IFSMA便り NO.75

“International Maritime Law for Shipmasters”
船長のための国際海事法

(一社)日本船長協会 副会長 赤塚 宏一

 

はじめに

 2 月中旬、IFSMA事務局長から「船長のための国際法テキスト」を作成したいと思うがどうだろうかと理事会メンバーに対して打診があった。これまでの理事会などではこう した話は一切なかったので少々驚いた。事務局長の趣意書によると大略下記のようでる。

 『IFSMAの事務局長として数年になるが、現代の船長が直面する問題がいかに複雑で困難なものであるかという事実に驚かされている。船長が業務を遂行する道筋は多くの法律的な問題や落とし穴が横たわっている険しいものである。船長は国際海事法に対する基本的かつ十分な知識を持たねばならないが、適当な書物は見当たらない。もちろん国際海事法について書かれた書物は山のようにあるが、その多くは海事法学者や海事弁護士の為に書かれたアカデミックで詳細過ぎる本か、著者が属する特定の国の国内法に焦点を当てたものが殆どである。
 これは自律運航船における船長の役割に関し、IMOの法律委員会及び海上安全委員会に提出する文書を作成する段階でより明白となった。そして今こそこうした問題に対処するためにIFSMAが主導して「船長のための海事法」を作成・出版する絶好の機会ではないかと思った。もしこうした書物が出版されれば、それは船長、船主、船舶管理会社そしてISMコードにいう陸上の管理責任者にとって大きな恩恵となるであろう。
 事務局長としてこのような決して楽ではない事業を行なうに当たり、誰に依頼すればよいのか、またこのようなプロジェクトを行なう費用をどうするのか熟考した。そして二人の著名な海事弁護士に打診した。二人ともこのプロジェクトに大いに興味を示し、喜んで共著者になるという。二人はこれまでボランティアとしてIFSMAの活動を支援してくれているの知っている理事も多いと思うが念のため履歴書を添付しておく。その一人Andrew Higgs はこれまでIFSMAに法律的助言を行ない、可能なときはIFSMA代表として自律運航船に関する船長の役割及び責任について審議するIMOの法律委員会及び海上安全委員会に出席している。
 もう一人のDr Simon Daniels も海事弁護士でとりわけ船員の「犯罪者扱い」に関する専門家で大学で講義もしている。彼は最近のモーリシャス海難及びメキシコにおける麻薬密輸事件について助言してくれている。
 私はこのプロジェクトを進めるにあたって他の海事関連団体などにアプローチしたが、すぐに相当な費用が必要であることに気がついた。少なくとも5 万ポンド(約750万円)は必要であろう、そのためにはスポンサーが必要である。現在のIFSMAにとって5 万ポンドの出費は不可能だし、スポンサーも簡単に見つからないところから、このプロジェクトは諦めざるを得ないかと思った。そこへICS(国際海運会議所 以後ICS)が声を掛けてくれた。1 月中旬、ICSの理事長、財務責任者、出版部長と会談を持つことが出来た。 ICSのGuy Platten 理事長はIFSMAの財政規模がいかに小さいか良く理解しており、またIFSMAのIMOにおける貢献度や国際海事社会に占めるIFSMAの重要性について評価してくれている。すなわちコロナ禍にさいして、私はICSとITF とのコーディネーター的役割を務め、また英国政府や貴族院の有力者を紹介したり仲介していることを認めてくれている。ICSはIFSMAのこのプロジェクトに大きな関心を示し、ぜひ参加したいと述べ、数日中にICSとしての本プロジェクトに関する提案を示したいと言った。ICSは経験豊富な出版部をもち、そこには3 人のフルタイム職員がおり、ICSの出版する書籍は少なくとも10 万ポンド台の収入をICSにもたらしている。ICSはこのプロジェクトは当たるとみており、そしてICSの法律専門家もこれは有用でぜひ進めるべきと言っているとのことである。そしてICSは出版に関わる直接経費及び収益を75:25ではどうかと提案してきた。その他の間接経費、すなわち印刷費、保管料、郵送料等はICSの負担である。
 ICSの見積もり及び予測は 本の単価 £180 (約27,000円)但し実際の販売価格は70%程度となろう。
 発行部数 6000冊 売上高は約£756,000 (約1 億1340万円)
 直接経費
  原稿料 £25,000
  編集費 £9,300
  写真・図版等 £5,000
  組み版 £3,750
  販促費 £16,400
    計 £59,450

 従って収益は£696,550(約1 億450万円)となり、これを75/25で按分するとIFSMAの直接経費負担額は£14,863(約230万円)、収益は£174,138(約2 ,600万円)となる。』

