IFSMA便り NO.80

世界人権デー

(一社)日本船長協会 副会長 赤塚 宏一

 

はじめに

 12月10日は世界人権デーである。これは世界人権宣言が、1948年12月10日の第3 回国際連合総会で採択されたことを記念して、1950年の第5 回国際連合総会において、毎年12月10日に記念行事を行うことが決議され、世界人権デーとなったものである。
 昨年はこの日にコロナ禍における船員の人権侵害について調査した報告書が発表された。タイトルは “Stamping on Seafarers’ Rightsduring the COVID-19 Pandemic” 「COVID-19によるパンデミックで踏みにじられた船員の権利」(以下 「報告書」)である。「報告書」を発表したのは “Human Rights at Sea” 「海上における人権」という団体で、英国において2014年4 月に設立された。設立の目的は、海上における人権の問題を追求するためで人権に関する法制化の進捗状況、関連する政策や法律の見直し、海上での虐待や人権の侵害などの調査を行うことである。この団体の活動は予想を超える急成長を遂げ、組織のガバナンスの観点から、2015年に英国慈善団体に登録され英国の法律により監督されている。この団体は英国南部に拠点を置く、独立した非営利団体(NGO)である。そして海事社会における人権問題に特化した調査、提言、報告、ロビー活動などを行っている。また、世界の海運や水産業を支える人的資源の支援にも貢献している。
 筆者はこの2 年以上に及ぶコロナ禍において、船員社会に何が起きたかをまとめてみたいと考えていた矢先にこの「報告書」が発表されたので、これを紹介したいと思った次第である。
「報告書」はぺージ数にして26ぺージほどで読まれた方もおられるかと思うが、抄訳もしくは意訳して内容を順を追って紹介したいと思う。注釈には「報告書」以降の船員問題に関する情報なども加えて記して置いた。
「報告書」は船員の抱える問題の多くが、今回のパンデミックで表面化したと指摘し、ILOの海上労働条約はその一部を適切に解決する指標となったが、もちろんこれで全てが解決するわけではない、としている。途上国の船員が過半を占める職場で、真にグローバルな産業である海運が問題を解決するには多くの課題がある。問題解決に「魔弾の射手」がいるわけでは無いが、真に統一されたアプローチと問題解決への強い意志があれば前進は可能である、と言っている。
 なお、この「報告書」は世界人権デーまでに発表された各種の報告書、統計、SNSを含む多様な雑誌や新聞記事の40編に基づくものであるとされている。

 

『 COVID-19によるパンデミックで踏みにじられた船員の権利」報告書

 

序論

 世界の多くの地域では、国際海運に対する社会的な理解が、常に認識不足や関心の欠如によって妨げられている。これは、公共の場での報道やメディアのバランスのとれた取り組みの不備に起因するもので、独立した検証、説明責任、透明性を常に欠いている。このためしばしば一般の人々の目には触れにくい海上では 刑事上の不正行為、商業上の不正が適切な裁き受けない事例や船員の人権・労働・社会権の侵害などにより、海上の活動はしばしば汚名を被ってきた。
 歴史的に見ても、世界の船員はこのような不正行為に悩まされており、これまで関係者により様々な取り組みが行われてきたが、未だにその状況は改善されることなく続いている。「COVID-19によるパンデミック」(以後パンデミック)では、これらの脅威が表面化し、種々の問題と融合し、拡大した。そして推定170万人の船員が、国連が発表した海上の人道的危機の震源地となった。その象徴的な問題が「船員交代の危機」である。海上における船員の人権侵害・人道的危機は複雑で多岐にわたるが、「報告書」ではこれを10項目に整理し、説明することとした。

 

