IFSMA便りNO.16

(社)日本船長協会事務局

熟練船員の確保を目指して

このたびの東日本大震災については心からお見舞い申し上げたい。
IFSMAのメンバーからもいくつかのお見舞いや激励のメッセージがe-mailで送られてきた。
いずれ紹介する機会もあるだろうし、またIFSMAとしてこの放射能の脅威に対する対応についても報告するつもりでいる。
さて、前号ではBIMCO/ISFの国際的な船員の需給調査を紹介した。これは船員の量を
扱ったものである。
船員の質の問題についても何らかの考察をしなければと思っていた矢先に英国に本拠を置くデロイトから、格好のレポートが出た。
本号ではそのレポート“Challenge to the industry Securing skilled crews in today’ s marketplace”を紹介することにする。
デロイト(Deloitte)というは、デロイトというブランドのもと、十数万人ものプロフェッショナルが協力し、全世界で監査、リスクマネジメント、ファイナンシャルアドバイザリー・サービスおよび税務に関するサービスをさまざまな業種の上場・非上場クライアントに提供しており、日本ではトーマツグループがそのメンバーだそうである。
このレポートは2011年2月デロイトの「グローバル海運港湾グループ」によってアテネで発表されたものである。
ギリシャ船主を念頭に置いて書かれたもので、またこのグループの主査もギリシャ系である―というよりギリシャ人が書いたギリシャ政府や船主のための提言のように思える。
かといってそれがこのレポートの価値を下げるものではないし、世界で一、二を争う海運国ギリシャにおいて何を問題としているのか、それにどのように対処しようとしているのかは極めて興味のあるところである。
さて、このレポートのニュース・リリースは“Crewing is a challenging issue for the shipping industry worldwide”として、副題は「適格な船舶職員と部員の不足は海運界にとって最も重大な問題となることが懸念される」としているが、これがこのレポートの性格を表している。
以下に順を追って紹介する。

1. 調査方法

次のような質問票を全世界の海運企業に配布した。
(1) 平均的な乗組員数
(2) キャデットの数
(3) 職員及び部員の国籍、年齢
(4) 乗組員の交代の割合
(5) 平均的な月収
(6) 船員教育機関の説明及びその教科
(7) 会社が直面する問題点
回答のあったのは23社、その運航する船舶は1125隻に上る。内訳は欧州地域662隻、北米地域が175隻、そして中東・南米およびアジア太平洋地域が288隻である。
このようにレポートは世界を三つの地域に分けて分析している。

2. 船種別の乗組員数

船種                   組員数
VLCC                  24~26
Suezmax               22~24
Aframax                21~24
Panamax bulker         20~24
Handy bulker/reefer      20~22
LNG/LPG                15~24
Product tanker Automated  20~24
これらの乗組員に加えて1~2名のキャデットが訓練のため乗船していることがある。

3. 船員の月収について

三地域の職種別平均年齢及び平均月収が下図のように示されている。
一般的にタンカーの職員の給与はバルカーの職員にくらべて高い。
これは要求される資格も資質も高いためと考えられる。
平均月収は船員の国籍にはかかわりなく、海運会社の本拠地により差が出るとしている。
職員の月収は部員のそれよりかなり高額である。
部員は北米地域のボースンでも平均年齢48歳で平均月収は$1,849にとどまる。
その理由として、このレポートは職員になるのには、3年ないし4年の学士号を取るための勉学、そして多くの技術的、管理者的訓練を必要とることを挙げている。
そして一旦乗船すれば安全運航に対し極めて重い責任を負うことになるからとしている。
レポートには部員の給与の表があるがここでは掲示しない。
面白いのはコックの月収がどの地域でもわずかだがボースンより高いことである。
筆者は残念ながらそのような例を知らなかったが、邦船社が運航する混乗船でもこのような傾向なのだろうか。

