IFSMA便り NO.90

IFSMA東京総会報

(一社)日本船長協会 理事 赤塚 宏一

 

はじめに

 MAの総会としてはまずまずの参加者といえるであろう。また過酷な戦火の渦中にあるウクライナ船長協会会長のCapt. Oleg Grygoriukが遠路遙々参加してくれたことは特筆に値する。あらためて開催準備や運営に関わった関係者の努力に対して厚く御礼申し上げたい。
 総会報告はいずれIFSMA事務局からなされると思うので、ここではプログラムには必ずしもとらわれずトピックスを中心に総会報告としたい。


理事会

 10月25日(水)総会前日、午後 2 時からIFSMA理事会が開催された。これまでの理事に加えて、新しく理事に指名された各国船長協会代表も加えての会議である。理事会は主として翌日から開催される総会の準備や進行、審議される議題の確認であった。
 夕刻にはIce Breaking Reception として東京湾に浮かぶ屋形船で総会参加者及びその家族など総勢約40名が参加しての懇親会となった。これはどの総会でも港湾都市で開催され、またIce Breaking Reception は遊覧船で行われるのがほぼ慣例とも言える状況にならったものである。屋形船は外国人にとってはとてもエキゾチックなものであったようで好評であった。


総会  

 10月26日(木)、日本船長協会の中村会長の総会歓迎の挨拶に続き、IFSMA会長のCapt. Hans Sande の力強い開会宣言とともに総会開催に当って支援して下さった日本財団、NYK及びMOLへの感謝の言葉があった。
 総会はまず議題の採択に始まり、役員の選挙に移った。IFSMAの役員人事は任期 4 年であるが、2019年にヘルシンキで開催された第45回総会で総会が年次から隔年となり、2018年に選任された役員及びヘルシンキで増員された全役員の改選となった。今回は定員を超える立候補者はなく、全て無投票となり、下記新役員が確認された。
会  長
Capt. Hans Sande ノルウェー 重任
会長代理
Capt. Willi Wittig ドイツ 重任
副会長
Capt. Marcos Castro アルゼンチン 重任
Capt. Niels Bergkvist Hansen デンマーク 新任
Capt. Martin Björkell フィンランド 新任
Capt. Alexandre Ribes フランス 重任
中村紳也船長 日本 新任
Capt. Marcel van den Broke オランダ 重任
Capt. Nils Brandberg スウェーデン 新任
Capt. Mehmet Birol Bayrakdar トルコ 新任
Capt. Oleg Grygoriuk ウクライナ 重任
Capt. Joseph Hartnett 米国 重任
 会長のCapt. Sandeは2014年オスロにおける第40回総会で就任したので、今後 4 年間会長を務めると13年間に及ぶ長期となる。また副会長の内、新任が 5 名であるが、重任とするフランスと米国は前任者が任期途中でやむを得ない事情により辞任したため、IFSMA規約により出身母体から指名された者で、実質的には新任である。理事会の構成員が大幅に変わったことでIFSMAの活動にも新しい風が吹くであろう。なお、退任したのはチリー、デンマーク( 2 名)、スウェーデン、日本(赤塚)である。
 選挙に続いて、事務局長報告、活動報告、決算報告及び予算が審議され、そして会計監査人として元事務局長のC a p t . R o d g e r McDonald が引き続き指名された。名誉会員の推挙については、これまでの慣例通り2024年 1 月に就任するIMOの新事務局長アルセーニョ・アントニオ・ドミンゲス・ベラスコ氏(パナマ、現IMO海洋環境部長)をIFSMAの名誉会員に推挙することが承認された。

 事務局長報告はIFSMAホームページに掲載されているが、過去 2 年間に渉るIFSMAの活動の詳細な報告で主としてIMOを舞台に事務局長を中心とするIFSMAグループの活躍が記されている。
 IFSMAのStrategic Plan 2023-2029(2023年から2029年にわたる今後の戦略)については、“Maintaining Course and Speed” と題し、これまで同様、船長の立場に全ての基礎を置いて、必要な発言をなし、船長が必要とする情報を収集し伝達するが、特に次の 5 項目については “Key challenges” と称して重点的に取り組むこととした。
すなわち
1 .船長及び船員の技能と能力の向上
2 .船長を犯罪者扱いする事案への対策
3 .自動運航船運航への積極的関与
4 .安全管理の強化
5 .パブリックリレーションズの強化