1 .乗組員の交代  

 パンデミックにより各国は水際対策として厳しい入出国制限・移動制限を課した。この影響をまともに受けたのが乗下船のために寄港地から居住国へあるいは居住国から寄港国へ移動する船員である。乗組員の交代がままならぬことから世界規模の物流危機にまで発展した。国際海事機関(IMO)はパンデミックのために最大約40万人の船員が船舶に取り残されたことを確認した。2020年末には国際海運会議所(ICS)は、船社が乗組員の交代を行うことは、「第二次世界大戦以降、世界の海運が直面する唯一最大の業務上の課題」と表明した。そして乗組員の早期交代を実現するために関係者によりIMOのプロトコルにそった努力がなされた。ビザの発給手配、送還便手配、関係当局への働きかけなどである。この時点で少なくとも50万人の船員がパンデミックの影響を受けており、2020年8 月には、推定15万人の船員が緊急送還を必要とし、約25万人の船員がやむを得ず契約延長の形で船内に留まっている。
 また国際運輸労連(ITF)のスティーブ・コットン書記長は次のように述べている。
「船員は乗下船のために、旅行し、国をまたいで移動するため、入出国の制限を無くし、また実情に沿った検疫制度が必要であるとの世界的な認識が力を増している。
 各国政府は、この差し迫った人道的な(そして物流の混乱により経済危機の可能性もある)危機に対して行動しなければ非難される可能性があることに気付き始めている。機は熟している。」
 この危機の大きさを物語るものとして、ワシントン・ポスト紙(注1 )に掲載された記事がある。綿密な取材と分析により書かれた記事は、各国のメディアの注目を集め、世界中の読者・視聴者に届けられた。
 こうしたマスメディアの注目を浴びたにもかかわらず事態はなかなか改善されない。2021年の秋、Seatrade Maritime News は次のような論説を載せた。
 この乗組員交代危機は「改善するどころか、さらに悪化している」とし「2021年の船員に対する扱いは、まったくもって恥ずべきものだ」という業界関係者の不満の声を載せ、最も大きな懸念は船主や船舶管理者が乗組員の交代を促進しようと努力している一方で、国や港湾当局がそのプロセスを阻んでいる。
 グローバル海事フォーラムが設立した「船員のウェルビーイングと乗組員交代に関するネプチューン宣言」(ネプチューン宣言)は乗組員交代にともなう危機を解決するために、これに参加した全員の総力を結集することを目的としている。2021年10月、本稿執筆時点では、850の組織・企業がこの宣言に署名し(もちろん「海上における人権」を含む)、その船員の権利保護のため、それぞれの分野における役割を再認識した。そしてネプチューン宣言(注2 )では、以下の4 つの主要な行動が強調された。
 ➢  船員をエッセンシャルワーカーとして認識し、COVID-19ワクチンの優先的な接種を認める。
 ➢  既存の最善の措置に基づき、最高水準の健康維持計画を確立し、実施すること。
 ➢  船員の交代を容易にするため、船社と用船者間の協力関係を強化する。
 ➢  船員のために、主要港間の航空便を確保すること。


(注1 ) このワシントン・ポスト紙の記事については、本誌前号(No.466 2021年12月・2022年1 月号) IFSMA便りNo.79で触れたルーマニア人船長の遺体送還問題もその一つである。
(注2 ) 昨年末の統計では、乗組員交代問題や雇用契約の延長問題は相当改善されたが、1 月21日付のLloyd’ s Listは、こうした問題はまだまだ長引きそうだと警告している。それはオミクロン株の急激な蔓延により、各国とりわけアジアが再び旅行制限を強化しているからだと言う。船主にとってもっとも乗組員交代に便利なシンガポールにおいては、COVID-19 の検査を強化し、下船を許可する条件として10日間の隔離とワクチン接種証明書を要求するなど実質的に乗組員交代を困難にしていると指摘している。こうした動きには「自国民ファースト」の強い要求がある、としている。

 