4. 旗国の配乗要件と乗組員の国籍

乗組員の国籍要件は言うまでもなく、船主の効率的な配乗を制限する。ギリシャでは商船省が船種、サイズ及び要求される技術的な要件をベースに配乗しなければならないギリシャ人船員の数を規定する。
45,000重量トン~80,000重量トンの船舶には5人のギリシャ人船員と1人のキャデットを乗船させなければならない。
船長はギリシャ人でなければならないが、その他の4名は職員でも部員でもよい。
一方ノルウェーでは国籍要件は船長だけで、それもノルウェーの市民権を保持していればよい。
フィリッピンとインドで職員の半数以上を供給していることになる。
このレポートは両国が船員教育機関の整備になみなみならぬ力を入れていること、両国民とも英語が達者であること、そしてもっとも大きな理由はこれといった地場の産業がないことを挙げている。
日本人船員の数が国際的な統計に出るのはこの頃では珍しいが、これはもちろん邦船社の運航する船舶に乗船する当協会の会員や機関長、機関士であろう。
部員については、フィリッピンが欧州地域で75%、北米地域で83%そして南ア等では72%と圧倒的なシェアである。

5. 船員のキャリアパス:海運のイメージ

決して悪くはない報酬と有望なキャリアパスにもかかわらず、多くの若者は船員として働くことに躊躇している。
その躊躇する理由の一つは離家庭性/離社会性である。今日ではこうした離家庭性/離社会性はどこの国でも以前よりさらに受け入れ難くなっている。
かつてはこれを埋め合わせる外国での上陸や観光もあったが、今では望むべくもない。
また、今の若者は進歩したITの世界に住んでいる。
そこではフェースブック、スカイプあるいはツゥイッターをとおしてネット社会の一員として存在しているのだが、多くの場合、乗船することによってこの社会から切り離されてしまう。
またメディアやネットがIT億万長者、成功した弁護士や起業家、タレントなどあたかも誰にでも手の届くような幻想を振りまき、これが厳しい海上での生活、陸上に上がった場合のキャリアパスの展望の欠如などを懸念する若者を大いに惑わせる。
さらに海上安全や海洋環境保護に関連する船員の犯罪者扱い、そして海賊とネガティブな現象に事欠かない。
勿論、海運界も手をこまぬいているわけではなく、乗船期間の短縮、早期の下船と長期の休暇、人工衛星による船上における通信環境の整備、さらに陸上への転身について具体的なイメージの提供、必要な教育や研修などについての補助などをしている。
具体的な職種としてこのレポートが挙げているのは、保険業界、海運企業、海事法規、運航・配船業務、マンニング会社、海洋環境保護や海上安全などに関わる海務監督などを挙げている。

6. 乗組員としての女性の役割

労働人口の半数を占める女性を活用しないのは、潜在的な可能性の高い船員の供給源を自ら閉ざすようなものであるとこのレポートは指摘するが、現実には女性船員を採用するには多くの問題がある。
現在世界の女性船員は全体の1~2%だといわれている。
女性船員問題については本号で女性船員に関する研究で英国のカーディフ大学で博士号を取得し、現在世界海事大学(スウェーデン マルメ)の研究員である北田桃子氏が「女性船員の課題と展望~揺れ動くアイデンティティ」として詳しく論じているので、ぜひそちらを読んでほしい。
ここではこれ以上言及しない。

