この短い記事は海難事故の報告でもなければ、海難裁決録の要約でもない。
もし、インターネット上のGoogleで“ship accidents”を検索すれば、0.27秒でたちどころに920万件の項目が現れる。
その内の幾つかは、もちろん不可抗力―神の御業―であろう。
しかし、航空機の事故現場と同様、あまりにも多くの事故が運航にかかわるトップのエラーか或いは単純で明白な基本的な義務が彼の業務明細書に記載されていなかったためある。
海事に関わる職業で、つまらない間違いを起こして、船長や陸上の上役をイライラさせたり、怒らした経験を持たない者は少ないだろう。
賢明な者は自分の、或いは他人の失敗から学ぶ。
こうした経験を経て自分が責任を持ち、あるいは権限をもつ地位に上るのである。
そして、人命の損失、重大な傷病、又は顕著な財物の喪失があった場合には、責任を持つ者は明白かつ詳細な説明責任が求められる。
そしてその説明責任は殆どの場合、一船の船長に帰するのである。
殆どの船員が慎重で、適任で、誇り高く、適格で責任感に溢れていても、上記のような
海難は数千回も海上の歴史の中で繰り返されている。
船員社会の中にあって、海難の原因に関する要因はいくらでも挙げることが出来るが、実際の船上にあって、それら要因の殆どを支配するのは船長である。
船長は全面的な権限を持つと同時に、船長は自分の行為や不注意に関して全面的な説明責任を伴うのである。
船員は運航に関わる規則と手続きを知っている。
しかし、これらの規則や手続きを安全
運航のために、或いは正当な運用のためにどのように、あるいはどの程度適用し、実行するのかを「船長命令簿」、彼自身の行動、または彼自身の日頃の言動を通して示すのが船長の役目である。
法律は存在する、施行規則を作るのは船長である。
もし、船長が過激であることを許容するか、あるいは中庸を好むのか、いずれにせよ船長はその結果を甘受しなければならない。
船長はその給与の99%を判断することによって得ている。
船長はチェックとバランスである。
船長が船橋にいなければならぬ時がある。
航海士一人で判断するよりも二人の方が良いのは言うまでもない。
不幸なことだが、非常に多くの場合、潜在的に危険な状況にあっても、鋭い見張りを怠るケースがどれほど多いことか。
それは当直航海士を信用しすぎなのである。
ここで責任感が強くプロフェッショナルな船長がなすべき幾つかの基本的な規則を挙げ
てみよう。
1.「船長命令簿」を通して運航に関する基本的な考え方を示す。
「これが私の本船の運航に対する原則だ。
手がいる時は早めに何時でも知らせよ」と言うべきである。
2.船長は常に部下が判断を仰ぐことが出来るような体制でなければならない。
特に注意深い航行が要求される、狭水道、悪天候下の出入港時、濃霧、パイロット乗
船時などである。
船長は決して船橋当直航海士達が信頼出来ないというような素振りは見せてはならない。
「…時には一つの頭脳より二つの頭脳の方が良いだろう」と言うべきである。
3.船長は船内において安全文化を確立するように努めなければならない。
安全ゴーグル、安全索、あるいは耳栓などの防具は確実に着用させねばならない。
大した事とでは無いかも知れないが、手抜きを見逃せばいつかはその代償を大きく払わねばならない。
4.船長は定期的に公式あるいは非公式に巡検をしなければならない。
そして安全でない慣行、火災防止の見張りを立てないで行なわれる溶接作業、可燃物の不適切な貯蔵、不完全な電気系統の安全対策、作動しない警報装置などを見逃してはならない。
そして定期的なギャレーの清掃などにも目を配らなければならない。
巡検にあたっては決め付けるような横柄な態度ではなく、着実でかつ一貫した方法でなされるべきである。
5.船長は常にプロの職業人として振舞わなければならない。
飲酒はするとしてもごく少量にして、定期的に船内を見回れ、天候
、また人間の弱さを理解しなければならない。
6.船長は船橋にあっては常に卓越した技量を部下に求めるべきである。油断のない見
張り、夜間航行への順応、VHFでの交信、責任ある操船、改正され最新の状態となっ
ている海図、清潔でよく整理された船橋、
等々である。
7.船長は自分自身が過労になって、その結果本船や乗組員の安全が脅かされるような事態を引き起こしてはならない。
毎日の昼寝は深夜の入港、午前2時の船舶輻輳する海域での航行、あるいは夜のもっとも不都合な時間の海中転落者の救助活動などに驚くような効果をもたらすだろう。
もし航海当直班が疲労困憊しているのであれば、そっと手助けをするだろう。
船長として、上に述べたような初歩的なことも出来ない者は、さっさと他の仕事を探すべきである。
机上の空論をはく専門家、米国運輸安全委員会、陸上にある偉い学者達は今流行のBridge Resource Managementなどではなく、もっと現場の船長の行動とその結果としての説明責任に焦点を当てるべきである。
海上を支配する法は数千年を経ても変わらず、Complacencyを決して許さないのである。
資料:“Sidelights”Fall 2009, April 2010,
「ヒューマンエラーは裁けるか」
東京大学出版会
(文責 赤塚宏一)