2 .エッセンシャルワーカー としての地位  

 パンデミックのため、いくつかの国では、特定の職業や職種を基幹産業と位置づけそれに従事する労働者をエッセンシャルワーカーと位置づけた。それらは安全かつ機能的な社会生活の維持のための必須サービスであり、例えば医療関係者、健康や安全や防災、社会生活の基盤となるインフラに関連する仕事である。グローバルなサプライチェーンを維持するために船員の果たす役割に着目し、船員にエッセンシャルワーカーの地位を与えた国もある。エッセンシャルワーカーとして認定されると世界各地への移動が容易になると考えられたが、実際には各国の防疫体制・検疫や水際対策の強化や関係当局の無理解などで所期の目標とはほど遠い結果となっている。
 2020年12月1 日、国連総会は決議「COVID-19のパンデミックにより、困難な状況にあるグローバルなサプライチェーンを維持・確保するためのエッセンシャルワーカーである船員が直面する課題解決のための国際協力」を採択した。この決議を受け、IMO事務局長は、次のように謝意を表明し、また警告した。
「歴史的にこうした問題は人権問題である。乗組員の交代が困難なことで船員の生活は耐え難いものになっている。このような状況が続けば続くほど船舶の安全とサプライチェーンに悪影響を及ぼすであろう。」
 豪州国立大学の開発政策センターによると各国に対し、船員をエッセンシャルワーカーとして認定するよう圧力は高まっているが、2021年5 月現在で174加盟国のうち、55ヶ国のみが船員をエッセンシャルワーカーとして認定しているそうだ。また彼等はパンデミックの最中にある船員達の将来のキャリアに対する不安にも焦点を当てている。ある船員は「もう一度同じように6 ヶ月も船の上から動け無いような事態になるなら、二度と船に戻らないと思う。これは私だけでは無く世界中の多くの船員が考えていることだ。」と言い、パンデミックによる乗組員の交代問題等は多くの船員が職場を去る原因となりつつある。

 

3 .雇用契約の延長  

 2006年の海上労働条約により船員は条約に定める状況及び条件により自己の費用を負担することなく送還される権利を有する。そのもっとも普遍の条件は船員が海外に居る間に雇用契約が終了した場合である。そして送還となるわけである。
 パンデミックで船員の交代が困難となり、長期間船内に留まらざるを得ない状況は、本質的に安全とは言えない船内の労働環境を考慮に入れると、長期の労働は船員の福祉厚生及び安全に悪影響を及ぼすことは明白である。ILOの「海上労働問題とCOVID-19 パンデミック」という情報ノートにおいて専門家委員会は世界中で海上労働条約の条文が無視されている状況を認識し、次のように主張している。「COVID-19のパンデミックによって生じた課題が何であれ、船員の雇用契約期間の11ヶ月を超える延長は乗組員交代問題の解決策とはもはや考えられない。」そして、各国政府に対し、船員の疲労とメンタルヘルスの問題は船員の健康を蝕み航海の危険を招来する日も遠くないと警告している。
 米国の大手総合情報サービス社のBloomberg によれば、2020年8 月には25万人、2021年の3 月には20万人の船員が契約雇用期間を超えて船内にて労働を余儀なくされており、中には15ヶ月にも同一船舶に留まっている船員もいるという。

 

4 .メンタル・ウェルビーイング(注3 )  

 パンデミックによる乗組員交代の困難、その結果としての雇用契約の延長、乗下船時における外国での長期の隔離や面倒な手続きなど多くの困難が船員をいわゆるメンタルヘルスの危機に晒している。
 危機管理コンサルタント会社はさまざまな情報源から得た資料をもとに「船員に対する身体及び精神的健康を脅かす主たる要因」報告書を発表したが、これによると強い疲労感、鬱状態さらには自殺に至るケースも報告されている。さらに偏った食事による栄養障害や不眠症による精神的な不調もある。その結果、燃え尽きた船員達は安全に対する関心も希薄になり、船舶を危険にさらす可能性すらも危惧されるとしている。
 船員の自殺に関する信頼出来るデータが無いことは、そもそも船内における死亡について、それを報告するシステムや統計を取る組織が無いことを曝け出した。
 Lloyd’ s Listの分析によるとこのような問題を定量的に扱う国際的なシステムが存在しないため、問題の深刻さを量的に把握することは困難と指摘している。船員に対する福祉団体などによるデータは時折見かけるが、厳密な事実調査に基づかないものも多い。しかし、確かにパンデミック以来船員の自殺は増えているようだ。