7. 教育:船員養成のための入り口

船員養成のための船員教育機関の重要さは論を待たないが、もっとも重要なのは教育機関と雇用者である海運企業との密接なコラボレーションである。
雇用者である海運企業が必要とする技能を身に付けなければならない。
また教育・訓練の内容については国際的な標準化がぜひとも必要であるとも言っている。
国境を越えて資格証明書が受け入れなければならない。
この点につきこのレポートはSTCW条約やホワイト・リストについて殆ど言及していないが、1995年のSTCW条約の大改正はまさに国際的な標準化の徹底を目指したものであった。
現在世界には数多くの船員教育機関があり、さまざまレヴェルの教育を行っている。
英国や米国の海事関係の大学は船員養成とともに海事産業の経営者教育を行っている。
旧ソヴィエット・ブロックの国々は海軍士官学校が主であるが、海運企業はここで職員をリクルートすることが多い。
このレポートは船員教育機関が公立であり、私立の機関が許可されていない国々は船員不足に悩まされるケースが多いという。
一方私立の教育機関が奨励されているフィリッピンやインドは世界の船員供給源となっているというが、これも難しい問題も含んでいる。
当然のことながら私立の教育機関は政府の管理が行き届かなく、ともすれば規律が緩みやすい。
これはかつて中国・フィリッピン・インドネシアの3ヶ国のホワイト・リスト審査に携わった筆者の経験から言うことである。
またレポートは教育機関の近代化の重要性も強調している。
IT技術をフルに活用した教育や訓練、とりわけシミュレーターの最新化はもっとも必要であると言っている。
その例の一つとして、ギリシャの国立商船アカデミーはかつて最良の教育機関の一つと考えられたが、現在では近代化に伴う投資が不十分なため、世界で一二を争う海運国の施設としてはいかにも見劣りがする。
学生のための宿泊施設、あるいは寮などはその多くが寄宿学校や軍隊式の施設となっているが、こうした施設は現代の若者にアッピールしないどころか、船員志望である若者を躊躇させる原因となっていると指摘する。

8. 乗組員の雇い入れ:現在のリクルート方法

厳しい国際競争を強いられている船主にとって船員コストの上昇は受け入れがたいものがある。
そのためよりコストパフォーマンスのよい極東やバルカン半島出身者を求めようとする。
しかし資格証書を持っているからと言って、その質は必ずしも均一ではない。
その例として、中国人船員を挙げている。
原文では
Chinese seafarers frequently have considerable difficulty communicating in English, a prerequisite for operating effectively in international shipping.
となっている。
ルーマニア、ブルガリア、ギリシャ、ノルウェー、英国、デンマーク、ウクライナなどは満足できるレヴェルだがいかんせん数が少ない。
インド人も英語でコミュニケーション出来る点で良いが、インドの人口の割には船員教育機関の数が極めて少なく、安定した供給源とは言えない。
従って現状ではフィリッピンがもっとも安定した船員の供給国となっている。
また船員の管理を自社で行うか、外部に委託するのかは船社が頭を悩ますところだが、今回の調査で欧州の16社の回答によると、この16社で9,000以上の船員を雇用しているが、
63% はイン‐ハウスの船員管理会社
19% はマンニング・エージェント
19% は職員については自社で管理し、海
外の船員についてはエージェントを使用となっている。
またこのレポートは日本にも触れていて邦船社はイン‐ハウスのリクルート部門に頼るケースが多いとしている。

9. 優遇税制:船員へのインセンティブ

海運を振興しようとする多くの国は海運企業と船員に対して種々の優遇税制を導入している。
一例として、イタリアでは自国籍船に乗り組む船員に支払われる給与に対する税金は全額控除され、また船員の社会保険料も全額免除されるため、船員の支払う税金は事実上ゼロとなっている。
一方デンマークでは、デンマークの国際船籍制度(DIS)に乗り組む船員は通常所得税を免除されているので、雇用契約などは手取り賃金で締結することが可能になる。

