IFSMA便りNO.5

(社)日本船長協会事務局

IFSMA 総会報告

IFSMA の総会は5月6日、7日の2日間、リオ・デ・ジャネイロで開催された。
今年はブラジル船長協会の招待によるものである。
日本船長協会も当然参加すべきものであったが、遠隔地であることや費用の問題に加え、新型インフルエンザの影響も懸念されたので欠席した。
このインフルエンザのため、残念ながら参加者は例年より少なかったが、熱心討議が行われたようである。
この総会の模様について速報が届いているので、前回のIFSMA便りで紹介しなかったトピックを中心にお知らせしたい。

「Coastal Domain Awareness」

これは2001年9月11日のNY テロの後に米国において提唱された概念で日本語に訳すと「沿岸察知能力」とでも言うのであろうか。
あるいは説明的に「沿岸警備隊による航行船舶情報の適切な把握」といえるかもしれない。
海洋政策研究財団ニューズレター第60号では、Coastal Domain Awareness とは、船舶とその積荷についての適切で充分な情報、監視、予備調査及び取締りなど関係者の力を必要とするが、海域それぞれが持つ脆弱性、脅威、標的を察知する上での手助けとなるものである。
すなわち脅威となりうるものが米国水域に及ぶ前に、それを探知及び阻止する能力を高めようとするものである、と書かれている。
これを総会で取り上げたのはロンドンにあるNautical Institute(英国航海学会)で活躍 しているパトライコ船長である。
前号でVessel Traffic Management(VTM船舶通航管理)の概念を紹介した。
すなわち、VTM は海上交通安全、海洋環境保護、海上輸送の効率化、そして海上におけるセキュリティの強化などを目指す広範な航行管制システムである。
これは近年の通信技術の発達を背景に発展した考え方であるが、VTS(船舶通航管制)を港内や狭水道、さらには領海から排他的経済水域(EEZ)にまでその管制を広げたシステムともいえ、航空機と異なり公海は除くが、少なくともEEZ にある船舶は沿岸国が必要な管制を行うのである。
パトライコ船長によると、上記の目的のなかでも特に海上におけるセキュリティに重点を置いた国家のCoastal Domain Awarenessに対する要求は高まりつつある。
すでに全ての船の航路や動静をプロットする技術は存在し、このような情報を収集するのに必要な法律的な枠組は検討されており、その手続きが審議されている。
こうした沿岸国の要求に対処するための船長及び船員の教育訓練について早急に検討されなければならないというのが同船長の主張である。
本船側にとってのCoastal Domain Aware-ness のメリットは、航行に対する有用な助言や支援、本船と陸上職員とのより良い連携、船舶輻輳する海域での混雑やバンチングを避けるための支援、狭水域における安全な通航のための管制などである。
パトライコ船長によるとCoastal Domain Awareness に関する船長・航海士の反応はこれを前向きに評価する者が多いが、適切なコ ミュニケーションが重要なポイントであると指摘されている。
しかしあまりにも多くの情報と警告、勧告等があり、これらの警告は格付けする必要がある。
IFSMA とNautical Instituteは連携してこのCoastal Domain Awarenessが船長・航海士の責務を支援するようなシステムに発展するように主導すべきと結んでいる。
現在のブリッジ内では陸上の諸機関やAIS情報に基づく他船との交信に多くの時間とエネルギーを割いていると思うが、こうしたCoastal Domain Awareness に基づく情報のやり取りが一般的となれば、さらに負担が増すこととなると思われる。
パトライコ船長も云うようにこうしたシステムが船長の責務を支援し、いくらかでもその負担を軽減し、安全の強化・運航効率の向上に資するよう船長協会は働きかけねばならないと思う。

