IFSMA便りNO.21

(社)日本船長協会事務局

コスタ・コンコルディア号

イタリアの西岸、ジリオ島沖で起きたコスタ・コンコルディア号の海難は海事関係者として悲しくかつなんともやりきれない。
大きく破損した船腹を晒した豪華客船の写真は見るに堪えない。
これを書いている時点で(1月29日)で死者7 名に加えまだ15名が行方不明だという。
事故の原因については様々なことが面白おかしく書きたてられ、同船の船長であったフランチェスコ・スケッティーノ船長(54歳)はマスコミ等によって徹底的に断罪されている。
同船長は今や元ベルルスコーニ首相に代わってイタリアでもっとも不人気な男性だという。
事故の翌日、IFSMAの副会長の一人であるドイツのヴィテグ船長から役員に対し、早期に声明をだし、事故の調査と船長の公正な扱いを求め、またIFSMAの船員の「犯罪者扱い」防止のためのタスク・フォースを立ち上げようとの提案があった。
しかし、その後リリースされたイタリアのコースト・ガードと船長のやり取りは、IFSMAの役員達が直ちに行動することを少々ためらわせたものの役員及び関心の高い個人会員の間で調整を続け、事故からほぼ2 週間後の1 月26日に下記のようなIFSMAとしての声明文を発表した。

IFSMA wishes to record its profound sadness about the loss of passenger ship Costa Concordia and wishes to extend sincere condolences to the families of all passengers and crew who were victims of the accident IFSMA also wishes to register its deep concern about the Costa Concordia accident, and in particular the subsequent rush to condemn the ship’ s master, and ship’ s owner Costa Crociere, before any investigation or criminal inquiry has been completed.
IFSMA believes the press and public vilification of the master is prejudicial and in serious breach of his rights to justice and a fair trial. IFSMA believes the way in which ‘information’ about the circumstances of the accident has emerged is in direct contravention of the principles of ‘fair treatment’ , as set down in the International
Maritime Organisation/International
Labour Organisation guidelines 窶骭€ most notably the right to protection against coercion and intimidation from any source during or after any investigation into a maritime accident.
IFSMA is concerned that the vast amount of highly derogatory publicity about the master’ s alleged actions serves as another highly regrettable example of the criminalisation of the maritime profession and threatens to do considerable damage to the efforts to recruit and retain a sustainable supply of maritime professionals.
IFSMA also believes that the massive media speculation 窶骭€ much of it highly illinformed 窶骭€ will serve to direct attention away from the long-standing concerns over aspects of the design, construction and operation of large passenger ships.

IFSMAとしては海難事故の発生時、船長や船員が拘留された場合、2006年のIMOガイドライン「海難事故における船員の公正な取扱いに関するガイドライン」に基づいて彼らを取り扱うよう求めている。これは彼らに対して人権の擁護と刑事法による適正な手続きを図るようガイドラインとして示したものである。
このガイドラインはもともと船籍国以外の地で、多国籍船員、他国にある船主と複雑なケースを念頭に置いているが、今回のケースはイタリア領海で、イタリア船主/運航社、イタリア人船長と事故処理そのものについては比較的単純であろう。
また、IFSMAとしては一見、事故は船長のヒューマン・ファクターが全てのような印象を与えるが、このような予断を持って事故調査を行うことは巨大客船のデザイン、構造や運航支援体制など運航全般における長年の懸念や問題点から目をそらすことを恐れているのである。
今回のような災害の場合、社会の求めるのは称賛されるヒーローか、そうでなければ徹底的に叩くことのできるスケープ・ゴートである。
今回マスコミは不幸にして、事故後に携帯で「ママン!」と呼びかける“育ちすぎた子牛”を見つけてしまった。
彼らはこぞってフランチェスコ・スケッティーノ船長を非難し、まさにあることないことを書きたてた。
今後スケッティーノ船長を待っているのはTrial by Ordeal である。
これは肉体的な苦痛を与え、それに耐えれば無罪とする古代ゲルマンの裁判だ。
超自然的存在の意思を受けて判定を行う裁判である。
それは肉体的な苦痛に変えて心理的精神的な苦痛が、獄吏に代わって社会が、マスコミが行うバッシングである。
これを生き延びるのは難しい。
人的要因がからむ大きな海難で当事者の船長は、トリーキャニオン号の船長を始め心身共にあたかも難破した本船そのもののようにボロボロとなった例は数多い。
IFSMAはこのようなことだけは絶対避けたいと考えている。IFSMAの望むのは綿密な調査に基づく事故の報告書であり、そこで本当に何が起きたのか、誰がどのように行動したのか、何を間違えたのか、何が故障したのか、何が問題だったのか、何が不足だったのか、その背後の要因は何だったのか、を明らかにしたうえで法に抵触するものは厳正な手続きに基づき審理されることである。
それなくして、船長をいたずらにバッシングし、牢獄に放り込んでも事故の再発防止には役立たない。

