IFSMA便り NO.78

BIMCO/ICS :船員労働需給報告書

(一社)日本船長協会 理事 赤塚 宏一

 

はじめに

 7 月28日、BIMCO/ICS が標記報告書を発表した。この報告書は5 年ごとに発表しているもので、前回は2015年でその概要については月報 Captain 第433号 平成28年(2016年)6 月・7 月号に紹介した。さらには第401号 平成23年(2011年) 2 月・3 月号で2010年の報告書について紹介したところである。
 最初の報告書は1990年時点での船員の需給状況をとりまとめ翌年の1991年に発表したもので、おりしもSTCW条約の見直しが始まろうとしていた時で、この報告書が1995年のSTCW条約包括的見直しに与えた影響は大きい。それ以後、報告書は5 年ごとに発表されている。しかし今回は2021年のデータに基づく分析としている。言うまでもなくコロナ禍は船員社会に激震を与えたが、それらの影響を正確に反映するべく1 年遅れとなったようだ。
 報告書は世界の2 大船主団体であるBIMCO (Baltic and International Maritime Council ボルチック国際海運協議会)とICS(International Chamber of Shipping 国際海運会議所) が発表したものでA 4 版、90ぺージである。
 これまでの報告書は “Manpower Report”となっていたが、今回の報告書は “SeafarerWorkforce Report” となっている。
 ここでこの報告書の言う船員の定義を明確にしておかねばならない。船員とは「資格のある船員 “Qualified Seafarer”」 として、
 その定義は
 “An officer or a rating currently holding a valid certificate issued in accordance with the STCW Convention, or other operational seafarers holding qualifications or certificate issued in accordance with the provisions of appropriate bodies.”
 「STCW条約に基づいて発行された有効な証明書を保有している職員や部員、または適切な機関の規定に基づいて発行された資格または証明書を保有しているその他の運航に関わる船員」である。
 これはILOの海上労働条約の船員の定義とは全く違い、直接運航に関わる船員でかつ外航船員に限定している。このためクルーズ客船のホテル要員などは船員として扱っていない。ちなみに海上労働条約では「船員」の定義として、“any person who is employed or engaged or works in any capacity on board a ship to which this Convention applies”「 職務のいかんを問わず、この条約が適用される船舶において雇用され、従業し、又は労働する者をいう。」とし、条約上はクルーズ客船のエンターテイナー等も全て船員である。
 さらにSTCW条約の海技資格を保有していても、明らかに内航や港湾内などに就航する船舶の船員は計算に入れていない。これはあくまで国際的な船員の需給の動向を調査するのが目的だからである。船員の数は主として各国の船員関係主管庁等の資料によるのであるが、もっぱら内航などに従事する船員をどのように判断し、除外するのかは必ずしも明確ではなく、ケースバイケースで調査員が判断するのだろうが、これがこの調査の難しさであり、難点でもあろう。
 筆者は1990年の最初の報告書から2005年の第4 回報告書まで作成に関わったが、報告書 作成に当たり実際の分析等は英国のウォーリック大学の労働科学研究所が行なっていた。 しかし、2010年の報告書から大連海事大学が関わるようになったようだが、今回の報告書 はChina Project Team としてZhengjiang Liu教授をはじめとして、准教授・研究員等8 名が全面的に関わっているようだ。彼等は質問状等を中国語に翻訳してそれらを中国の主管庁や船社などに送り、またそれらの回答を英語に翻訳してBIMCO/ICS に送っているとのことだが、それにしても大掛かりなプロジェクト・チームである。報告書原案はBIMCO/ICSのSteering Committee が厳密にチェックしているであろうから偏向しているわけは無いだろうが、中国の影響が強い報告書となると違和感がないわけでは無い。


船員の需給バランス

 前置きが長くなったが、今回の報告書を見 てみよう。掻い摘まんで言うと現在世界では 189万人の船員が 7.4万隻以上の商船の運航 に従事している。そして2015年以来、船舶職 員の供給が10.8%増えたものの、2021年の時 点で、26,240人の船舶職員が不足している。 これが5 年後の2026年になると船腹量の拡大 に伴い船舶職員の不足を回避するために今後 少なくとも2026年までに89,510人の新たな船 舶職員を訓練・雇用する必要がある、という ものである。  もう少し詳しく数字を見てみよう。まず 2005年から現在に至る世界の船員数である。 注意せねばならないのは、船員数の推測は毎 回手法が少しずつ違っており、単純に比較す るのは必ずしも適切とは言えない点である。

