IFSMA便り NO.85

船長の責任と権限
~ Still Absolute? ~

(一社)日本船長協会 理事 赤塚 宏一

 

はじめに

 船長の責任と権限については日本船舶においては船員法第7 条(指揮命令権)で船長の権限を明確に保証しているが、1987年のベルギーのブルージュ港で発生したヘラルド・オブ・エンタープライズ号転覆事故(原因:水密扉閉鎖不良、188人死亡)を契機に策定され採択されたISMコードではこれを具体的に規定している。
 すなわちそのA部5.2
 『会社は、船舶で運用する安全管理システムの中に、船長の権限を強調した明確な記述を確実に含めなければならない。会社は、船長が、安全及び汚染防止に関して決定を下す最大の責任と権限を有し、かつ、必要に応じて会社の支援を要請できることを安全管理システムの中に確立しなければならない。』とある。
 「ISMコードの解説と検査の実際」(成山堂書店)によれば、船長の権限を強調した明確な記述:一般的には「超越権限」(OverridingAuthority)と呼称する。「超越権限」とは、船長が「安全管理システムにとらわれず、本船、積荷、旅客、環境にとって最良と判断出来る行動をいつでもとれる自由裁量権を意味する」と書かれている。
 これには権限に相当する責任がともなうことは言うまでも無い。このような船長の権限と責任がいつ頃から、またどのような経緯を辿って確立されたのか興味があるが、これはまた別の機会に考えて見たい。
 筆者はかねてから今日の急激な通信技術の革新がこの船長の責任と権限にどのような影響を与えるのか、与えているのか興味があった。ある会合で船舶管理会社関係者の運航に関わる問題の処理の仕方があまりに陸上管理思考なのでいささか違和感を覚えたこともあるが、通信環境の整備と陸上部門の膨大なデータの積み重ねから、そうした方向に向って居るのだろう。
 自動運航船がその程度の差こそあれ、すでに動き出した今日、私法・公法における船舶運航に関わる責任関係、なかでも船長(船上はもちろん陸上にあったとしても)の責任と権限については大きな関心がある。
 最近発表された二つの海難報告書に興味深い勧告が記載されていたのでこれを紹介すると共にあらためて現代の船長の権限と責任について考えてみたいと思った次第である。
 ニュージーランドの運輸事故調査委員会は事故処理に関連し、船長の権限と責任を尊重することをあらためて強調し、一方オランダの安全委員会の報告書は現代の高度に発達したコミュニケーション事情にあっては猛烈な暴風に遭遇するなど緊急の際には、船長の船上での伝統的な権威に陸上の管理部門が挑戦することができると主張している。


Ⅰ.「貨物倉火災」 2020年12月18日
“Kota Bahgia” 18,180 GT シンガポール船籍 貨物船(雑貨)


 これはニュージーランドの港で起きた海難で調査報告書はニュージーランドのTransport Accident Investigation commission (運輸事故調査委員会)によるものである。
 本船は2020年12月18日、ニュージーランドのネイピア港第4 岸壁に係留して揚げ荷作業をしていた。二番倉には4 人の作業員がいたのだが、船倉内で急激に火勢を増す火災を発見し直ちに退避した。火災は当地の消防隊により船内の二酸化炭素消火装置を使用して12月24日には鎮火した。丸6 日間も燃え続けたことになる。人的被害は一切なかったが、二番倉は損傷がひどく倉内に積み込まれていた高価なプロジェクト用の貨物、風力発電用タービンの部材等は甚大な被害を受けた。
 火災発生の原因は、貨物固定用のストッ燃物に引火し火災を引き起こしたものと考えられる。
 遺憾ながら本船乗組員の溶接作業に関わる準備及び注意は不十分であった。貨物は極めてタイトに積みつけられ、そのためガス切断作業の補助をする船員の視界が遮られたり、手が届きにくくなっていた。その結果、ガス溶接機で切断作業中に噴出した溶融金属片の飛散を効果的に制御する方法がない場所もあった。言うまでもないが高温作業に関するリスクアセスメントと作業安全分析は、高温作業が実施される区域のあらゆる制約を考慮して実施しなければならない。リスクアセスメントは、管理体制が適切かつ効果的であることを確認するためのモニタリングとともに体系的に適用されなければならない。