(注3 ) ウェルビーイングとは身体的・精神的・社会的にすべてが満たされている状態を表す言葉で、企業や社会が目指すべきゴールである。具体的には労働環境や食事や睡眠などが良い状態にあること、生活の不安や病気、家族の問題などについても安心感が得られる環境と考えられる。船内の環境はウェルビーイングの状態に近いとは言いがたい。ましてやこのパンデミックで状況は酷く悪化しているのは間違いない。ウェルビーイングの達成度の高い企業は従業員の組織への愛着心も高いという。裏返せばウェルビーイングに問題あれば、これは船舶の安全運航や効率的な運航にも支障を及ぼしかねないとも言える。

 

5 .最低賃金  

 2021年4 月、ILOで行なわれた船主と労組の最低賃金に関する交渉は決裂した。船主を代表するICSは3 年間で3 %の賃上げを提案、これに対し、労組を代表するITFは2022年に6.5 %の賃上げを要求し、これまでの最低賃金$641を$683とするよう要求したのである。
 Lloyd’ s Listの記事によると「船主は送還用の航空運賃、乗組員交代のため本船自体の回送費用、コロナの検査費用、検疫にかかわる臨時費用など多額な費用を負担しているとするが、労組は海運市場のブームとも呼ぶべき好況とマースク・ラインに見られるような大幅な利益の向上が示すように船社にはこの程度の賃上げを負担する力は十分にあると主張している。」
 Nautilus International (英・蘭船舶職員組合)のマーク・ディッキンソン書記長は最低賃金の引き上げに応じなかったことを「恥ずべき行為」と述べ、さらに「船員は文字通り生命をかけて船舶運航に従事した結果が船社の存続と経済的な成功をもたらしたのに、感謝の代わりに船社は賃金を今引き下げるか、少し伸ばすかと言うまるで船員の顔面に平手打ちを食わすかのような姿勢だ。」と強く批判した。
 船社の強気の裏には低賃金で働く船員の実態があるとある情報誌は指摘している。即ち英国の海域で国の最低賃金£8.91/時間の半分以下しか受け取っていない船員達が存在すると報告している。
 2021年9 月、The Maritime Executive( 海事情報誌)は船員を代表するI T FとJ o i n tNegotiating Group (数社の船員雇用者の代表)との間で交渉が行なわれ、4.5%の賃金と保障の引き上げで妥結したと報じた。それは2022年1 月1 日に3 % の引上げ、さらに2023年1 月1 日にさらなる1.5%の引上げとなる。そして「労使双方はパンデミックの期間に船員達は契約が満了しても帰国も叶わず船内に留まり働き続け、世界の貿易を維持するために払った犠牲と2021年には賃上げが行なわれた事実を認めた。」と記している。

 

6 .給与のカットと不支給  

 コロナ禍の拡大と共に船員の賃金が凍結され本人に直接支払われず、またやっと下船した船員が検疫・隔離等のため外国に留め置かれた場合の費用や航空機代を凍結した本人の賃金から差し引くなどの事例が報告されてきた。
 最低賃金交渉の不調にともないITFはパンデミックを理由に船員の賃金をカットするような行為は決して許されないと強調し、船主・管理会社は船員の健康・安全そして経済的な安定を保障する義務があると強調した。そして「国家は、もしパンデミックにより船社の経営が困難となったとすれば、必要な政策を実施すべきで決して船員を安易に馘首したり、賃金の切り下げを行なうなど船員に犠牲を求めるべきではない」と主張している。「確かにパンデミックで経営の苦しくなった船主は存在することは事実であるが、それを理由に船員に払うべき賃金を差し止めたり、船員の人権を踏みにじることは出来ない」とも言っている。
 今年(2021年)ITF のインスペクターは全世界で総額$44,613,880 (約51億円)の本来払われるべき賃金を回収したという。本来支払われるべき賃金とは既に行なわれた労働に対する賃金、ボーナスそして各種の手当てなどで、船主や船舶管理会社が支払っていないものである。パンデミックにともない、この賃金未払いは頻発し、船員の中には一旦下船してしまえば、こうした未払い賃金を回収する方法はないとして下船を拒否する者もいるという。

