(社)日本船長協会会長 森本靖之
2月12日、宮崎県日向市漁協所属のマグロはえ縄漁船「幸吉丸」(9.1トン)に乗船していた乗組員2名と取材カメラマン1名の全員が、転覆後3日ぶりに救命いかだで漂流中のところを、第10管区海上保安部により救助された。
テレビには船尾部を水面上に出して辛うじて浮いている幸吉丸と保安部のヘリで病院に搬送された3人の疲れ切った表情が映し出され、船長談として「白い大型船にぶつけられた。寒くて死にそうだった。」と報じていた。
14日に至り、もしや自社が運航するフェリーではないかと、本船船首部に擦過傷のあることを確認したA社の社長は運航管理者とともに記者会見して、大変なご迷惑を掛けたと深々と頭を下げた。この席上、運航管理者は本船の船長と当直者が漁船との衝突には全く気づかなかったと言っており、「当て逃げ」と報じられていることに対しては言いにくそうに異を唱えていた。
この事故で犠牲者が出なかったことは誠に幸いであった。海上保安部の執念の捜索活動に対し敬意を表するとともに頼もしくも思う。
さて、この事件に関する一連の報道の中で、私が気になったのはニュース番組に登場する専門家のコメントと報道の内容である。
例えば、漁船に衝突すれば衝撃があり全く気がつかなかったことは考えられない。黒潮に衝突しても衝撃があるのに。衝突を知りながらそのまま逃げて行ったことを会社ぐるみで隠蔽しようとしているのではないかなどである。
某民放局からは当協会にもコメントを求めてきたので、衝撃を感じるかどうかは、両船のスピードや海面状態によって一概には言えないと答えている。別の局では東京海洋大学の教授も同様に答えておられた。
ニュースでは、このフェリーは過去にも小型の漁船と衝突した経歴ありと、一般の視聴者には、フェリーが一方的に当て逃げした悪い奴との印象を与えるような報道をする局があったことは誠に残念である。
もし、フェリーの船長や乗組員が漁船の沈没に気付いていれば、間違いなくUターンして救助に向かったであろうと信じたい。
ニュースとは現実の状況を伝えることが使命であろう。
視聴者の興味を引くように、意図的な推測でコメントをしたり、番組のコメンテーターが「本当にこの船は悪い奴」と印象付けるように相槌を打つような、番組の構成は厳に謹んで欲しいものである。
海難事故が発生した場合には、当然のこととして専門の事故調査機関が調査して真実が明るみにされる筈である。この種のニュース報道には曖昧な判断を避けるよう細心の配慮を望みたい。
これからのわが国の裁判も、一般市民が参加する裁判員制度が導入されようとしている。国の裁判や海難審判が結審する前に、予断と偏見を与えるような報道は絶対に避けなければなるまい。