供給 2005年 2010年 2015年 2021年
職員 466,000 624,000 774,000 857,540
部員 721,000 747,000 873,500 1,035,180
合計 1,187,000 1,371,000 1,647,500 1,892,720

 一方商船を運航するのに必要とされる船員 数は下表である。
供給 2005年 2010年 2015年 2021年
職員 476,000 637,000 790,500 883,780
部員 586,000 747,000 754,500 997,540
合計 1,062,000 1,384,000 1,545,000 1,881,320

 従って船員数の需給バランスは下表であり、 職員の数は常に本来的に必要とされる職員の 数を下回っており、配乗は恒常的に極めてタ イトであったと言える。
バランス 2005年 2010年 2015年 2021年
職員 −10,000 −13,000 −16,500 −26,240
部員 +135,000 ± 0 +119,000 +37,640

 この報告書には5 年後、すなわち2026年の 需給バランスも予測している。
職員 部員
2021年船員数 857,540 1,035,180
2026年の需要 947,050 1,069,500
需給バランス −89,510 −34,320
年間必要増加人数 17,902 6,866
年間必要増加率 2.0% 0.6%

   これらの数字の背景を見てみよう。

 

世界の船員  

 
  世界の船員数を把握するのは極めて困難なことは前にも触れたが、ここでもう少し内容を見てみたい。船員数を把握するのは主として各国船員関連主管庁へ送った質問状の回答であるが、それに加え、船社や船舶管理会社への質問状である。今回はそれに加え有力な便宜置籍国へ特に依頼して協力を求めたという。この結果、これまでにない船員の年齢や性別、さらには経歴などのデータも得られたという。主管庁には現時点で有効なSTCW条約に基づく資格証書の当該国民に対する発給数に関するデータを求めた。STCW条約ではこの情報は要請に応じて公表すべきと定められている。
  しかし、このデータが得られたとしてもそれが当該国の外航船員数を推測するのに十分かと言えばそうではない。資格証書を保有している船員を外航船員として雇用出来るか否かは別の問題である。さらに国によってはこうした基本的な情報も得られにくい。システムの管理に問題がある国もあれば、このデータが他の政府機関、例えば社会保険料の基礎資料としても使われているケースもあり、また、国によっては漁船船員の資格や国内的に限定された海技資格などと混同していることもある。海技資格保有者の統計ではなく、船員としての統計しか整備していない国もある。船員の中には当然司厨部の船員あるいはクルーズ客船のホテル要員も含まれており、この報告書が必要とする船員数を把握するのは難しい。有効な資格証書を保有していても陸上職に就いており、資格証書は万が一の転職のために更新を続けているケースも少なくない。また主管庁の協力を得られたのか得られなかったのか分らないが、各国別の船員数を示した別表を見ると175ヶ国が挙げられ、そのうちの15ヶ国は出所として2015と書かれている。これは2015年調査時のデータである。日本もこの中に入っており、船員数は職員19,119人、部員は6,339人、合計25,458人となっている。なお、日本からは東京海洋大学、神戸大学そしてKL、MOL、NYKの三社が調査に協力している。
  こうした問題のあるなかで、何とか外航船員の船員数を把握しようとする努力は初めて報告書が発行された1990年と殆ど変わらないようだ。
 各国の船員数調査に関連し、各種のデータが示されているが、二つほどあげてみたい。
 一つは船員供給国のランクである。フィリッピンが首位であることは関係者なら誰でも想像が付くが、その他についてこの報告書は下記の表を掲げている。
 

順位 全船員 職員 部員
1 フィリッピン フィリッピン フィリッピン
2 ロシア ロシア ロシア
3 インドネシア 中国 インドネシア
4 中国 インド 中国
5 インド インドネシア インド

 ちなみに国別船員数のデータでフィリッピンは全船員数は252,392人、その内職員は81,090人、部員は171,303人としている。これは外航船舶に雇用出来ると想定される船員で、フィリッピン内航の船員を含めるとこの数字は約2倍になると推測している。
 報告書では珍しく、韓国のデータがあるので紹介したい。それは職員職位の年代別プロファイルで、Management Level (管理レベル職員 船機長・一航一機)のデータを示したものである。それによると21〜30歳が9.7%、31〜40歳が29.6%、41〜50歳が19.8%、51〜60歳が20.2%、そして61歳以上が20.7%もいる。61歳以上はデータとして示されている他の国、フィリッピン、ウクライナ、インド、ロシアそしてミャンマーに比べても相当高い。韓国に次ぐのはフィリッピンの10.8%で他の国々は全て一桁である。一方21〜30歳で管理レベルにある職員は10%に近くこれに次ぐウクライナの5.3%の2 倍近い。これは何を意味するのであろうか。韓国はベテランの船機長が多い一方若手の一航機も多いと言うことであろうか。
 なお、報告書に記載されている韓国の船員数は職員が10,793人、部員が17,126人、合わせて27,919人である。また北朝鮮の船員は職員が1,651人、部員が2,251人、計3,902人とあり、いずれも2021年のデータである。
 今後の船員供給国として、船社や船舶管理会社が期待している国のアンケート調査の結果も記載されている。職員・部員の別は示されていないが、次の表にまとめられている。
 