 これが皮算用かどうか筆者には判りかねるが、IFSMAにとって極めて有利な条件であろう。そしてICSはこの書物は海運界にとって極めて重要なものと考え、内容を常に最新のものとするべきと信じ、具体的には2 年毎に内容をレビューし、改訂版を出版したいという。読者の参考となるような資料で常に最新の情報を提供する必要があるもの、例えば船長や船社が巻き込まれた事件の詳細やその解決策や法的援助関係先リストなどである。
 出版に至る詳細なスケジュールも添付されているが、大まかな工程を示す。
 2021年4 月  プロジェクトの確認、スケジュール、書物の目次及び内容、著者との打ち合わせ、執筆着手
    7 月 第一次ドラフト 
    8 月  ワーキンググループによるドラフトのレビュー
       以後 数回のレビュー等 
 2022年3 月  レビュー及びリドラフト終了  
  組み版開始
    4 月 印刷開始
    5 月 印刷終了
    6 月~ 9 月 発刊


 著者の一人として予定されているれているD r S i m o n Daniels については自身による業績表があるが、それによると1985年に事務弁護士の資格を得、ソレント大学の大学院で海運管理のコース主任を務めた。2012年には博士論文 “The Criminalization of the Ship’ s Master. A new approach for the new millennium” でPhD を得た。2019年にソレント大学を辞し、“Setfords Solicitors”法律事務所に加わった。2020年にはNautical Institute の発行する書籍の中でも旗艦ともいうべき “The Shipmaster’s Business Self-Examiner” の改訂に当たった、という。この本は英国のMalcom Maclachlan船長の書いたもので、筆者もこの第五版を持っている。
本書は船舶の運航に際し遭遇するであろう多くのケースについて船長として如何に処理するか一問一答形式で詳細に記されている。I M Oとはいかなる組織かという質問から始まり、1237項目に及ぶ項目が挙げられている。乗船中の英国の船長にとっては極めて便利だろうと思われるが、読んで面白い本ではない。Dr Simon Danielsがどこを改訂したのか判らぬが、彼が船長・船員の「犯罪者扱い」に関するエキスパートであることは間違いなさそうだ。

 もう一人の共著者のAndrew Higgs については紹介されていないが、彼は英国海軍を何らかの理由で諦め、Durham 大学で法律を学んで海事弁護士となったそうだ。長年ボランティアとして、IMO でIFSMA のアドバイザーとして支援してくれているが、自律運航船に関わる法律問題に興味があると言っている。

理事会の反応

 事務局長のこの提案に対して殆どの理事はすぐ賛成あるいは良くやったとの声が挙がったが、会長代理であるドイツのWittig船長から、IFSMAの会員には多くの弁護士資格を持った船長もいるし、また日本の海難審判官や海事補佐人にあたる資格を持った船長もいる。こうしたメンバーにも声を掛けて共著者に加えてはどうかと提案がなされた。
 これに対し事務局長は、もちろんIFSMA会員に優秀な法律家がいるのは疑いないが、各国船長協会を通して、こうした人材を募集して、実績を考慮して選考し原稿を依頼するのは非現実的であるとして、理解を求めた。このドイツの要請に対してはIFSMAとして、プロジェクトのSteering Committeeか原稿のレビュー委員会を立ち上げて会員の意見をくみ上げることになるであろう。
 オランダの副会長はこの本が果たして、I C Sの目論むように6000冊も売れるようなマーケットが存在するのか、船長が個人で購入する程度では話にならない、船主や船社、管理会社の要求を満たすような内容となりうるのか、と少々懐疑的である。これに対し、事務局長はICSはこれまで多数の参考書を主に船主をターゲットとして発行してきた豊富な経験から、本書は船主や船社が本船のために購入することは間違いなく、またそのような本になるように努力すると言っている。ICSはこうしたガイドブックは簡潔にして要点を押さえた物であること、また学説の分かれる事柄については深入りしないことが要件だとしている。
 筆者も昔長らくICSとお付き合いがあり、またいくつかのガイドブックのS t e e r i n g Committee に参加した経験から、ICS の読みは的確であろうと思う。
 筆者は著者達の実績からみて、この“International Maritime Law for Shipmasters” は船長や船員の「犯罪者扱い」の問題やパンデミックによる船員交代危機など言うところの“Human Right at Sea” に軸足を置いたものになるのではないか、それはそれで良いが、最近の不穏な国際情勢のもと船長を取り巻く環境は厳しく、例えばペルシャ湾におけるイランによる一般船舶の拿捕、中東海域におけるテロや爆発事件、あるいは東シナ海・南シナ海における中国の不当な権益主張など国際紛争に巻き込まれる商船は後をたたない。従ってこのような事例も当然取り上げるべきであるとメールを送った。これに対し事務局長からは“I will include this in the list of requirements.” との回答である。

