかった。
例年、日本のマンニング関係者や大手船社の船員問題担当者が出席し、時には講演を行なうものと理解していただけに少々寂しかった。

Conference 会場(写真2)

Conference の議長はTeekay Marine Servicesの社長であるジョン・アダムスで、同氏の司会によって行なわれた。(写真2)
基調講演はフィリッピン船主協会会長のカルロス・サリーナスで最新のテクニックを駆使した動画を背景にフィリッピンのマンニング業界のこれまでの歩みと今後の動向について述べた。
過去20数年余で急成長したフィリッピンのマンニング業界は今日約35万人の船員を全世界に供給しているという。
海運及び船員に関わる国際法の四つの柱、すなわちIMO のSOLAS条約、MARPOL条約、STCW 条約そしてILO の海事労働条約がその実効性を強めるに従い、
従来にも増してHigh QualityでよくTrainingされた船員が必要であり、フィリッピンはその要求に応えられる体制にあることを強調した。
要するに今後のマンニング業界のキーワードは高品質でよく訓練された船員ということである。
このキーワードはその後の多くのプレゼンでも飛び交った。
その後中国やインドのマンニング業界の状況が報告されたが、いずれも船員教育機関の毎年の卒業生が1万人とか昨年度の中国の船員養成機関への入学者が44,310人などと言う数字を聞くと圧倒される。
日本が海洋基本法に基づき、トン数標準税制を導入し、10年で1.5倍、約5000人の船員を確保しようとする時、一桁も二桁も違う数字が出てくるのは空恐ろしい。
このConferenceでは2013年には約4万人の船舶職員が不足するという英国の著名な海運関係調査機関Drewry のレポートを追認するような形となったが、フィリッピン、中国、インド三ヶ国の凄まじい養成計画を見ると不足どころか、やがて船員のダンピングすら起こるのではないかと心配される。
こうしたフィリッピン、中国そしてインドの大規模な船員養成が船員のコスト節減競争ではなく、質の向上競争となるよう切に願っている。
船員コストについては香港に本社のある
Anglo-Eastern Ship Management LTD の執行役員から下記のような数字が示された。
日本人船員のデータはないが、今や比較する意味もないということなのだろうか。
恐らくオーストラリア船員とあまり変わらないと思われるが、いずれにしても我々日本人船員の生きる道はQuality にしかありえない。

COSTS? In case of PANAMAX BULK CARRIER
PHILLIPINES: 1
CHINA: 0.9
INDIA: 1.15
UKRAINE: 1.16
INDONESIA: 0.83
LATVIA: 1.3
BRAZIL: 2.3
AUSTRALIA: 6.2

船員のcriminalisation 問題については、あらためてインド代表から報告があったが、そこにHebei Spirit 号の元船長、Capt. Chawlaが登場して会場が沸いた。(写真3)
Hebei Spirit 号の事故の顛末については、本誌前号に当会の松田常務理事がその詳細を報告しているが、Capt Chawla は18ヶ月に及ぶ韓国での拘留の後に罰金刑を課され、昨年の6月にやっと釈放されたのである。
そしてこの罰金刑の結果、前科がつき各国のヴィザ取得も困難である旨が紹介された。
Capt Chawla は大きな拍手の中で講壇しスピーチをおこなった。
まず拘留中に受けた海事関係者の支援や激励、そして釈放に尽力してくれた関係者に深く謝意を表すると共に、18ヶ月の拘留がいかに辛いものか切々と語った。
そしてこうした苦しい経験を二度と世界の同僚にさせないために国際的な法律の枠組みを策定するように訴えた。
また海事関係者に謝意を表したものの海運界や国際的な船員社会の連帯感の欠如を指摘することも忘れなかった。
Capt. Chawla の登場は船員のCriminalisation問題に大きなインパクトを与えたことは間違いない。
願わくばこのインパクトがConference 参加者のみならず広く国際的な海事関係者にも広がることである。
2006年に採択され2011年末には発効が予定されるILO の海事労働条約については二人のスピーカーが触れたが、判りやすい解説であるものの、その後の質疑応答では船が拘留される事由やその手続きなどについての質問には答えられず失望させられた。
寄港国検査に関するガイドラインなどについてまでは咀嚼されていないのであろう。
会議場に至る通路には教材やシュミレーターなどの展示場が設けられ十数社が出品していた。(写真4)
地元の教材や訓練機関の呼び込みはさながら夜店のようでかしましい。
その熱気はフィリッピンの船員養成が大きな産業となっていることをうかがわせる。
いつからフィリッピンはこのような教育大国(?)になったのだろうか。

元Hebei Spirit 号船長Capt. Chawla(写真3) 展示場(写真4)


3.IFSMA 年次総会

次年度すなわち2010年のIFSMA の年次総会はマニラで行なうこととしている。
これはAMOSUP(フィリピン船舶職員部員組合)がIFSMA に加入した際、「早い機会に是非マニラで総会を!」と招待をうけたことによるものである。
2010年はちょうど6月にマニラでIMO の改正STCW 条約採択のための外交会議が開かれるので、その前後に総会及びWork Shop を開催することとした。
この打合せを兼ねてIFSMA 会長及び事務局長がマニラに来たのであり、そして筆者も参加したのであるが、肝心のAMOSUP のオカ船長が体調不良で精密検査を受けるため急遽渡米していた。
オカ船長はフィリッピン船員社会の文字通りの大立者で、日本でもマンニング関係者で知らぬ人はないであろう。
オカ船長の存在があまりに大きく全てオカ船長に頼り、事務局レヴェルとは十分な連絡をしていなかったので、我々は一時途方にくれたが、幸いそこに新しく結成されたばかりのフィリッピン船長協会の会長と副会長が現れた。
フィリッピンの船長協会(The Society of Filipino Ship Captains, Inc. 略してFilscaptsと呼ぶ)は昨年9月にオカ船長を立会い人として、現に海上職及び陸上職にあるフィリッピン人の船長61名で結成されたものである。
創立記念の写真(写真5)はオカ船長を囲んで全員が冬の制服で壮観である。
その目的は多くの船長協会と変わらず、海技技術の練磨及び船長の社会的地位の向上とそれに相応しい人格識見の涵養、海上安全の確立、海洋環境の保護等などで、それらを推進するために政府機関や他の関係団体と積極的に交流するとしている。
労働組合以外のこうした船員団体が結成されるのはフィリッピンでは船長協会が初めてだという。
フィリッピンを文字通り世界一の海事国家とするためには、職域団体である船長協会が必要だという議論が政府内部であったとの事である。
そしてフィリッピン政府内部や港湾当局には船長経験者が少なく、このことは行政上また立法上支障をきたすことがあり、優秀な船長経験者をプールしておく機構が必要と考えたのだという。
また海難審判や海難事故調査においても船長経験者の必要性が言及されている。
この協会の会員資格は当面実際に船長としての資格を1年以上行使した経験のある者を受け入れることとしている。
フィリッピン政府当局者によると約1万人が船長として登録されており、その内少なくとも7千人は実際に活動していると思われるとの事である。
Filscapts の会長であるCapt .Vic del Pradoと副会長であるCapt. H.S.Eusebio のおかげで総会準備の打合せは滞りなく進み、2010年6月のIFSMA 総会は予定通りマニラで開催されることとなった。
改正STCW 条約採択会議の前週でもあり、船員の教育訓練や航海当直者の労働時間などについて活発な議論が行なわれることが期待される。

Filscapts 創立記念写真

(文責 赤塚宏一)



LastUpDate: 2021-Jun-23