enavigation : its effects on watchkeepers and operators

カナダ船長協会のターナー船長が表題について講演した。
e・navigation については、本協会の船長実務講座で今津先生・矢吹先生が講演して下さり、小冊子として会員諸兄には配布されているので、ここでは内容には触れない。
enavigation のeについて、今津先生も触れられているが、ターナー船長は初期にはelectronic と想定されていたが、現在は“enhanced”もしくは“encompassing”と言う方 が適切であろうと言っている。
e・navigation のIMO で承認された定義は「航行とそれに関連する業務の質を向上させることを目的とした、電子的手段を用いた、船上及び陸上からの海事情報の調和した収集、統合、交換、表示及び分析」(上述第117回船長実務講座)となっているが、ターナー船長はわかり易い定義として、IMO の定義に補足して、次のような文言を挙げている。
The harmonised collection, integration, exchange,presentation and analysis of maritim information onboard and ashore by electronic means to enhance berth to berth navigation and related services for safety and security at sea, and the protection of the marine environment.
ターナー船長はe・navigation の発展にともない、必然的にブリッジ内にてディスプレイなど電子機器に頼ることが多くなると思われるが、当直士官としての基本的な見張りの必要性を強調するとともに、船長・航海士に対する必要な教育・訓練の実施、そしてそもそもこうしたシステムの発展・導入にはユーザーがリーダーシップを握ることの必要性を説いている。
前述のCoastal Domain Awareness といい、Vessel Traffic Managementといい、あるいはe・navigation といい、船舶運航の環境が大きく転換する時期にさしかかっているようである。
またこれらのコンセプトの関連や、融合・統合と言った問題もあるのではないだろうか。
e・navigation はIMO の航行安全小委員会及び無線通信・遭難救助小委員会で審議されており、IFSMAはすでに幾つかのペーパーを提出している。
IFSMA の事務局次長のオーエン船長は長らくIALA(国際航路標識協会)のこの種の委員会に参加しており、e・navigationに詳しく、ユーザーとしての船長の立 場に充分配慮したペーパーの原案作成をしている。
しかし日本船長協会としてもIMO の審議に参加する日本政府に対してe・navigationに対する対処方針などについて直接コメント出来るような体制を取りたいと思う。

IIFSMA 総会決議

その他のトピックについては、前号でも紹介したので、ここでは総会に於いて採択され
た決議を簡単に紹介して今回の総会の報告を終わりたい。

決議1 Enclosed Space
遠隔操作による酸素濃度計測器備付けの強制化と船員に対する操作方法の訓練義
務を提案。
決議2 enavigatione・navigation が船長及び船員の業務遂行を有効に支援出来るシステムとなるべきとの観点から、各種の委員会に積極的に参加もしくはモニターすること、そしてe・navigation に関わる関係者の役割と責任を明確にすること、さらにenavigationを実際に導入するに当たっては、STCW条約に基づく教育訓練項目を精査し、必要な項目を加え、無駄なものは廃止するように要請する。
決議3 STCW 条約の定期的な見直し
技術革新のスピードと海運界を取り巻く境の変化を考慮して、現在の見直しと改正の手続きを見直すこと、また10年毎に条約全体を見直すことを提案。
決議4 労働時間及び休息時間
STCW 条約に規定される現行の休息時間に関する規定を維持し、長時間の労働時間に結びつくような改定を行わないことを要請。
決議5 IMO における投票手続き
欧州連合による27のメンバー国の一括投票を認めている現行の手続きを廃止すること。
注)これは27ヶ国が全て出席していないにもかかわらず欧州連合として27票を投じることに異論を唱えたものである。また一括投票はメンバー国の自主性を損なうものとしてかねてから問題視しているところである。
決議6 海事人材管理
高質な海運を構築するために新しい人材の管理法を導入すること、とりわけSTCW 条約の強制要件として海事人材管理技術の教育訓練を導入し、NoBlame Culture(当事者の責任を追及しない、問題点を報告したら叱るのではなく誉める、人を責めない文化、何でも言える文化を醸成し、安全体制を確立)を構築することを提案する。



LastUpDate: 2024-Apr-10