本書の概要

 その後著者から極めてラフな各章毎の概要が送られて来た。そして本書は船長及び船舶職員、陸上における海技者、海事関連事業に従事する職員の要望を満たすべく書くもので、船舶運航に伴う不法行為や船員の犯罪者扱いに関わる法律問題を解説することを目的とすると言っている。そしてこのあと何度も強調されるのだが、国際法とは言えその解釈や施行にあたっては、寄港国・沿岸国のポリシーや自国の利益を確保するための恣意的とも言える判断が先行すると警告している。これは船長及び乗組員を取り巻く環境が厳しさを増していることを意味する。本書は各種の事故などのケーススタディを前面におき、それを通して法律がどのように解釈され施行されるかを明らかにし、それを以て対策を講じることを眼目としたいとして言っている。以下に各章の概要を示す。

 『1 .法律上の犯罪とは何か?
 スターティング・ポイントとしてまず犯罪とは何かを明らかにし、国際法上でどのように扱われるのかをみる。これにより、国際海事法が船長にどのような影響を及ぼすのかが理解出来る。次に国際法、旗国法と寄港国法との関連をみる。寄港国がしばしば国際法を拡大解釈して本船に厳格な自国法を適用するケースを分析し、対処を考える。

 2 .故殺(manslaughter)における刑事過失と責任
船員に対する「犯罪者扱い」は比較的近年の現象である。この経緯を分析し、危機管理を考える。海難による海洋汚染などは刑法における故殺と比較される。すなわち意図的では無くとも結果的に責任を問うことである。かつては故殺と謀殺は区別され、故殺は一段軽い罪とされたが、予謀の有無によって罪の軽重に差等を設けることが必ずしも合理的とは言えないとする。
 この章では刑事過失の意味するところを多くのケーススタディを通して理解し、船員に対する正当な訴追と実際に寄港国が船員に対して行なわれた事例とのギャップを示す。

 3 .調査・証拠そして自己負罪
 (Self-Incrimination)
 寄港国及び旗国の調査は海難事故であり、犯罪の現場を捜査するのではない。この調査の唯一の目的は事実を明らかにすることに尽きる。このため国際規則は国内法に取り入れられ、船長は証拠の収集等調査を円滑かつ迅速に行なわれるよう全面的に協力することを義務づけられている。しかしながら最近の傾向は船長は自己負罪を強いられ、集められた証拠や証言は訴追の場面で不利な証拠として採用されるケースが増えている。この章では「証拠」の意味を厳密に明らかにする。また航空業界でJust Culture として知られる「起きてしまったことから最大限の学習をし,それによって安全性を高めるための対策を行うことと同時に,事故の被害者や社会に対して最大限の説明責任を果たすこと。この二つの目的を実現するための挑戦を続ける組織文化」の海運業界への移植を考える。

 4 .「犯罪者扱い」と船員の権利
 船長の権利と義務は第一義に旗国の法律に由来するが、同時に旗国の法律は歴史的に船員の基本的人権の擁護についても明確にしている。船長として船務を遂行するにあたり、船長はこのことに十分な考慮を払わなければならないことは言うまでも無い。船員の基本的人権を集大成したものが、2006年に採択されたILOの海上労働条約(MLC)である。この章ではMLCの解説に多くのぺージを費やすことになるが、書き上げるのは最後になるだろう、それは“WAKASHIO” の船長・一航がどのような取り扱いを受けるのか見極めたいからである。

 5 .刑の宣告根拠:有責性と被害
 海洋法条約及びMARPOL条約に定められている厳格責任犯罪は各国政府により適宜国内法に取り込まれて施行されると想定されているが、往々にして条約の範囲を超えて重刑を科すケースが多く、犯罪に対する報復を求めているように見受けられる。そして多くの場合、船長はもっとも容易に犯罪者として取り扱われる犠牲者のようだ。有責性と被害は刑の宣告の鍵となる要因でこれらは詳細に吟味されるが、その過程で当該政府が犯罪と刑罰についてどのような考え方をしているのか理解することが出来る。こうして様々なケーススタディを示すことにより政府がその刑の宣告をどのように正当化しているのか理解出来るであろう。

