IFSMA便り NO.76

船員のメンタル・ヘルス

(一社)日本船長協会 理事 赤塚 宏一

 

はじめに

 船員のメンタル・ヘルス問題と壊血病は大航海時代の幕開けとともに船員を悩ます大きな問題であった。幸いにして壊血病は船内食生活の改善と何よりも医学の進歩によりこれがビタミンCの欠乏によることが判明してから解決したが、メンタル・ヘルス問題は依然として解決されるべき問題として今も猛威を振っている。特にコロナ禍に翻弄された船員は新たな試練に直面している。そして問題は船員のみに止まらず、新型ウィルス感染症拡大で痛めつけられた船員が乗船する本船の安全運航すらも危惧される事態である。
 5 月20日付の“American Shipper” によれば、ICS(国際海運会議所)は新型ウィルス感染症拡大に伴う乗組員交代危機に関して次のように状況を説明している。
 ①過去2 週間以内にインドの港湾に寄港した船舶の船員交代を禁止する国の数の増加とコロナによる交代要員の旅行制限が船員交代の問題を再び悪化させている。
 ②インド起源の変異株に関して、WHOも英国政府も警戒度を引き上げたが、英国型変異株と比較すると、感染速度が60%早く、英国における新規感染者数の約3 割を占めるに至っている。
 ③インド国籍の船員の総数は約24万人で、世界の総船員数170万人の14%を占めているが、例えばマースク・ラインに限って言えば、船員の3 割がインド国籍となっている。
 ④ 9 万人以上の船員を対象として、船員交代に関して調査を実施している “Neptune Declaration Crew Change Indicator” によれば、5 月の時点で、5.8%の船員が雇用期限を超えて継続就労しており、0.4%の船員が11か月以上の乗船勤務を継続している。
 ⑤船員の交代要員もワクチン接種を受けられないため交代要員が乗船前に受けるPCR検査で陽性と判定される事例も増加している。
(国際海洋情報 5 月24日)

 もともと船内生活はメンタル・ヘルス問題に対して、極めて不利な立場にある。離家庭性、海上という限定された職場空間、社会からの孤立、閉塞感、不断の騒音や振動・動揺など居住環境の悪さなど枚挙にいとまがない。 ましてこの長期に渉るコロナ禍である。自分自身の新型ウィルス感染の恐れは言うに及ばず、故国の家族や友人の感染の恐れ、何時下船出来るかも判らない精神的な不安定さなどがさらに加わる。
 「冬期うつ病」と呼ばれる症状があるそうだが、日照時間が減ると精神を安定させるセロトニンの分泌が減り、体内時計をつかさどるメラトニンの分泌が遅れるが、この治療法は昼に日光を浴びるという単純な方法が効くのだという。船内では時差はあるし、当直者はもちろん昼夜が逆転するような仕事も珍しくない。セロトニンの分泌が減り、メラトニンの分泌が遅れ、体内時計が迷走するようなケースもままあろう。
 メンタル・ヘルスの維持には人間的な触れあいが如何に大切かを示す学説は多くあるという。中でも信頼出来る人に優しく手を握られたとき、悪い方向へ偏りがちな脳の動きを押さえて理性を取り戻させるのだという。しかし、船内生活では信頼出来る人に優しく手を握られることなど望むべくもない。
 コロナ禍にともなうメンタル・ヘルスに関する文書はいくつか発表されているが、今回はその中で英国の二つの記事を紹介したい。
 なお、欧米の文献では「船員のwellbeing」という言葉が用いられているが、このWellbeingという言葉を研究社の英和大辞典で調べると「幸福、福利、安寧」と出ている。しかし今一つピンとこない。Wellbeing は心身共に健康で幸福な状況を表す言葉だと思うが、適当な訳語が見つからないので、本稿ではウェルビーイングとしておく。日経新聞でもこのウェルビーイングという言葉を使っているので、いずれ日本語として通用するのではないかと思う。同様にストレスの要因となる事柄や刺激を表す“Stressors”(ストレッサー)と言う言葉もまだ日本語の中に定着していないようだが、簡潔に表現しているように思えるので本稿ではこれを使うことにした。
 なお、船員のメンタル・ヘルスについては月報第447号 平成30年10月・11月号に「船員のメンタルヘルス ラインケアについて」と題して、船員災害防止協会の調査役 山下成隆氏が寄稿しておられる。これはメンタルヘルスの概要と船内において管理的な立場の者が部下に対しておこなうメンタルヘルス ケアについて、実際的な方法を挙げておられる。メンタル・ヘルスに関心のある方には一読をお勧めする。

