IFSMA便りNO.29


メルボルン総会

十数年ぶりにメルボルンを訪れた。前回はICS(国際海運会議所)/ISF(国際海運連盟)の総会であって、オーストラリア船主協会の主催であった。その前と云えば遥か昔、駆け出しの3 等航海士として雑貨船に乗り羊毛を積んでいた頃である。
ウィキペディアによると「近代的で忙しい大都市のイメージが強いシドニーと比べると、歴史的な建物や文化が残り、のんびりして住みやすいという印象を持たれており、2002年と2004年の二度、エコノミスト誌の「世界で最も暮らしやすい都市」で一位を獲得している。市内各所には、未だにイギリス風の建造物が多く残っており、アフタヌーン・ティーをたしなむ習慣も残っている。」とある。
これがあたっているのかどうかわからないが、たしかに古い英国風の建物は目に付く。しかし泊まったホテルの近くのヤラ川沿いの一角は一大エンターティメント・スポットになっており、南半球最大のギャンブル場やレストラン、高級ブティック、ナイトクラブ、二つのホテル、シネマコンプレックス、フロアショーが入居しているそうである。毎晩夜になるとアボリジニの儀式をイメージした「炎のショー」(毎時点火)がヤラ川沿いで行われており、メルボルンの名物の一つとなっている。夕食をとったレストランのすぐ目の前に、このショーの為のタワーが建っており、突然炎を吹きだしたのには驚いた。

ヤラ川に臨むメルボルンのエンターティメント・スポット 炎のショー

さて、今回はオーストラリア船長協会の招きによるIFSMA の第39回総会である。総会は4 月16日、17日の2 日間、オーストラリア船長協会の2 年に一度の全国大会に先立って行われた。場所はメルボルンの中心街にあるIntercontinental Hotel である。
総会は招待側のオーストラリア船長協会会長Capt Allan Gray の歓迎の挨拶で始まり、それにこたえてIFSMA の会長Capt Lindvallの感謝のスピーチと例年通りの手順で進む。午前中は主としてIFSMA 運営に関する議題が審議され、前回総会の議事録採択、活動報告や決算、予算などが承認された。
午後からは会員によるプレゼンと質疑応答があったが、例によって日本船長協会の会員に興味のありそうなペーパーについて紹介したい。

“Lean ship of the future”