 6 .リスク・マネージメント
 本章ではいかに船長が「犯罪者扱い」されやすいか例を挙げ、また寄港国がその危機管理の根本に船上でおきたことに関しては原則として船長に全て責任があるとしていることを示す。そして旗国の法制度が寄港国の法制度に対して如何に無力かを実例を挙げて説明し、その対処を考える。

 7 .ペルシャ湾における危険性
 これはIFSMAやICSなどの強い要望を受けて書かれるもので、この地域の沿岸国の強引な法解釈や政略、敵対性に船長としてどのように対処するかを考察する。この章の目的はこの地域における緊張をもたらした要因を歴史的にも目を配って明らかにし、もって対処方針・危機管理の在り方を模索することになる。海洋法条約の領海や無害航行権の解説にぺージを費やすことになる。

 8 .海賊行為に対するストレステスト
 海洋法条約101条に規定されている海賊行為は英国法にも採用され、海賊行為は公海上であっても英国法で裁かれる。一方海賊行為に晒された船長が海賊を傷害もしくは死に至らしめた場合、自己防衛が正当化されなければ自身が殺人罪に問われる可能性がある。この章ではこのようなケースを考慮し、また武装ガードの乗船の危険性についても法律的な面から考察し、船内の危機管理に資することを目的としている。これについては “Teignbank”号のCaptain Stapletonの例が役に立つ。 (注 残念ながら詳細不明)

 9 .「犯罪者扱い」における新しい傾向
 以下は筆者による解説である。原文は“Criminalization in the new frontier” となっており、「ニュー・フロンティア」というと何か前向きでポジティブな感じであるが、この章は北極圏航路の実用化に伴う新たなリスク、つまるところ船長の「犯罪者扱い」になるのだが、これを海洋法条約をベースに論じるとしている。そして著者はここは本書の中でも最も重要な部分だと相当気合いの入った様子である。
 ケーススタディとして1989年に起きたエクソン・バルディーズ号のヘイゼルウッド船長を取り上げるとしている。北極圏で海洋汚染事故を惹起したなら、重大なものとなるであろうと警告している。また、沿岸国、とりわけロシアの環境政策や安全保障政策などが大きな影響を及ぼすだろうと指摘している。
 3 月のスエズ運河座礁事故により、迂回航路としてケープ経由に加え、北極圏航路の利用も新聞などに書かれた。将来的には一般商船も北極圏航路を利用することもあり得るとなれば、この章も無視出来ないであろう。

 10.新しい技術革新:自律運航船
 以下は、再び著者による概要に戻る。『自律運航船の国際航海への就航は目前に迫っている。技術的にはほぼ完成の域に達している。沿岸航海ではすでに実績が蓄積されつつある。しかし、法律的な問題はこれから時間を掛けて議論を尽くし、解決しなければならぬ課題が山積している。
 自律運航船発展の段階で、ロイズ・レジスターのいうAL 3 段階・積極的な人間参加型、AL 4 段階・人間監視型が相当期間続くのではないだろうか。その段階では数千マイル離れた所からコンピュータ・コンソルを通して本船を指揮するいわゆる“船長” の法律的な立場はどうなるのか、規制の至らぬところはすぐに“船長” への「犯罪者扱い」に結びつく。本章を最後の章とすることによりこれまで述べてきた多くの法律的問題を総合的・俯瞰的
 (?)に検討することにより、規制のあるべき姿を明確にし、発展させることが可能にな るのであろう。』

取りあえずの感想

 この各章の概要を読んで、すぐ判るのは第7 章に「ペルシャ湾における危険性」として国際紛争に関わる項目があるが、基本的に船長・船員の人権擁護、船員の「犯罪者扱い」に対処するガイドラインであることである。次項に示すような国際法の書物をイメージした筆者は一寸当てが外れたが、B l a m eCulture 的思考がはびこる今日の国際社会では、自己の基本的人権を守ることは重要である。
 この度のスエズ運河座礁事故に関し3 月30日の読売新聞によると、「運河庁のオサマ・ラビア長官は29日夜の記者会見で、『船の航行責任は船長にある。エジプト側に非はなく、必要な捜査が終わるまで(エバー号の)航行は許されない』と述べた。当局はエバー号のインド人船長らを取り調べ、運河の構造や運営には問題がなかったと立証し、信用を維持する考えとみられる。」とのことである。これを見ると船長の運命はもはや決まったかに見える。今や船長はもっとも危険な職業の一つになったようである。本書はまさに時宜を得たガイドブックと言うべきである。

船長のための国際法に関する参考図書

 ここでは船長のために書かれた国際法に関する参考図書のうち、筆者が手に取ったことのある図書を紹介したい。現在日本船長協会が進めている「船長、航海士のための国際法」については、いずれ機会を見て書いてみたい。