船長の最後離船の義務
ところでフランチェスコ・スケッティーノ船長が多数の乗客より先に避難していたという報道があり、これは事実であろうが、そうであれば船長はその非を咎められるであろう。
しかし「船長は乗客全員の避難を確認するまでは退船してはならないのが万国共通のルールで、日本では船員法で定められている」としている紙面もあったが、これは必ずしも正確とは言えない。
ロンドンにかつてCity Master Mariners CLUB (CMMC)という団体があった。
英国には第一世界大戦後出来たThe Honorable Company of Master MarinersHCMM)という格式の高い船長協会がある。
これは英国と英連邦の商船及び海軍の船長をメンバーとするもので、ある程度の実績が無ければ加入を認められない。
いわば功なり名遂げた船長や艦長のクラブで海事社会に関与するための組織ではない。
このためHCMMはIFSMAには加入していないし、また今回のコスタ・コンコルディア号海難についても一切論評しないとしている。
これにたいしてCMMCはHCMM加入への予備校として、また実際にロンドンのシティの海事クラスターで働く船長達の情報交換の場として機能していた。
筆者はこのCMMCの役員でもあったのだが、役員会で船長最後離船の義務は何時頃から認識されるようになったのか、それは英国商船法などに書いてあるのか、と聞いたことがあるが、その席上でも英国海運の長い歴史の上で培われた船長として職責を果たすうえでの理念で、成文法ではないとの返事であり、それはその後も訂正されることはなかった。
さて、日本であるが昭和45年(1970年)4月に改正されるまで船員法第12条は「船長は船舶に急迫した危険があるとき、人命、船舶および積荷の救助に必要な手段をつくし、かつ、旅客、海員、その他船内にあるものを去らせた後でなければ、自己の指揮する船舶を去ってはならない。」と書かれ、「5年以下の懲役」という罰則もついている。
筆者は学生時代船員法については京大名誉教授であった西島弥太郎先生の講義を受けた。
先生は「これは船長最後離船の義務と言われるものです。船長は最善を尽くしたうえで、最後のボートで退船するということです。
決して最後の一人になるまで船に残りなさい、ということではありませんよ。」とあの温顔で言われたことを半世紀たった今もはっきりと憶えている。
しかしそのころはまだ船長が船に殉ずることは、船の最高責任者として当然のことという昔からの通念がまだ生き続けている。そしてこの12条の重みは船長にとって格段のものがあった。
これは死を覚悟して船を守れということで、生き残っても厳しい海難審判と、さらには刑事裁判の二重懲罰、会社での仮借ない詰問が待っていることを考えると、危機的な場面に追い込まれた船長の選ぶ道はおのずと限られる。
Lloyd’ s Listの有名なコラムニストMichael Greyも今回のコスタ・コンコルディア号の事故に関するコラムのなかで、彼自身が航海士として乗った船の船長が「もし船を失うようなことになれば、間違いなく船と共に沈むだろう」と言ったと書いている。
その船長はかってある海難審判の記録を読んでその苛酷さに打ちひしがれて、このような結論となったと云う。
そしてGreyもこの船長の結論を肯けるとしている(My captain’ s assessment was probably right,–)。
会員諸兄の中には1980年の冬、LNG船“Taurus”が関門の六連東錨地で座礁し、米国人の船長がピストルで頭を打ちぬいて自殺を図るという痛ましい事故があったことを憶えておられる方もいらっしゃるだろう。
どのような職業であれ、いずれも厳しい局面に直面する可能性はあるが、船長職はもっとも厳しいもののひとつであろう。
自己の責任ではなく予期しない自然の猛威や、船体の構造欠陥、あるいは運航体制や支援体制の不備による事故の責任を、なぜ船長が死をもって償わなければならないのであろうか。