順位 船員供給国
1 ウクライナ
2 ミャンマー
3 フィリッピン
4 インド
5 中国
6 ルーマニア
7 ギリシャ
8 インドネシア
9 クロアチア
10 英国

  船社はこうした国々を挙げた理由として、一般的に言えるのは1.英語力、2.船員確保の容易さ、 3.当該国のヴィザ取得の容易さや出国や旅行制限のないこと、そして4.就航区域の変化などである。ここで注目すべきはもちろん10位の英国で、これは主として職員、しかも船長・航海士を対象としたものであろう。もちろん英語力だけを考慮したものではなく、伝統的な海運国の船乗りとして身につけたいわばセンスが評価されるのであろう。さらに今後クルーズ客船がLNG船に次いで大幅に伸びると予想されており、これを見込んで客船要員としての需要かもしれない。日本人船員は今やあまりにもマイナーな存在としてグローバルな雇用の対象には全くなり得ないが、せめて船乗りとしての資質は認めてもらいたいと願っている。

 

海運の今後  

 
 船員の必要数は、現在の世界の外航船舶数を特定し、船種とその大きさを区分し、その隻数に標準的な配乗員数を掛け、この報告書には数値は記載されていないが、さらに船員の予備員率や回転率をなどの係数を掛けて船員の必要数を割り出している。
 2021年はI H S F a i r p l a y (I n f o r m a t i o n Handling Service Fairplay database ロイズ船級協会から派生した最大の海事関連データベース) のデータを基に外航船舶を74,505隻と割り出している。この数字には当然ながら内航船や港湾などで稼働する船舶は含まれていない。
 こうして計算された2021年における外航船員の需要が職員883,780人、部員997,540人なのである。
 それでは2026年はどのような数字をもとに計算されたのか見てみる。商船の数は年間複合成長率 (compounded annual growthrate) 1.25%を基本的な数字として次の5 年間に適用する。この1.25%は世界の経済の成長率はもちろん、海運におけるいくつかの要因、すなわち世界の発注済はもちろん計算に入っているが、今後の船舶建造予定量、スクラップを予定される船腹量、それぞれの分野での船腹の需要度などを考慮にいれたものである。この報告書では高い年間複合成長率として1.75%を、そして低い年間複合成長率としては0.75%を使用して船舶数を算出し、必要な船員数を計算しているが、ここでは基本シナリオのみに注目する。船舶数は船種、船型毎に細かく47に分類し、それぞれについて計算がなされている。そして2026年には船舶数を79,280隻(6.41%増)としている。船種・船型別で20%を超える成長が見込まれる分野は、14,550TEU 以上のコンテナ船が204隻から294隻へと44.1%、LNG船のup to 49.999m³が32.4%、 50,000㎥〜99,999㎥が28.6%、100,000㎥〜199,999㎥が41.8%、L P G 船も増加して20,000㎥ 〜39,999㎥ が26.1%、75,000㎥ a n d above が25.2%である。クルーズ客船は伸びが最も大きくて、up to 49,999gt が421隻から515隻へと22.3%、50,000gt〜99,999gtは106隻から116隻で9.4%、100,000gt〜149,999gtは67隻から84隻で25.4%、150,000gt〜199,999gtは23隻から41隻で78.3%、そして200,000gt 以上は4 隻から7 隻へと75%の増加となる、と予測している。
 この報告書でも自動運航船M a r i t i m e Autonomous Surface Ships (MAAS) についてふれているが、まず術語の定義として、
 “Ships that, to a varying degree, can operate independently of human interaction.” 「程度の差こそあれ、人の手を借りずに運航することができる船」と比較的シンプルな定義である。そして自動運航船の出現により船員の需要に変化が起きるかどうかは、時間のみが語ることだと素っ気ない。短期的には自動運航船を遠隔地から管理・運航するためにむしろSTCW条約に基づく海技資格を有した船員の需要が急増するのではないかとも予測している。自動化のレベルに応じて、船上の船員と陸上の船員とが補完しあう経過措置的な時期が続くであろうとし、具体的な船員の需給については一切言及していない。