 今後の総会については2025年にフェロー諸島、2027年はウクライナのオデッサと決定した。フェロー諸島の船長協会会長C a p t . Annfinnur Garðalíð(アンフィヌル・ガルズアルズ)から総会への招待と同諸島の紹介があった。フェロー諸島はデンマークの自治領でアイスランドとノルウェーの中間に浮かぶ18の島々からなり、人口は 5 万 3 千人とのことである。当然のことながら漁業が盛んで、恐らく商船に乗り組む船員も多いのであろう。
 次いで今回IFSMAに正式に加盟した韓国船長協会の副会長のCapt. Mun Kun Chang が新入会員としての挨拶を行った。韓国船長協会については、10数年来IFSMA加盟を呼掛けてきたものである。特に韓国出身の林基沢IMO事務局長と親しいIFSMA事務局長からの強い働きかけがあった。韓国は船長・航海士・機関長・機関士をメンバーとする海技士協会が存在していたが、IFSMAに参加するために別途船長協会を2022年 6 月30日に発足させ、本年 4 月のIFSMA理事会で加盟を承認したものである。韓国船長協会はこれまでに数回のセミナーを開催し、 6 冊の調査報告書も刊行したとのことで活発な活動を繰り広げているようで頼もしい。いずれは日本船長協会と並んでIFSMAを支える中核団体となることを期待している。
 またアルゼンチンからは同国のCollective Bargaining Agreement締結の報告やウクライナの状況報告もあった。ウクライナについてはこれまで月報で報告した以外の特に目新しい情報もなく、またCapt. Grygoriukの短いビデオもITFや各国労組が連帯をスローガンにウクライナの船員家族や港湾労働者家庭へ提供された支援物資の配送等が主であった。ウクライナ及びCapt. Grygoriukについては本誌次号で再度報告したいと考えている。

シンポジウム  

 今回のシンポジウムのテーマは大きく三つに分かれる。その一つは船員の募集と教育訓練である。第二は自動運航船の問題、第三はその他として船長や船員を巡る問題である。このなかでやはり一番注目を集めたのは自動運航船(MASS)の問題であろう。よってまずは本件から紹介したい。

自動運航船(MASS)  