 1 .Marine Information Note MIN656(M)
これは英国海事沿岸警備庁(Maritime &Coastguard Agency 以後MCA)が船主・船社・船舶管理会社・船舶代理店及び船長(以下 船主等)宛に発行している海事関連の通達で、大体1 ヶ月に1 通ほど発行されているようだ。内容は海洋汚染防止条約改正の説明やMCAの支部の建物改修工事にともなう臨時事務所の案内、錨泊に関する注意事項など多岐に渉るが、2020年始めからコロナ禍に関する通達が圧倒的に多い。
 その一つ、2021年3 月に発行された「船員のウェルビーイングに関するパンデミック(世界的な感染症流行)の長期に渉る影響についての理解」“Understanding the longtermimpacts of the COVID-19 pandemic onseafarer wellbeing” を紹介する。いつもの事ながら単なる内容の要約や翻訳ではなく、他の文献や筆者の補足説明なども織り込みながら紹介したい。
 この通達は三つの付属書を含めて11ぺージの小冊子である。まずその序章でこの新型ウィルス感染症拡大が船員のウェルビーイング、そしてメンタル・ヘルスに大きくかつ長くインパクトが続くと警告している。それがどのような形で船員に影響を及ぼすかは明らかになりつつあり、すでに少なからぬレポートが発表されている。そしてロイド船級協会のレポートを紹介し、39%の船員が新型ウィルス感染症拡大により仕事量が増したと感じ、66%は船務の増加により健康と安全のバランスが崩れていると感じている。この数字は他のレポートでも引用されている。またTheMission to Seafarersの「船員幸福度報告書」(月報第459号 2020年10月・11月号ご参照)をも参照して、新型ウィルス感染症拡大による船員の苦境を伝えている。
 新型ウィルス感染症拡大にともない船主等は船員の健康や精神的保健について積極的に活動してきたが、MCAは船員のウェルビーイングを最も重要な事柄と捉えており、感染症拡大の最中で実際に船員の安全安心や健康を守れるのは船主等の施策、そして行動であることからこれらを支援するためにこの通達を発行したとしている。
 船員のメンタル・ヘルスはこの新型ウィルス感染症拡大とそれにともなう乗組員交代危機により大きな影響を受けてきたが、この通達の付属書1 “Stressors exacerbated by thepandemic and associated factors” 「パンデミックおよび関連する要因によって悪化したストレッサー」では、具体的かつ直接的な原因とそれが船員にどのような形でストレスとなって表われるかわかりやすく解説しているので見てみよう。

 (1) 家族/留守家庭に対する心配
 これは故国に残してきた家族の健康と平穏な日常生活が維持されているかとの懸念である。とりわけ感染率の高いとされる国に於いては罹患の心配と日常生活で外出等厳しい制限を受けるであろう家族・友人を案じるものである。そして家族の入院や更には死亡などに際し、直ちに帰国出来ぬ環境がストレスとなる。船員がこうした事態に大きな不安を抱くのはやはり家族とのコミュニケーションが十分に取れないことが大きく影響する。船主等は船員のプライバシーに配慮しながら、料金的にあまり船員に負担にならないようなインターネット環境やコミュニケーション手段を整備すべきである。

 (2) 健康に対する不安
 多くの船員は外部の官憲や港湾関係者はもちろん乗組員同士でも新型ウィルス感染の危険があるのではないかと懸念している。船主等は感染防止のために船内で取るべき手段・方法を明確に指示し、また必要な資材や医薬品を供給することで、こうした懸念を和らげる必要がある。さらに、医療サービスを受ける機会やメンタル・ヘルスに関するカウンセリングなども提供すべきである。

 (3) 制限された社会的つながりと孤立する生活環境
 これは常に船員にとって問題となるところだが、パンデミックにより更に悪化した。社会から孤立した集団ではイジメやハラスメントなどが起きやすく、またそうした問題を訴える機会をなくすことになる。
 国際船員福祉・支援ネットワークInternational Seafarers’ Welfare and Assistance Network(ISWAN)のレポートによれば、社会から船員が孤立する要因としては、疲労、時間的な余裕の無さ、過重労働、短い停泊時間などすぐ思いつくこれらの要因に加え、船内及び陸上における労務管理の巧拙も船員の社会的孤立に影響を及ぼすとしている。なかでも疲労と加重労働はもっとも大きな要因であるとし、船主等は有効な対策を講じるべきとする。
 新型ウィルス感染症拡大にともない、船内でもソーシャル・ディスタンスを取り、マスクを着用することを求められるが、これが乗組員の一体感・連帯感を削ぐことはT h e Mission to Seafarersの報告書の指摘するところである。
 船内におけるリクレーション施設や備品の充実やそうした機会を設けることは結果的に船員のウェルビーイングが向上し船務の効率を上げることは間違いない。また家族や友人とのコミュニケーションを取りやすくする必要性は⑴で指摘したところである。