 1 .“International Law for Seagoing Officers”
 これはアメリカのU.S. Naval War Collegeの教授が書き継いできたもので、現在は2014年に第6 版がでているようだ。多分初版は1950年代ではないかと思う。この第3 版は嘉納孔先生により翻訳され「航海士のための国際法」として1971年に海文堂から出版されている。筆者は1960年代に大学でこの嘉納先生の国際法の講義を受けた。中でも国家承認に関する講義を大変面白かったと記憶している。残念ながら嘉納先生は学期半ばでウィーンに留学されることになり、先生の講義はお終いとなったのは残念だった。
 本書は“For those who operate on, underand over the sea,” とあるように海軍軍人を主たる読者としており、商船士官に関係する部分も多くあるが、確か在外公館の駐在武官に関する項目もあったように思う。

 2 .“The International Law of the Shipmaster”
 これはJohn A.C. Cartner 他2 名により書かれ、2009年にロンドンのinformaから出版された786ぺージにも及ぶ大著である。筆者はタイトルに惹かれて取り寄せたが、内容は各国の船長・船員に関わる法制のガイドブックである。日本についても勿論5 ぺージほどの記述がある。船長の定義として “Themaster is the person responsible for managingand commanding the ship.とある。まあそれはそうだけど、一寸もの足らない本だ。
なお、本書には世界の殆どの国と地域の法制が解説されている。内陸国においても、スイスやルクセンブルグは言うに及ばず南米のパラグアイなどもしっかりした海事法が制定されているようだ。アフリカ南部の内陸国であるレソト王国も便宜置籍国として、最低限の海事法が制定されている。

 3 .「防衛実務国際法」
 これは本年2 月に出版されたばかりで、直接船長や船員に向けて書かれたものではなく、本書によれば防衛・わが国の外交・防衛を担う「防衛実務家」にとって必要な国際法の素養とは何かを徹底的に追究し、これまで既存の国際法教科書では十分に掘り下げることのできなかった防衛・安全保障分野に焦点を絞って、実務家にとって信頼のできる教範(マニュアル)となることをめざしたテキストとしている。
 本書が想定する実務家とは、日本の防衛実務を担う幹部自衛官や海上保安官・警察官、そして政府の関係部局の担当官、赤十字組織、非政府組織(N G O)などの担当者である。海上保安官にも重点が置かれているが、これは取りも直さず商船の船長・運航管理・船員管理の担当者に必要な知識ではないかと思う。ペルシャ湾や紅海沖、あるいは緊迫の度を高めつつある東シナ海・南シナ海の安全保障を考えれば、理解してもらえると思う。
 著者はこの分野における我が国の最高の権威である黒崎将広、坂元茂樹、西村弓、石垣友明、森肇志、真山全、酒井啓亘の諸先生である。この中の先生方とは日本海洋政策学会の課題研究グループでご一緒させて戴いた事もある。
 本書は著者のお一人である真山全先生から戴いたものである。810ぺージにも及ぶ極めて濃密な本書はさながら百科事典のごとくで、国際紛争に関わる知識の宝庫である。拾い読みするだけでも面白い。本船や船社・船舶管理会社には是非1 冊は備えておくべきものと 信じる。

追記

 月報461号(2021年2 月・3 月号)の末尾で触れた米国船長協会会長にしてIFSMAの副会長であったCapt Cal Hunziker が3 月26日に逝去されたとのことである。 ここに謹んでご冥福をお祈りしたい。


参考資料

1 .“The Shipmaster’s Business Self-Examiner”
  The Nautical Institute 2005 Malcolm Maclachlan
2 .「航海士のため国際法」“International Law for Seagoing Officers” 
  海文堂 昭和46年 B.H.ブリティン,L.B.ワットソン 著 嘉納孔 訳
3 . The International Law of The Shipmaster informa London 2009, John A. C. Carter et al.
4 .「防衛実務国際法」
  弘文堂 2021年2 月15日 初版
  著者 黒崎将広、坂元茂樹、西村弓、石垣友明、森肇志、真山全、酒井啓亘
5 .「法律学小辞典」 有斐閣 2016年3 月16日 第五版 
6 .「英米法律語辞典」 研究社 2011年7 月1 日 初版 小山貞夫編著
7 .「ヒューマンエラーは裁けるか」 東京大学出版界 2010年2 月10日
  シドニー・デッカー 著  芳賀繁 監訳 


LastUpDate: 2021-Sep-30