 

7 .乗組員の遺棄  

 この記事を書いている時点では、乗組員遺棄の事例が増加し、激化している。IMOの定義によると遺棄とは、「船主が特定の基本的な義務を果たさないこと、すなわち船員に対する適時の送還と未払い報酬の支払い、そして船員に対する基本的な生活必需品、特に適切な食料、宿泊施設、医療を提供すること」を指す。さらに、「船長が運航に必要ないかなる財政的裏付けも与えられず放置されたとき、遺棄が行われたことになる」としている。
 2021年10月下旬、船員の遺棄事件の報告に関するILO・IMOデータベースは、2020年3月以降に遺棄された114件をリストアップしている。このデータベースの正確性は、遺棄事件の解決や関係者への情報提供において重要である。
 2020年12月、船員遺棄事件の報告件数はすでに過去最高を記録していた。Lloyd ‘s Listの分析によると、事例が急速に増加しているにもかかわらず、すべての事例が報告され、すべての事例が解決されるわけではない。そして海上労働条約には採択された2006年時点では遺棄事件が生じた場合、救済のための財政的保障は規定されていなかったことも指摘している。2014年にガイドラインが合意され( 3 年後に発効)、船主は遺棄事件を引き起こした場合に財政的保障する保険に加入しなければならぬと規定された。
 しかし、海上労働条約の規定は時に無視され、船舶及び船員の遺棄はしばしば発生し重大かつ壊滅的な結果を及ぼすことがある。
 2020年8 月4 日、ベイルート港に貯蔵されていた30万トン近い硝酸アンモニウムが爆発し、約200人が死亡し、6,000人以上が負傷した惨事は記憶に新しい。数ヶ月後、Bloombergの記事は、次のように伝えている。この爆発と、6 年前に極めて有害な貨物を積んだまま遺棄された船舶との間には、関連性がある。即ちこの危険物も港に遺棄されたのだ。この記事は規制も名目上でしかない海運界に更にパンデミックが状況を悪化させ船員・船舶そして貨物の遺棄が増加していると警告している。「船舶の遺棄は、物流の混乱、環境破壊、人的被害という悪夢を生みだすが、船主がその責任を問われることはほとんどない。今年はすでに最も控えめな統計処理によっても、遺棄された船舶のケースは90%近く増加している。」と報じている。

 

8 .家族への打撃  

 パンデミックにより船舶にあるいは異郷に取り残された数十万人の船員にとって最大の関心事は故国に残してきた家族の暮らしである。乗船中の船員が賃金不払いやカットなどで直面する財政的な打撃はそのまま家族への打撃となる。船員の多くは、唯一の稼ぎ手であり一家の大黒柱で、自分の家族のみならずその一族を養っている場合もある。
 海事関連の福祉団体はこうした家族への支援の第一線にいるが、これら福祉団体の活動の及ばない所では、こうした家族の苦境は殆ど注目されない。福祉団体の一つであるカソリック系の “Stella Maris” (海の星)は、こうした船員家族の問題につき資料を発表したが、それによると
➢  およそ50%以上の船員が彼等の収入で3 人かそれ以上の家族を養っている。
➢  71%の船員がWi-Fi は家族と連絡を取るために不可欠なものと考えている。
➢  船員の最大の関心事は如何にして家族を養うかである。