 今回のシンポジウムの中で特筆すべきは「自動運航船に関するコード」 (以下MASS コード)に関するIMO 3 委員会(海上安全・法律・簡素化委員会)の合同作業部会の共同議長を務められた東大の後藤教授(大学院法学・政治学研究科教授)の講演である。そしてそれに引き続きIFSMA事務局長によるIFSMAのMASSコード審議に対する対応と対拠方針、日本船長協会中村会長による「自動運航船の避航」、そして最後に日本財団の桔梗氏による “MEGURI 2040” による自動運航船の実証実験報告がなされた。いわば自動運航船の今後の社会実装に於いてまず取り組まねばならぬ重要課題を網羅したプログラムのMASSコードに関する審議について説明されたが、本件に関しては筆者が「IFSMA便り(88)−MASSコード−」(2023年 6 月・7 月号)にてIFSMA事務局長の報告書に基づき書いたところである。
 MASSコード策定に関するIMOの作業部会には加盟国52ヶ国ならびに香港及び欧州連合が参加し、またIFSMAやIMPA、船主団体などの国際的なNGO 21団体が参加した。議長は日本から後藤教授及びスウェーデンのMr. H. Tunforsが共同議長となった。これは作業部会における議論の技術及び法的側面の双方のバランスを取るためとされている。
この作業部会の目的は
1 .現行基準の改正の要否、新たに必要となる基準等についての検討Regulatory Scoping Exercise:RSEにおいて明らかになった緊急を要する問題点についての検討
2 .三つの委員会で示されたロードマップを考慮し、作業計画を立案すること、そして3 委員会で示された問題につき、検討し結果を報告すること。
 後藤教授は「IMOにおける自動運航船に関する合同作業部会と法律委員会における進捗状況」と題して講演された。そして2024年
4 月に予定されている法律委員会、 5 月の合同作業部会で審議される問題点について触れられた。
 船長として当然のことながら最も関心のあるのはMASS Master (自動運航船船長 以下MASS船長)であろう。これについてはこれまでの審議では自動運航船に船長は必要か、乗船している必要はあるのか、運航の責任は誰が負うのか、MASS船長は船員なのか(これはSOLAS条約及ILOの海上労働条約の両面から規定されるべき)などの基本的な課題が提出されている。これらについては教授は今後のIFSMAのインプットに大いなる期待を示された。
 上記の問題については、これまでの審議で概ね次の点が合意されている。
1 .自動化の程度や運航管理の仕様の違いがあっても自動運航船には常に人間の船長が存在しなければならない。
2 .船長は船内が無人であり、かつ自動化技術の程度によっては乗船しなくてもよい。
3 .自動化の程度や運航管理の仕様の違いがあったにせよ必要な時に船長は常に本船をコントロール(intervene)出来なければならない。
 後藤教授はその他、自動運航船の遠隔オペレーションセンター、海難事故時における責任関係、海洋法条約、なかでも便宜置籍船における旗国と船舶との「真正な関係」について詳しく言及された。
 質疑応答に入ると、ブルガリアのCapt. Dimitrov は在来船と自動運航船が衝突した場合、在来船の船長は関係当局の最もEasy target となるであろう。誰もどこか遠い国のオペレーションセンターで運航管理をしているようなややこしい存在の責任関係を問いただすより、目の前に居る船長を逮捕するほうが簡単なのだ。これまでも海難事故が発生すれば常に船長が犠牲者となってきた。自動運航船においてこのようなことのないように法体系の整備が必要と指摘した。
 またスウェーデンのCapt. Lindvall は自動運航船に船長が乗船する場合、自動化の程度はどうであれ船長一人で24時間監視することは不可能だ。副船長やあるいは航海士が必要である。またごく少人数で長期間船内に滞在し労働するのも困難であろう。それなりの乗組員構成が必要であろうと指摘した。
 インドのCapt. Chawla は自動運航船については各国がそれぞれ管轄するのではなく、国際的な船籍を創設し、適用される規則は全て統一されるべきであり、また船級も国際的な統一船級規則を制定し検査を受けるようにすべきではないか、なぜなら無人化される本船の構造や設備は在来船よりはるかに堅固に建造されるべきであり、そうすることにより船籍国の値引き合戦や国際規則のあまりにも柔軟な解釈を防ぎ安全の確立に寄与するのではないかと提案した。
 これに対し、後藤教授は良い提案であり、IMO事務局とも検討するが、こうした提案は直接の関係者、なかでもIFSMAなどから提案されるのが効果的ではないかと回答された。
 IFSMA事務局長のプレゼンは「現役船長の自動運航船に対する国際的な意見表明」としてパワーポイント16枚からなる力作で現役の船長としてのMASSコード及び自動運航船の運航に関する意見である。IFSMAが強調するのはMASS船長の権限と責任の明確な規定、自動運航船と在来船が併存する移行期における関連法規の明瞭かつ簡明であり、解釈に疑義を生じない統一解釈が確立されることなどの法体系の整備である。このためにIFSMAはその総力を挙げて取り組むことを誓っている。
 日本船長協会の中村会長による「自動避航システムの安全性評価・認証基準の提案」は綿密な調査に基づいた提案で海上衝突予防法を満足し「自動避航システムで航行する船舶が遭遇する船舶に不安を与えない」というコンセプトでそのクライテリアを作成するという自動運航船の基本的な運航技術である。このような地道な技術開発こそが自動運航船の発展に寄与するであろう。
 日本財団桔梗氏の自動運航の実証実験報告は日本の技術の高さを世界に示すものとなった。