女性船員  

 
 2015年の報告書は初めて女性船員についてデータを収集し分析し、本文の2 ぺージ程を割いて説明しているが、今回の報告書ではさらに詳しいものとなっている。2015年の報告書ではWomen seafarers となっているが、今回の報告書ではFemale seafarers となっており、women と female にはポリティカル・コレクトネスの観点から微妙な語感の違いがあるのかも知れない。

 今回の報告書によるとSTCW条約に基づく海技資格を持った女性は24,059人でこれは2015年と比べると45.8%の増加である。そのうち7,289人が職員で16,770人が部員である。特に部員の増加が著しい。その多くは客船及びフェリーに乗船しているとみられる。一方女性職員はやはり航海士が多いが海運のあらゆる分野で増加しているようだ。前回の調査ではSTCW条約海技資格保有者の0.7%が女性職員で、0.4%が女性部員と推定されたが、今回は0.85%が女性職員、1.67%が女性部員とされた。これは海運における男女共同参画(SDG 5 )の成果と考えられている。海事教育訓練機関も女子学生の採用を積極的に進めており、調査に協力した海事教育訓練機関では15%が女性職員訓練生、女性部員訓練生は6 %と報告している。海事教育訓練機関の中には女子学生を増やすために、女子学生に対しては学費の10%を免除するとしているそうだ。
 この報告書はこれまでにも述べたようにSTCW条約に基づく海技資格を持った船員を対象としているが、前述の海上労働条約の定義に基づく女性の船員数は他の報告書によると実際に乗船している乗組員のほぼ7 %に及ぶのではないかと推定している。

終わりに  

 
 今回の報告書は単に船員の需給問題に止まらず、パンデミックでひどく傷ついた船員社会に対する危機感を表面化し、それに対処しようとする関係者の議論をも活性化したと言えるであろう。
 7 月末にこの報告書が公表されると欧米の海事関係業界紙・誌は一斉にその内容を報じた。その内容は当然各紙・誌によって違いはあるが、次のような点は必ず盛り込まれている。
 「この報告書は船舶職員の深刻な人手不足を避けるために海運業界は今後相当の職員養成を行なわねばならないと警告している。2021年時点で26,240人の職員が不足しており、これは明らかに需要が供給を上回っていることを示している。2026年までに89,510人の職員が新たに必要とされる。船員の退職や転職を考慮に入れればさらに増やす必要があろう。 船員の将来的な需要に応えるためには、業界が積極的に海上でのキャリアを推進し、船員の待遇を改善し、環境に優しく高度にデジタル化される海運業界に必要な多様なスキルの取得に焦点を当てて、世界中で海事教育・訓練を強化することが不可欠だ。これは、パンデミックで痛めつけられた船員社会がコロナ禍の影響から立ち直るために特に重要であり、船員が、そして若者が海運業から離れていくのではないかという現実的な懸念に対処する必要がある。」
 また、9 月の中旬にロンドン国際海運週間が開幕した。数々の興味ある講演が行なわれたが、当然船員問題も大きく取り上げられた。その中で注目を浴びて業界紙にも紹介されたのが船員の待遇改善問題( 9 月16日付TradeWinds)である。労使双方の有力者が訴えたのは、船員の待遇を今ただちに改善しなければ、海上職は若者に拒絶されるであろうとの危機感である。
 「コロナ禍のために、未だに10万人の船員が契約期間を過ぎても下船出来ずに船上に取り残されている実情、経営に行き詰まり船員が船諸共放棄されるケースが2018年と比べて2020年には34隻も増え、合計で85隻にもなった事実、ワクチン接種もままならず感染の危険におびえる船内の毎日、船員をエッセンシャル・ワーカーと指定するようにとの国連の呼びかけにもかかわらず、多くの国では無視されていること、これらの問題を早急に解決しなければならない。そして乗船しようとする若者の「いつ下船出来て家族に会えるのですか?」と言う問いに明確に答えられなければ、誰がこの “a truly rewarding career”(本当にやりがいのある職業) たる船員を志すだろう。」と切迫感に溢れている。

参考文献

1 .“Seafarer Workforce Report” ~The global supply and demand for seafarers in 2021~
2 .Lloyd’ s List 7 月28日付 2 件
3 .Maritime Executive 7 月29日付
4 .gCaptain 7 月29日号 8 月2 日
5 .国際海洋情報 7 月26日付 長谷部正道 神戸大学教授
6 .TradeWinds 9 月16日付
7 .“Seaways” September 2021

 


LastUpDate: 2024-Dec-17