 (4) イジメとハラスメント
 集団においてストレスが溜まるとイジメやハラスメントが起きやすくなるのは残念ながら事実である。これらは長期に渉りメンタル・ヘルスに影響を及ぼす。
 今回のような新型ウィルス感染症拡大や海運不況などにおいては、しばしば解雇や失業を恐れる船員は弱みにつけ込まれることがある。乗組員交代危機のため下船が困難な場合、不当な雇用契約延長が強制されたり、強制的に不利な条件を押し付けられるケースもある。また、船内で仲間はずれにされることは、ただでさえ孤立している船員をますます苦境に追いやり、メンタル・ヘルスに大きな打撃を与える。
 こうした事案は自分の会社では起きていないと信じていても、業界としては起きていることは事実であり、乗組員の中にはこうした被害を受けている可能性のあることを認識すべきである。
 船主等は乗組員交代危機に際しては、とりわけ乗組員の個々の事情や個人の感情にも配慮すべきである。

 (5) 経済的な懸念
 多くの船員は乗船契約が得られなかった時の経済的な困難を経験している。そして多くの船員は将来の雇用が不安定なことを懸念して、転職を考えたことがあると答えている。これは当然ながら海運業に負の影響を及ぼす。経済的な懸念はこれも船員のメンタル・ヘルスに負の影響を及ぼすが、深刻な場合は船員の自殺にもつながる恐れもある。船主等の配慮はもちろん慈善団体などの支援が求められる所以である。

 (6) 不確実性
 不確実性は人間の心理状態を不安にさせるものであることは間違いない。乗船中でいえば、雇用契約が満了しても何時下船・帰国出来るか判らぬ時、また今後海運業はどうなるのか、船社はどうなるのか、この先船員として就職先はあるのか、などの先行き不安は間違いなく船員のメンタル・ヘルスにマイナスとなる。そして多くの船員は自らの手で状況を変えることや、労働条件や雇用契約を交渉出来ないことに不満を抱えている。
 こうした時期には船員と船長、陸上の管理部門さらには船社の経営幹部との信頼性確立が必要とされる。しかし、逆に言えばこうした不確実性の時代には信頼性が脆弱化する時でもある。こうした場合には船主等の明確なコミュニケーションが最も重要かつ必要である。こうしたコミュニケーションは船員のモチベーションを高め、信頼関係を築き、それによって船員の不安や不確実性に悩むことを和らげるだろう。また、乗組員交代危機にともない乗船出来ず陸上で待機している船員に対しては、コミュニケーションを図り研修や講習への参加要請、生活への支援が必要となる。

 福島原発事故では多くの被災者が避難を余儀なくされたが、避難先で同郷の隣人を多くもつ人は、信頼感の高まりによって心の健康が良くなる傾向をもつことが、実証経済学をベースにした学際的手法で立証されている。船内は勿論陸上管理部門との信頼性の確立はもっとも重要と思う。

 (7) 上陸の制限
 上陸は、船員のウェルビーイングに大きな影響を与える。上陸は船員の単調な生活に変化を与え、日用品や嗜好品を購入したり、医療や精神的なケアを受けたりする機会を提供する。平板な船員の生活に変化をもたらし、身体をリフレッシュする機会を提供する。このような変化が無いと、船員の生活はますます単調になり、モチベーションは下がり意欲や気力が削がれ、 疲労感に影響を与える。
 The Mission to Seafarersの報告書はただでさえ上陸の機会が少なくなっている近年の乗組員はパンデミックにより今や上陸出来る機会はまれだと報告している。

 筆者が関係している日本のThe Mission to Seafarersの毎月の活動報告によるとここ一年ほど、神戸・横浜ともシーメンズ・センターを訪れる船員は殆どいない。The Mission to Seafarersの活動はもっぱら訪船活動、それも殆どの場合、ギャングウエイからあるいは舷門で乗組員と話をし、ボランティアによる心づくしのお土産を渡したり、頼まれた日用品を渡したりするのが精々で、居住区に入り船員とゆっくり話したり、相談に乗ったりすることは難しくなった。こうした制約のある訪船活動であっても船員の気分転換や癒やしになっていることが写真からもわかる。