船員の募集と教育・訓練  

 IFSMA会長代理でドイツのCapt. Wittig は同国の船長協会とドイツに25校ある船員養成施設及び訓練機関、大学と密接な連携を保ち、彼等を船長協会の学生会員として取り込み、将来の船員の確保と海事思想の普及に努力している旨の報告があった。
 IFSMA会長でノルウェーのCapt. Sande からは “From sea to shore – maritime career paths” として同国の詳細な船員需給や進路状況の実態報告があった。ノルウェーでも海事関係の学生を組合に取り込んでおり、現在700人の学生会員がいるという。またノルウェー籍の船舶に乗り組んでいるのはおよそ1 万 9 千人、また船長など船舶職員として欧州連合から承認されている海技資格保有者は19,361人にのぼるという。
 このプレゼンのあと、参加者との活発な意見やコメントが交わされた。筆者も日本の外航船員の実態や募集・教育訓練などについて少々コメントしたのだが、実はその週始めに関係者から日本人船長が乗っている外航船はわずか50隻程度ですよと告げられたショックから癒えぬまま、その旨を告げると会場からは “Unbelievable” との声も聞こえた。

船長のための海事法 “The Master’s Practical Guide to Maritime Law”  

 IFSMAがICS(国際海運会議所)と共同で船長の為の海事法に関する参考図書を作成中であることはこれまで本誌で紹介してきたところであるが、このほど完成し総会にて、本書出版の為のIFSMA/ICS合同作業部会のメンバーであるフィンランドのCapt. Björkell からその内容が紹介された。本書はIFSMA/ICS双方の 9 人からなるメンバーの執筆によるものであるが、その中心的役割を果たしたのはオランダ船長協会のメンバーで法学博士でもあるPeter van Kruit である。
 本書は 3 部21章、259ぺージで船長として必要な法律をほぼ網羅しているように思われる。第 3 章は “Master’s overriding authority and discretion” と題し、ISMコードの船長の「超越権限」に関し、その説明と幾つかのケースが挙げられている。本書は定価 £250 (約¥45,000)で発売される予定だが、IFSMA会員は20%の割引が適用されるという。
 本書は今回の総会開催国である日本船長協会に記念として贈呈されたが、筆者は永年IFSMAに関わって来たことを以て贈呈された。名誉なことと感謝している。


安全運航支援センター  

 シンポジウム終了後、商船三井の安全運航支援センターを訪れた。壁一面のスクリーン、世界の海域に展開する関係船舶の全ての動静、気象・海象状況など瞬時に把握出来る。紛争中の黒海の状況などもウクライナのCapt. Grygoriukが感心するほど正確で的確であった。支援センターの竹本さんの流暢なAmerican English による行き届いた説明、パソコンが林立するオフィス、IFSMA会員の現役時代とは全く異なる雰囲気にまるで異次元の世界に迷い込んだようで全員が非常な感銘を受けたと語っていた。

7 .終わりに  

これまで何度も書いてきたが、東京でIFSMA総会を開催するのはIFSMA第三代会長の故川島裕船長の念願だったのでこれを実現出来て嬉しく思っている。総会開催を引き受けた葛西前会長、そしてそれを実行した中村会長にまずお礼を述べたい。また、会議にご参加いただいた船長協会の理事、その他関係の皆様に厚く御礼申し上げます。協会本部の中川・長田・宮川常務理事、とりわけ宮川常務理事には国際業務担当として、会議場、ホテル、各種のプログラムの立案・手配をしていただいた。また多くの国際会議を経験している増田技術顧問からも各種のアドバイスを頂いた。いうまでもなく事務局として力を頂いた清水総務部長、星野さん・大森さんにもお礼を述べたい。
 各国からの参加者の夫人達は前々から日本で開催されることを楽しみにしていたようだが、総会初日に行われたレディース・プログラムは行き届いた内容で大変好評だった。
 総会開催にあたり財政面から支援を頂いた日本財団、日本郵船株式会社、株式会社商船三井には改めて感謝したい。
 IFSMAは我々船長が担っている国際社会への貢献度と責任の大きさに比較してあまりにも小さいがそれだけになお一層組織としての重要性は高いと思う。


参考資料




LastUpDate: 2024-Nov-25