10. 明日の乗組員:船員養成を振興するためのベストとワースト・プラクティス

これ以後がこのレポートの重要なところである。
レポートはいう、すなわちこの調査は適格船員の採用が困難になり、これが世界の海運企業に劇的なインパクトを与える可能性を踏まえ、これを軽減するために世界の海運企業がなすべきことについて実行力も展望もあることを示すために行ったものである。
この観点から調査をとおして得られたベストとワースト・プラクティスを列挙している。
船員としてのキャリアを推進するベスト・プラクティス
*理論よりシミュレーターの使用や乗船研修に重点を置く
*政府は海事教育や訓練に大々的な支出を。
*海事関係大学及びアカデミーの学位を一般大学の学士号と同等に扱う。
*一定の海上経験を経て技術や知識を身に付けた船員の陸上への転身を支援するためにキャリアパスを明確にして、そのためのプログラムを開発する。
*船内居住環境の向上と陸上との通信環境の整備
*船員の所得税の減免
*船員に対する社会保障制度の向上
*船員の社会保険料の一部減免
*STCW条約に基づく海技資格証書の相互承認制度の拡充
一方、船員志望者の障害となるワースト・プラクティスについて下記を挙げている。
*自国船員を賃金面で優遇すること
*船員に不利な税制を適用すること
*複雑な社会保障制度、船員に対する累進的な保険料率の適用
*時代遅れの訓練プログラムや教育方法
*国籍や性別による配乗の制限
*保護主義的な考えや政府の過度の干渉、特に配乗要件や私立船員教育機関の干渉
*教育や訓練の不足による船員の英語によるコミュニケーション能力の低さ
最後に「今こそ、その時である:船員の養成を強化するために何が出来るか」と題し、このレポートの結論として、船員志望者を増やし、若者を海上に繋ぎ止め、また船員養成の拡大を図るための、いくつかの提言をしている。
*マクロ的レヴェルでは産業界や関連団体は海事社会のイメージアップのためのキャンペーンに投資すべきである。
特に海運の社会的重要性、海洋環境の保護に果たす役割など海運の果たす機能の重要さについて若者に知ってもらうことが重要である。
企業レヴェルあるいはミクロ的レヴェルでは、その企業の“ブランド”を強化すべきである。
それには企業の文化と中核となる企業価値、そして人的資源の尊重、すなわち自社船員を重んずることを明確に発信しなければならない。
*産業界と教育界とのパートナーシップを強化して、良質の船員教育機関へのアクセスを容易にしなければならない。
船員教育機関への入学の基準を甘くしてはならない。
教育訓練は実技優先で現在のIT技術とシュミレーターを活用し、また乗船研修で補足することである。
そして船員教育機関は他の国々においても信任されるように努めねばならない。
*海事教育のカリキュラムはグローバル化した複雑な環境のなかで働く個々の学生のニーズに応えられるように、意思決定論、倫理、多種文化関係論や複数の外国語コースなどを含めるべきである。
*海運企業は経験豊富な船員のためのキャリアパスを明確にし、陸上転身のための必要な支援に努めねばならない。
*船員のニーズをよりよく理解するために最新の人的資源マネジメントの手法を採用すべきである。
*船員の待遇につき留意すべきである。賃金や社会保障、研修における取り扱いやプログラムは国際的な水準でなければならない。
*税制は船員にとって合理的なものでなければならない。
*乗組員の国籍要件は柔軟であるべきで、要は国籍を越えて乗組員が一体となり運航することを目指さなければならない。
このため企業としてのアイデンティティと文化が国籍に優先し、乗組員が一つのチームとして行動出来るような環境を醸成しなければならない。

あとがき

最初にも書いたが、これはギリシャ人コンサルタントが書いたギリシャ船主のためのギリシャ政府に対する提言のように思えるが、熟練した有能な船員が採用困難なのは事実であろうから、このレポートの提言も大いに参考になると思う。
ギリシャの乗組員に対する国籍要件は欧州連合でもすでに問題とされていると聞くし、船員の優遇税制も船主としてはぜひ実現して欲しいところであろう。
またギリシャの船員教育機関の施設の老朽化もつとに知られたことである。
このレポートを紹介するにあたり、必ずしも首尾一貫した正確な翻訳を目指したわけではなく、船員養成の問題点、その対処につきポイントを外さないように努めたつもりであ
る。
興味のある方はぜひ原資料
http://www.mondaq.com/article.asp?articleid=123404
に当たって戴きたい。



LastUpDate: 2018-Jun-04