 ニュージーランドの消防・救急隊員は当初、船長の指揮者としての地位とその権限・責任についての理解が欠け、また船とその構造・設備に関する知識も十分ではなかった。船長が意図した消火作戦を統一指揮チームの責任者に伝え理解させるため、貴重な時間を無駄にしてしまったという。
 船長はこの火災に対して最も有効な消火方法はハッチカバーを完全に閉鎖して固定式二酸化炭素消火装置を作動させることだと判断した。しかしクレーンワイヤーとコンテナスプレッダーを船倉から吊り上げるまで、ハッチカバーを閉めることができなかった。その結果、船舶の固定式二酸化炭素消火装置の作動が遅れた。
 さらに船長が調査官に証言したところによれば、この消火計画を消防・救急隊員に説明し納得させるまでに20分も掛った。報告書はいう「もし乗組員が船長の示した消火計画通り作業を継続していれば火災はもっと早い時期に鎮火出来たであろう」。

 船上火災への対応は、船舶の設計、防火システム、乗組員数に基づいた最善の手段を考慮して行われる。ニュージーランドの港で発生した船舶火災などの事故対応では、船長が消火作業の最高責任者でない場合もある。しかし、船長は、船舶の安全および安全保障に関する決定を下す「超越権限」(Overriding Authority)を保持する、とこの報告書でも指摘している。船長は、船上の人命の安全、貨物の管理、船舶経由の汚染からの海洋環境の保護に責任を負う。消防・救急隊員は、船舶火災への対応の一部として、このことを考慮する必要がある、としている。
 この火災事故は初期対応の重要性と船長と陸上の消防・救急隊員との緊密な連携の重要性を示している。ニュージーランドの陸上の消防・救急部隊の関係者は火災発生現場、本船の消火設備及び消火に当たり制限を受ける箇所や事項等につき十分に船長及び本船側からの情報提供をうけ、最善の消火手段につき打合せをし行動すれば本船の備える消火・防火機能と陸上の消火能力により総合的な力を発揮し、早く鎮火したことであろう。
 この報告書はさらに同国のTauranga港で発生した同様の船舶火災に関連して2018年に港湾地区における消防活動に関する勧告を行ったこと、それは船内の火災に際し消火の為の手続きと訓練の実施に関するものであったが、今回の事故をうけてこのマニュアルの改訂をおこなったと述べている。


Ⅱ.「貨物のシフトによる緊急事態」2021年4 月5 日
“Eemslift Hendrika”5,460 GT オランダ船籍 多目的貨物船
 


事故の顛末  

 4 月3 日、“Eemslift Hendrika” 号はドイツのBremerhaven港で6 個のアジマススラスター(船の推進器 約60トン)他を積載してノルウェーのKolvereid 港へ向かった。本船はノルウェーの西岸60海里の地点で波高は10メートル、さらには15メートルにも達し風力9 に及ぶ猛烈な暴風雨に遭遇した。船体の動揺が激しく、このため船倉の幾つかのアジマススラスターのラッシングが破断し、当該貨物がシフトしアンチヒーリングタンクおよびバラストタンクに激突し破口を生じた。バラストタンクからは海水が倉内に噴出し、船体が右舷へ約45度傾斜したため船員は避難を余儀なくされた。なお、乗組員は12名、船長及び職員は主としてオランダ人、部員はフィリッピン人である。
 4 月8 日、大波に翻弄される本船にタグボートが曳航索をやっと取り付けた頃には海岸から7 海里の地点まで漂流していたが、その後オーレスン港に曳航された。

 オランダの安全委員会は、この事故はIMOの海難調査コード及び欧州委員会指令で規定される重大海難と位置づけ、ノルウェーの安全調査局(Norwegian Safety Investigation Authority)と共同で詳細な調査を行い52ぺージに及ぶ報告書を公表したところである。

海難の原因  

 貨物の固縛の不足、特にアジマススラスターのラッシングが不十分であったことは明白である。これには運航会社の陸上部門からの指示が明確ではなく、また十分な情報も伝わっていなかったとも言われる。また本船側の船長・一航も経験不足であり、本船で行ったラッシング強度計算も不正確であったと指摘されている。さらに本船のラッシング資材の量も強度も不十分であった。
 本船の操船に関する問題については以下の「勧告」に述べられている。

勧告  

 報告書に記載された勧告の主要部分は次の通りである。
 「海運業界の一部では船長は本船の運航に関して陸上の指示を受けないという認識は歴史的に積み上げられた伝統だという考え方があるのは事実だ。船長は航海中、運航に関し自分自身と他の乗組員の経験・知識・判断に依存してきたのだ。
 しかし、現代では船と陸上との通信は大幅に改善され、常時連絡が可能となった。このため、運航会社や船主は状況に応じて船長に指示を与えることは可能と考えられる。こうした考え方に基づきオランダの安全委員会は次のような勧告を出した。