 海上労働条約はその第4 章「健康の保護、医療、福祉及び社会保障による保護」の第4.4規則「陸上の福祉施設の利用」においてその規則の目的として「船内で労働する船員が健康及び福祉を確保するため陸上の施設及びサービスを利用するすることができることを確保すること。」とある。新型ウィルス感染症拡大で上陸が困難となった現在、船主等に対して陸上におけるこうした福祉施設に代わって、船員の倦怠感、孤立、疲労を緩和する他の方法を導入すべきであると勧告してい る。

 (8) 旅行制限
 旅行制限は、本国への帰国を遅らせ、乗船契約延長が必要となり、また仮に帰国出来たとしても多くの問題が派生する。
 帰国出来ないことは恐らく船員にとって最も強いストレッサーであろうし、また船主等にとってもコントロールすることの最も困難な問題である。
 下船そして帰国を望む船員がタイムリーに帰国できなかった場合、また下船・帰国について船主等が必要な手配をせず、あるいは十分なサポートしなかったと船員が感じる場合、船社への信頼が大きく損なわれ将来の仕事や職場の人間関係に影響を及ぼす可能性がある。
 船主等は、下船する船員や帰国した船員が置かれている環境にも注意を払う必要がある。海外から入国する旅行者に対する各国の水際対策は多様である。同様に乗船しようとする船員も検疫や隔離などの必要もあるであろう。船主等はこうした事情も理解して、船員がなるべくストレスを感じないような手段を講じなければならない。 そのためには、良好なコミュニケーションと支援、さらに適切な施設の提供が必要だ。これについてはIMOの“Recommended framework of Protocols for ensuring safe ship crew changes and travel d u r i n g t h e C o r o n a v i r u s (C O V I D -19)pandemic” 「コロナウイルス(COVID-19)パンデミック時の安全な乗組員の交代と移動を確保するためのIMO推奨プロトコル・フレームワーク」(2020年10月5 日IMO回章)を参照することは有益である。

 (9) その他のストレッサー
 新型ウィルス感染症拡大に関連したその他のストレッサーは数多くあり、また通常ではあり得ない長期間の海上勤務はさらにストレスを増す。これには、対人関係、すなわち限られた乗組員との長時間の接触による人間関係の問題、同じ仕事を長期間続けることによる倦怠感、疲労感、無力感、慣れた仕事に対する緊張感の欠如等がある。このような問題を軽減するための第一の方法は、十分な休息と上陸である。休息はともかくとして、上陸のかなわぬ状況では船内の優れたリーダーシップ、公正でオープンな船内の環境、リクレーションの多様性、良好なコミュニケーションも、これらのストレッサーの影響を軽減する。
 長期間の海上勤務は良質な睡眠、ヴァラエティに富んだ食事のパターン、船員の自律性、社会的ニーズ、身体的運動や心理的な活動性を弱体化させることを認識しなければならない。

 こうしてみると、新型ウィルス感染症拡大に直面している船長としてやらなければならぬこと、また船員のメンタル・ヘルスのケアについて出来ることが多くある事が理解されるであろう。船長自身も新型ウィルス感染症拡大で大きな試練に立たされているのだが、そこは一船の責任者である船長としての自覚を以て立ち向かわなければならないであろう。