 この記事を書いている時点では実に数十万人の船員が故国に帰れないで船に残らざるを得ないのだが、こうした船員達及び船員関係の福祉団体にとってインターネットに接続することは最重要課題である。これまでは船員は本船上でインターネットに接続出来なくても入港すれば、福祉団体の船員センターなどが提供するインターネット接続で家族と連絡が取れたものだが、パンデミックでどこでも上陸制限が厳しくなり、インターネットにアクセスすることが困難となり、結果的に家族との連絡も途絶えた。
 豪州のThe Mission to Seafarersは貨物船で船員がインターネットに接続出来るよう官民挙げて活動をしてしているが、担当者は「私達にとって、Wi-Fiやインターネット接続が可能になることは大したことではないと思えるかもしれないが、船員にとっては非常に重要なことで、彼等の健康や福祉を守るためにも必要なことである。」と述べている。

 

9 .陸上での医療行為の拒否  

 パンデミックにより船員の上陸が大幅に制限されたことは、船員の健康、ひいては生命に重大な危険をもたらす。もし船員が病気となり陸上における早急な医療支援を必要とされる時に陸上で手当を受けられないこととなれば恐ろしい結果となる。船員の健康や安全について規定する最も基本的かつ包括的な海上労働条約は言うに及ばず海上人命安全条約、捜索救助条約そして国連海洋法条約にも船員は必要あれば陸上において遅滞なく有資格者による医療を受ける権利を有すると規定されている。
 Nautilus International によればパンデミックの初期には港湾当局の多くは、船員に医院や病院などの医療施設に近づくことを許可しないケースがよく見られ、そのため船主や管理者などは対応に苦慮しており、結果的に船員はラジオによる医療に関する助言に頼らざるを得なかったという。
 こうした事態を重大視したIMOは医療に関する公式なガイダンスを発表した。これは“Recommendations for port and coastalStates on the prompt disembarkation ofseafarers for medical care ashore duringthe COVID-19 pandemic” 「COVID-19パンデミック時に陸上での治療のために船員を速やかに下船させるための寄港国・沿岸国への勧告」 と呼ばれる。
 IMOによる緊急の呼びかけにもかかわらず事態は好転しないため、2021年9 月にはIMO事務局長とILO事務局長は連名で再度声明を発表した。「船員が医療を必要とする場合は遅滞なく陸上でのしかるべき医療を受けられるようにするのは寄港国・沿岸国の道徳的義務である。また、必要な場合には、資格を持った医師や歯科医師の訪船を許可すべきである。」と述べ、この両機関は人間の生死にかかわる問題であることを強調した。この声明が発表された時点で、国際キリスト教海事協会(ICMA)によると24ヶ国が船員のためのワクチン接種を始めたとのことで、2021年11月には32ヶ国になった。

 

10.COVID-19ワクチン接種  

 一般国民へのワクチン接種もままならぬなか、IMOなどの働きかけにもかかわらず船員へのワクチン接種はなかなか進まなかった。しかし、2021年5 月にはいくつかの先進国、即ち米国、豪州、オランダついで英国、ベルギーなども船員への接種を始めた。ワクチンの種類によっては、当局が認めないとか、移動する船舶にあって2 回接種はかなり困難などの様々な問題があったが、2021年8 月には乗船中の船員の接種率は15.3% 9 月には21.9% そして10月には31.1% になったとの報告がある。この数字はもちろん一般国民と比較するとかなり低い数字ではあるが、関係者の努力がある程度実を結んだといる。(注4 )

(注4 ) 欧州の複数のP&Iクラブの情報によれば、ガーナの保険当局は2 月1 日からワクチン接種を受けていない乗組員一人あたり$3,500 (約40万円)の罰金を船舶に科すとの指令を出した。罰金が支払われると、接種を受けていない乗組員に対しては保険当局により1 回の接種で済むジョンソン・エンド・ジョンソンのワクチンが接種されるという。しかし、この指令はその後執行が延期された。もちろん経済的な理由による。テマ港やタカラディ港を擁するガーナは近隣のナイジェリアやコートジボワールなどの諸港を抑えて西アフリカにおけるハブとしての地位を確立するために巨額の投資をしており、このような防疫に対する他港より厳格な規制が課されると競争上、不利な立場に置かれると懸念されたものである。 いずこの国においても防疫と経済活動の両立は困難な選択を迫られるようである。