運航船社への勧告  

 『運航船社及び船主は乗組員、船体そして貨物の安全が脅かされている、あるいは安全が損なわれると考えられる例外的な状況においては船長に指示を出す(imposing instructions)ことを検討すべきである。』」
 オランダの調査官は、暴風雨が予測されていたため運航船社が船長により安全な航路を選択するよう「助言」していた事実を知った。BremerhavenからKolvereidへ向かう航路は幾つかの選択肢がある。その一つは島伝いに航海するいわゆる内海航路で、ノルウェーのフィヨルドを航海する際にはパイロットを取ることになる。その航路は外洋に面することはあまりない。この航路の利点は風浪からもっとも遮蔽される点である。船主は船長に対して航路は幾つかの選択肢があるのであまり危険をおかすことはないと助言した。費用とスケジュールについてはこだわらないとも伝えた。そして全ては船長に委ねられた。しかし船主と運航船社は船長が選んだ航路について反対もしなければ他の航路を行くようにとも命令しなかった。
 船長は外洋を航海するにあたり予想される気象・海象による危険は船主などが懸念するほどではないと判断した。船長が外洋航路の危険性を過小評価していたのは事実である。
 船長は自身で貨物のラッシング状況をチェックしたわけではないが、貨物がシフトするとは考えても居なかったし、また本船は貨物のシフトとそれにともなうバラストタンクの破損がなければ十分に荒天に耐えられる堪航性を有していた。船長が外洋航路を取る判断のベースになった一つの事実は、内海航路を選択した場合パイロットを取ることによる手続きやペーパーワークの負担であった。船長はノルウェーの海運当局やパイロット制度に関する知識が不足していたのも事実である。こうした事情を踏まえて本船は外洋航路をとり、結果的に暴風に巻き込まれることになる。
 報告書によると、「船長の選択した航路は外洋に面しており、強風時には危険なことを船長は認識しておらず、書類作成の手間やパイロットを要請する必要などを嫌ってその助言を受け入れなかった。本船は予測された気象・海象には十分対応出来るはずだったが、船長は激しい北西風とそれによって生じる荒波の波高と方向性を過小評価していた。このため本船は進路と速度を維持することがほとんど不可能になり暴風雨の中で翻弄された。」としている。

7 .終わりに  

 11月25日、神戸にて開催された船長実務講座で日大法学部南 健悟教授の「自動運航船の登場により船舶衝突の民事責任の責任原則は変わるか?」という講演を聞いた。講演後の質疑応答を含めて民事責任の分野に止まらず、広く自動運航船に関わる問題を展望することとなって大変興味深かった。自動運航船の問題を考えるとき、まず自動化の程度によりその出発点がことなるのであろうが、加えて日本国内に限定される自動運転の車両とは違い船舶の場合はまず国際的な側面が大きい。さらに「道路」という定められた通行路である道路交通と違い、海上には例外を除いて「道路」は存在しない。さらにこの海上に在来船を始め自動化程度のことなる多くの船舶が混在するわけで、自動運航船を取り巻く問題の多様さ、複雑さが際立ってくる。
 自動運航船を巡る民事関係や海商法などの海事私法に関する分野は南先生によれば万国海法会“Comité Maritime International” で審議されるという。
 運航面における法体系はIMOにおいて審議中でコロナ禍によりスケジュールが遅れているようだが、International Code of Safety for MASS (自動運航船の安全に関する国際コード?)の策定が行われている。IFSMA事務局長の報告によれば11月に開催された第106回海上安全委員会ではこのコードの目的、構造については既に承認され、またIMOの委員会、すなわち海上安全委員会、法律委員会、通商簡素化委員会の三委員会の自動運航船に関する合同作業部会が来春以降に開催されるという。いうまでもなくこの自動運航船に関する問題、とりわけ船長(船上にあろうが陸上にあろうが)の責任と権限はIFSMAのもっとも関心のあるところで、全体会議における審議は言うまでもなく、作業部会においてもIFSMA事務局長を始め協力者の海事弁護士やコンサルタントも加わって積極的に関わって行くとしている。また今秋予定されている東京におけるIFSMA総会のセミナーではこの自動運航船がメインテーマとなるであろう。
 自動運航船の運航に関わる責任問題を論ずるにあたっては現行制度の対象や概念などそれを構成する部分や要素、条件などに分け入って解明することが重要と思う。今回取り上げたような在来船船長の責任と権限を考えてみることも必要だろう。今後どのような議論が展開されるのか楽しみである。議論百出、百家争鳴を期待している。

参考資料

1 .「ISMコードの解説と検査の実際」 成山堂書店
2 .“TELEGRAPH” SEPT/OCT 2022
3 .Transport Accident InvestigationCommission MO-2020-205
4 .“Shifting cargo causes emergency”Lessons learned from the occurrence involving the Eemslift Hendrika, 5 April 2021


LastUpDate: 2024-Jul-16