 2 .“Practical Guidance for shipping c o m p a n i e s o n i m p r o v i n g m e n t a l wellbeing” 「精神的な健全性を促進するための船社への実践的なガイダンス」 
 これは5 月に送られて来たIFSMAの“Newsletter 40” に掲載され、IFSMAメンバーに紹介されたものである。2018年に英国の国家海上労働安全衛生委員会(NMOHSC)が船社に向けてメンタル・ヘルスに対する認識についてガイドラインを発行したのだが、これを踏まえて英国船主協会とノーチラス・インターナショナル(船舶職員組合)とRMT(英国船舶部員組合)は協働して、船社のための実践的なガイダンス、すなわち従業員の精神の健全性を促進するために、船社がとるべき実践的な手段を示したガイダンスを発行した。
 このガイダンスの序文によると、主に船員を対象としているが、当然の事ながら一部は陸上スタッフにも適用できるとある。肉体的な健康と同様に、人間には精神的な健康があり、精神的な健康状態は時間的な経過により常に変動する可能性があることを認識することが重要であるとしている。精神的な健康は身体的な健康より繊細であると言えよう。しかしながら人間には常に健全な精神状態を維持するために出来ることがある。それは精神的健全性を促進するために有用と考えられる多様な手段を組み合わせ実施することだ。船社はこれらを支援し、精神衛生に影響を与える可能性のあるネガティブなストレッサーを相殺するよう努めるべきである。
 メンタル・ヘルスの維持には時には専門家による診断が必要な場合があるが、専門家の治療・助言を受けた多くの人々は問題を克服し、精神の健全性を取り戻している。ほとんどの場合メンタル・ヘルスにかかわる問題は短期間で解決しているし、メンタル不調の初期段階とも言える適応障害では早期の受診はより効果的である。
 を説き、具体的な方法や手段について16節にわたり説明している。紙幅の関係もあり、内容を紹介出来ないが、例えば第10節 “Foodand Catering” では、航海中における乗組員の誕生日にはその出身国の料理などを用意し、皆で祝うことで、その乗組員の承認要求を満足させるのみならず船内の交流の活性化も図れるとし、料理の写真なども掲載している。興味のある方は h t t p s : / / t i n y u r l .com/9h5nuade にアクセスして戴きたい。
 また付属書にはメンタル・ヘルスにかかわる下記のガイダンスや報告書が挙げられてい る。これらのリストを眺めながらあらためて英国及び欧米の船員問題に関する関心の深さを感じる次第である。
Seafarer Mental Health Study  ITF Seafarers’ Trust & Yale University – 2019 Seafarers’ Mental Health and Wellbeing  IOSH and Cardiff University 2019 Maritime UK –Mental Health Network  Collaborative Mental Health platform W e l l b e i n g L e s s o n s f r o m S u r v e y o n S e a f a r e r W e l l b e i n g a n d C O V I D – 19
Pandemic  Lloyd’ s Register – 2020 M e r c h a n t N a v y T r a i n i n g B o a r d & Maritime Charities Group  A Standard for Seafarers’ Mental Health Awareness and Wellbeing Training

おわりに

 これまでに乗船した船でも悩みを抱えて、メンタル不調を訴える船員と乗り合わせたことは一再ではない。ニューヨークでジュニア・ポート・キャプテンを務めていた折には、精神的な問題を抱え、現地で下船し、ニューヨーク経由で日本へ送還される乗組員のアテンドをしたこともあった。下船から日本行の航空機に乗せるまで、心込めて世話したつもりだが、大きな悩みを抱え、精神的に不安定な乗組員とどのように接して良いのか、迷うことが多かった。僚社の場合は、やっと日本行の航空機に乗せた下船者が経由地のアラスカのアンカレッジで搭乗機から抜け出し、現地の官憲に保護され、急遽ポート・キャプテンがアンカレッジまで飛んだというケースもあった。
 船内労働の厳しさは昔も今も変わらない。船内居住設備は海上労働条約の発効にともなって、改善された面はもちろんあるが、それ以上に急激な社会の変化もあり、労働環境も大きく変わったのではないか。通信手段の急激な発展はインターネットやスマホの普及となり船内生活に多くの利点ももたらしたが、その利便性故に逆に乗船中の船員に心理的な負担をもたらしてもいるとの指摘もある。家族の悩みをリアルタイムで切々と訴えられても、遠く離れた船上にある本人は何も出来ず、その無力感が本人を苛むという。
 職場でのメンタル・ヘルスのケアの重要性は識者がこぞって指摘するところだが、船内におけるこの厳しい労働環境を熟知している我々としては、船員のメンタル・ヘルスに大いなる関心をはらうべきであろう。

追記

 月報461号(2021年2月・3 月号)及び第462号(2021年4 月・5 月)の末尾で触れた米国船長協会会長にしてIFSMAの副会長であったCapt Cal Hunzikerが3 月26日に逝去され、4 月20日にテキサス・マリタイム・アカデミーで葬儀が執り行われた。享年75歳。IFSMAは遺族の要請で花束に代え、2019年C a p tH u n z i k e rと彼の妻 L i s a が設立した“E l i z a b e t h a n d C a l v i n H u n z i k e r Endowment” に寄付をした。これはテキサス・マリタイム・アカデミーで学ぶ学生に奨学資金を授与する基金である。これは船長・パイロットとして、海に生きたCalが後輩のために残した大いなる遺産である。

参考資料

1 .国際海洋情報 2021年5 月24日 長谷部正道教授 神戸大学海洋政策科学部
2 .日経新聞 2021年5 月10日
3 .朝日新聞 2021年5 月11日
4 .「福島原発事故とこころの健康 実証的経済学で探る減災・復興の鍵」
    岩崎敬子著 日本評論社
5 .“IFSMA Newsletter 40”
6 .“telegraph” The hidden crisis May 2021


LastUpDate: 2024-Dec-17