 

結論  

 COVID-19によるパンデミックにかかわる船員に対する広範な虐待は、前例のないレベルで世界の注目を集めることになった。その結果、幅広い海事関係者の団結が強まった。海運業界関係者、労働組合、福祉団体、海運関連団体そして世界のメディアもこれに加わった。
 実際、パンデミックとその余波を受け船員の人権、労働、社会的権利が一貫して踏みにじられており、現在もその状態が続いている。2020年と2021年の間に表面化した船員に対する不当な扱いと人権の侵害は広く知られるようになり、国連の懸念する人道的危機に対する意識は徐々に高まっている。
 それにもかかわらず、船員に対する不当な扱いに断固として対処するため、国内外に適用される法制上の手段を通じた効果的な救済措置がないことは、国際社会、沿岸国、寄港国、旗国の継続的な怠慢であると言える。
 この「報告書」は、一般に公開されている40の報告書、記事、文書 を通して10の重要課題の影響を明らかにすることで、パンデミック時の海上労働の課題を反映した説得力のある報告を意図した。「海上における人権」はさらにこれらの情報源を慎重に選択することで、次のことを実証することを目指している。すなわち広く業界全体の結束の高まりと意識の向上、そして全世界をカバーする透明で正確な報道が、現在及び将来にわたって影響力を与え難しい課題に取り組み、解決する大きな力になることを示すことである。 』

 

おわりに  

 本稿を書いているところへ、ICSの雇用問題担当理事のMs Natalie Shaw が英国の新年の叙勲において大英帝国勲章Member of theOrder of the BritishEmpire (MBE) を授与されたとの報が入った。 Natalie は20数年間、ICSの労働問題担当として船員の人権を始め福利厚生問題に携わってきており、特にここ2 年のパンデミックによる船員の交代問題を始め、本稿に書いたような船員問題に対して積極的に活動したことが評価されたものと思う。
 筆者のロンドン在勤中はI C Sのなかで、もっとも緊密に連絡を取った理事の一人であり、海上労働条約の採択にも関わった。先ずはお目出度い話で、祝電を送ったところである。
 1 月22日付のT r a d e W i n d s によるとNatalieはさらに活発に活動しているようでSNSをとおして、乗組員交代を始めとするパンデミックに関わる船員の問題は2 年も経って、今や通常の出来事のように受け取られているが、事態は一向に改善するどころか船員は前にも増して苦境にある。冬期オリンピックやテニスの国際大会のためにスポーツマンやその関係者が旅行を許されるのに、社会の支え手であるエッセンシャルワーカーとしての船員がこのように厳しく必要な移動を制限されるのは、どこか間違っていると発信し、多数の共感を得ているようだ。
 本稿を書いているのは1 月下旬で、月報が会員諸兄の手元に届くのは3 月中旬であるから、かなりの時差が生じるわけである。その間にコロナ禍にともなう船員を取り巻く環境は大きく改善することを期待している。しかし船員の労働環境・職場環境は本来的に厳しいものがあり、それだけに船員のウェルビーイングを達成するには関係者の絶え間ない努力が必要である。

 

参考資料

1 .“Stamping on Seafarers’ Rights duringthe COVID-19 Pandemic”   10th December 2021
2 .Lloyd’ s List 09 Dec 2021, 21 Jan 2022
3 .月報 C a p t a i n N o .466 2021年12月・2022年1 月号 IFSMA便りNo.79
4 .日経新聞 2020年1 月14日
5 .国際海洋情報 2021年12月23日
6 .TradeWinds 26 Jan 2022


LastUpDate: 2022-Oct-04