船長協会でも創立後間もない1955年(昭和30年)、当時の幹事会において第12条の改正問題が重要課題として取り上げられ、慎重に検討されたが、「敗戦後の日本海運界にあって、今後、船長が船内秩序を確立し、船長の地位向上をはかって待遇を改善していくうえには、船員法に規定されている精神に則っていくべきであろう。
船員法改正運動は、将来のこととして、この際はひとまず見送ろう」となった経緯がある。
そしてその将来の時が来た。1969年(昭和44年)1月5日、ジャパンラインの大型鉱石船「ぼりばあ丸」が野島崎東方250海里の海域で、波浪により船体が折損して沈没し、長澤吉三郎船長を含む乗組員31名が殉職した。
翌1970年(昭和45年) 1 月17日には波方商船の「波島丸」が北海道沖で荒天に遭遇し沈没、上床力船長は最後まで退船を拒んで殉職された。
そして翌2 月10日には第一中央汽船の大型鉱石専用船「かりふぉるにあ丸」が「ぼりばあ丸」と同じく野島崎東方海域で、波浪による船体折損で沈没する海難事故が発生した。
同船の船長であった住村博士船長もまた乗組員の救助に全ての手段を尽くした後、退船を拒否し船と運命をともにされた。
付近を航行中の他船の決死的な救助活動により乗組員29名中24名は救助された。
救助された二等航海士は最後の救命ボートに移乗するにあたり、船長に同乗するよう懇願したが、船長は「若い君たちこそ生きなければならない」と言って船に残ったと伝わっている。
住村船長は当時まだ44歳、家庭には3 人の御嬢さんがいたという。
住村船長の心中はいかばかりであったろうか。
当時、同社では船長会を中心に住村船長の殉職を巡って相当の議論がなされたが、最終的には「殉職を必ずしも肯定することではないが、船長はこうした覚悟を以って職務を執ることで本船の運航の安全と船内の指揮統率の実を上げる事に繋がるのではないか」との主旨の見解が大勢だったと言う。
筆者もまた当時陸上勤務中で、商船三井も船長会・航海士会は合同部会を開き、激しいやり取りの有ったことを記憶している。
これらの事態を踏まえて船長協会は同年(1970年)3月3日に船長懇談会を開催し、この第12条について慎重な審議した。
この懇談会は一般の関心も高く、マスコミも傍聴して取材し、翌日の朝刊にその模様が掲載されたという。
3月5日、当会は「船員法改正についての要望書」を運輸大臣に提出した。
この船長協会の要望により、同年4 月1 日の衆議院運輸委員会で第12条は次のように改正された。
「船長は自己の指揮する船舶に急迫した危険があるときは、人命の救助並びに船舶及び積荷の救助に必要な手段を尽くさなければならない。」
改正案で大切なことは、「船長が最後に船を去る」ことではなく、「人命の救助並びに船舶及び積荷の救助に最善を尽くす」ことであるという観点からこのような表現となったその理念である。
しかし、罰則規定はそのまま残った。
これは船内ではすべての法的権限が船長に集約されているだけに、船長の義務も厳しくあるべきだとの観点である。
余談だが日本籍船舶に乗る外国人船長はこのことを理解しているのであろうか。
今年2012年はあの悲劇タイタニック号の海難事故が起きてから奇しくも100年となる。
タイタニック号海難の教訓を踏まえてその2年後に「海上における人命の安全のための国際条約」が締結された。
この条約がその後海上における人命と船舶の安全にいかに重要な貢献をなしたかは計り知れない。
今回のこのコスタ・コンコルディア号の海難においても、スケッティーノ船長のバッシングに終わるのではなく、今後ますます需要の高まる客船の真の安全確保となるよう教訓を得なければならぬと同時に、貴重な人命と船舶を預かる船長はその責任の重大さを改めて認識しなければならない。
参考文献
「日本船長協会五十年史」 社団法人 日本船長協会
「船員の戦後史事典」 西部徹一著 財団法人 労働科学研究所出版部
Lloyd’ s List
Sidelights December 2011


(赤塚記)


LastUpDate: 2019-Sep-13