このレポートに対する欧米の関係者のコメントを少々紹介してみよう。
まず英国とオランダの船舶職員組合であるNautilus Internationalはその機関誌“telegraph”の1月号でタブロイド判の見開き2ページを使って詳細に論じている。特にOECD諸国の職員の減少に焦点をあて、英国及びオランダ政府のみならず欧州連合政府に対して、船員の養成、そのための適切な財政的/法的支援を要請している。
OECD諸国の職員は2000年の調査で36.8%であったものが2010年の調査では29.4%と大幅に減少している点を強く懸念している。
これを埋めるのが東欧職員で15.2%から20.3%に増え、またインド亜大陸の職員7.9%から12.8%に増加している。
そして“telegraph”は「まかり間違っても船主/使用者はこのレポートから楽観的な結論を引き出すべきではない。
船員不足の危機が回避されたのは、たまたまリーマンショックとその後の世界的な不況に遭遇したからに他ならない。
上級職員の大量退職は目前だし、それに見合う職員の養成・採用はなされていない」と指摘している。
カナダの船長協会の会長であるCaptCalvesbertは米国船長協会の機関誌“Sidelights”の“From the Master’s Deck”というコラムに寄稿して船員問題を論じている。
彼は2005年のBIMCO/ISFレポートが慢性的な職員の不足を予測していたのに比べて、
2010年のレポートの違いが際立つとしている。
それにもかかわらず次の文言が関係者を混乱させかねないと指摘する。すなわち、
“Unless measures are taken to ensure a continued rapid growth of qualified seafarer numbers, especially for officers, and/or to reduce wastage from the industry, existing shortage are likely to intensify over the next decade.”
Capt Calvesbertは他の調査機関や海事コンサルタントの船員需給に関するレポートも
このような曖昧なコメントを載せている、と指摘している。
確かにリーマンショックで世界経済は打撃を受け、新造船はキャンセルされ係船は増えた。
その結果船員の需要は軟化した。
しかし世界経済の回復とともに船員の需要は増す。
さらにこのレポートは海上及び陸上においてシニア・ポジションにある船舶職員がほどなく大量に定年となる、その結果これらのポジションに多くの空きが出る、このことを考慮しているのだろうか。
2、3年前、大手のマンニング会社V.Shipの最高経営責任者が船舶職員は陸上に流れている、それらの職員はこれまでの職員と比較して明らかに海上経験が少ないであろう。
そして海上にあっても必ずしも十分な経験を踏んでない若手が上級職に昇進することになるだろうと指摘している。
一方、船舶はますます多様化し、その運航は専門化している。
その結果、船員不足は特定の分野において顕著となるであろう。
船員の不足の問題は単に数の問題ではないと強調している。
最後にもう一つ、英国のマンニング会社、Shiptalk Recruitment Ltd. が発行しているニュースレター“Gangway”の最新号から“Studied Confusion”と題したBIMCO/ISFレポートの記事を紹介しよう。
これまでのBIMCO/ISFレポートは、はっきりと未来を映すクリスタルボールであったが、2010年のレポートはどうも違うようだ。
それはマスコミや船主や関係団体からの食い違う解釈にも表れている。
まずLloyd’s Listは「海運界は船舶職員雇用の危機に直面する」(Lloyd’s List 2010年12月1日記事)と題し“Hot”Scenarioを引用して2015年には11%、数にして約6万人の船舶職員が不足し、世界経済の回復と相まって海運界は深刻な人手不足に直面すると警告している。
しかしレポートは中国の相当数の船員がグローバルな船員雇用市場に参入することによって船員不足は緩和されるであろう、とも言っている。
ISFのシニア・アドバイザーは極東だけではなくOECD諸国においても目に見えて供給が増えたことは嬉しい誤算であったと述べている。
本当のところはどうなんだろう。たしかに大連海洋大学だけでもこれまでに2万人に及ぶ船舶職員を養成してきた。
もし、これらの職員がすべてグローバルな船員雇用市場になだれ込めば、船員の需給は大きな影響をうけるであろう。
しかし、これには大きな疑問符が付く。
Shiptalk Recruitment Ltd. としてはこれまでの情報や上海でのマンニング・コンファレンスに出席した経験などを総合すると中国の良質の職員が大量に市場に参入するとは考えにくい。
端的に言えば優秀な船員は中国船に配乗され、そうでもない職員達は遅かれ早かれ船員をやめるか、中国沿岸や河川を航行する船でのんびりした生活を送ることになるのではないか。
やはりここは“Hot”Scenarioを念頭に置いて、安定的な船舶職員の供給に努めねばならない。とりわけマンニング会社としてWastage Rate(船員の中途退職率)を改善しなければならない。つまるところ“Recruiting is one thing, Retention is another”だからである、と結んでいる。