まずは昨年のコペンハーゲン総会でデンマークから提出された“Lean ship of the future” と題するワークショップのフォローで、これは船長及び船舶職員のPSC を始めとする各種の検査、証書の取得・更新や大量の書類作成などビューロクラティックな作業を軽減し、船長及び機関長・航海士・機関士の本来の目的である安全運航、海洋環境保護の強化、運航効率の向上などに専念できるような環境を確立する方法と手段を探ったものである。
プレゼンは” Shipping has never been more supervised, inspected and certified than today – and has never issued more documents and reports” (海運がこれほどまでに監督され、検査され、認証され、そしてこれほどの文書と報告を提出することはかつて歴史になかったことである)という文言で始まり、50年前の1960年の初めには僅か数本の条約しかなかったのが今日は60本近くなっていることを示し、これらの条約によって要求される証書や日誌、書類あるいは検査などが如何に船長及び船舶職員に負担を及ぼしているかを説明している。デンマークの海事局はこれらの調査に基づいて、改めて国際的なアンケートを行った。これは昨年の11月から1ヶ月間にわたりインターネットを利用して回答を募った。回答したのはウクライナ、フィリッピン、インド、デンマークなどの船員が84%を占め、その他の国々の船員は約16%である。筆者はアンケート調査をすることはコペンハーゲンの総会で聞いていたが、具体的なことは知らなかった。知っておれば会員諸兄の協力も仰げたかと思うが、直接回答された方もあるかも知れない。
アンケートは船長及び船舶職員の負担になっていると考えられる次の7 点の作業を対象とした。
①寄港国検査(PSC)、旗国検査(FSC)及び船級検査
②格付け(Vetting)検査
③ ISPS コードに関わる書類作成及び甲板上における監視
④ISM コード及びISPS コードによる操練及び訓練
⑤内部監査や統制、品質管理(QMS、ISM、GSMS など)
⑥日誌類の記帳(廃棄物日誌、油濁簿等々)
⑦入港書類作成(乗組員名簿、旅客名簿、税関申請書、船用品リスト等々)
これらの作業に対して、まずこれらの作業は何度も無駄な作業が繰り返されていると思うか、との質問に対して、④の操練及び訓練を除いて60%以上がイエスと答えている。特に入港書類については71%以上がイエスとしている。入港書類の作成とその準備が大きな負担となっていることを伺わせる。操練及び訓練についてはイエスとノーが拮抗している。これは船長及び職員が操練及び訓練の重要性をよく認識しているからであろう。次にこれらの作業は必要以上に多くの文書作成やペーパーワークを要求していると思うか、との質問に対しては、どの作業にたいしても60%以上がイエスと答え、特に入港書類に対しては79%がイエスと答えている。次の質問は立場を変えて、これらの作業は船舶を安全に且つ効率よく運航することに寄与しているかとの質問に対しては、入港書類が61%、ISPSコードが73%であるが、その他の作業はいずれも80%以上、特に操練及び訓練は92%がイエスと答えている。これらの作業は主として船主、荷主/用船者、規制を担当する行政庁の為にやらねばならぬと考えているかどうか、という質問に対しては、操練及び訓練については55%がそうとは思わないと答え、また入港書類については70%が関係者の為の作業だとしている。その他の作業については60%前後がやはり関係者の為にやっている作業だとしている。
別の角度からの質問では、「格付け検査を含む検査一般」及び「内部品質管理作業」が非常に時間を取り、また厄介な作業として多くの回答者に指摘されている。「ISPS コードに関わる作業」は厄介で鬱陶しい作業の筆頭に挙げられている。
これらの質問にたいする自由なコメントとして、プレゼンでは下記が挙げられた。
「ペーパーワークは安全の向上につながらない。安全を強化するには他の方法があるはずだ。」
「あまりのペーパーワークの多さに処理しきれず、いい加減な書類を作成しているケースも見聞きする。これは安全を脅かすものだ。」
「海上の労働環境は危険が多い。いらぬペーパーワークがさらにこれを助長する。」
「多くの安全のための検査がチェックリストを埋めるだけに終始している。これは安全の向上につながるものではない。」
「船舶乗り出しの初期においてはこれらの検査や書類作成も安全の確保に有用であったかも知れないが、本船の状態が軌道にのった現在、これらの作業は時間を浪費するのみだ。」
アンケート実施者の総括として、
「これらの作業の実施のしかたや手続き、要求される書類などについては本船側に相当不満があるが、作業そのものの有用性や必要性については疑問を抱いていないと見受けられる。船員は自分の仕事に強いプライドを持ち、安全に大きな関心を寄せており、これらの作業は安全を確保する手段の一つであることをよく自覚している。しかしながら検査についてはその必要性を十分に理解しているものの現在では検査があまりにも細かい点にこだわり過ぎていると感じている。
本船側は特に入港書類について、その書式と手続きについて標準化/ 統一化と効率化が必要であると強く感じている。
品質管理システム(QMS)については、これが導入された経緯は良く理解しているが、最近では一段と書類や手続きが煩雑になってきたと強い不満を持っている。またISPS
コードについては、大きな負担と感じており、またこれが船舶や港湾施設のテロ対策に有効と信じている者は殆どはいない。各種の検査のデータや情報の交換と共有化は殆どなされていないと感じている。
検査官に対する報奨金などのインセンティブ・スキームは高品質な船舶については、いたずらに負担を増すだけであり、本来の検査業務を誠実に実施しようとする検査官を堕落させるにすぎないと考えている。新しい規則や手続きを導入した場合、その効果や結果をよく調査し、フィードバックするという責任感が規制者側に欠けているとみている。
船員がもっとも懸念しているのは負担の総額である。個々の規則や手続きにともなう負担をうんぬんする以前に全体としての負担が大幅に増えた。過去5 年縲鰀10年の規則の増殖と手続きの煩雑さは手段と目的を混同し、今や本船の安全と効率化に対して明らかに逆効果となっているとみている。」
このようなアンケートの結果及びこれまでの調査を踏まえて、デンマーク政府海事局及び関係団体(これにはIFSMAも加わっているのであるが)は、IMOの安全委員会や貿易通商の手続に関する簡素化委員会などに具体的な提案をすることを目指すと共に、国際港湾協会や国際港長協会(IHMA)などにも働きかけ入港書類の合理化に取り組むこととしている。
おりしもIMOは運営効率化の為に関係者から意見の公募を行っているところであり、これはもちろんIMO自体の組織運営の負担削減を目指したものではあるが、IMO関係書類の効率化を取り上げた点は、本船側の書類の効率化/ 統一化と無縁ではない。IMO事務局長の關水氏が「業界では長過ぎる書類、無駄な書類があると認識されている。どういった箇所を見直すべきか、より多くの関係者に見直し作業に加わってほしい」(日本海事新聞2013年5 月16日付)と述べているが、デンマーク政府はこの機をとらえて“Lean ship of the future” を積極的に推進するであろう。IFSMA もこれを支持すると共にIMO理事会傘下の作業部会にも参加できるように働きかける予定である。

Study of Vessel Traffic Safety Measures off Japanese South Coast

これは当協会の増田恵技術顧問がプレゼンを行ったもので、日本船長協会による自主設定の分離通航方式についてさらに安全性を向上すると共に国際的に承認された方式とすべく、見直し作業が行われている現状を報告したものである。この作業は日本海難防止協会が「海難多発海域における安全対策の構築に関する調査研究」として、神子元島沖を対象とした航行実態を調査・分析したものだが、今回のプレゼンは日本船長協会の自主設定航路の現状をあらためて説明し、見直し作業の概要と今後の方向性を示した。将来的にはIMOによる採択・決議による新たな分離通航方式を目指している。
デンマーク代表からこの自主通航制度の外国船への周知について質問があったが、これについては1970年の設定以来、在日本の外国船社や代理店を通して周知に努めていること、またこの分離航路は英国水路部にも通知済であり、協会のアンケートでも日本各港に寄港する外国人船長によく理解されている事実を説明した。
IFSMA事務局長からは、日本船長協会はこれまで海上気象や操船・運用に関する多くの貴重な研究とその成果であるDVDの作成などを行ってきたとして謝意があり、将来的にIMOに通航方式設定のため日本から提案があればIFSMA として全面的に協力したいとのコメントがあった。

プレゼンを行う増田顧問

 

Maritime Labour Convention 海上労働条約

これはAustralian Maritime Safety Authority(AMSA、オーストラリア海洋安全局)のCapt Coventryが講演した。
オーストラリアはギラード政権になって海運振興のために100年ぶりとなる海運政策の包括的な見直しを行い、2012年にオーストラリア連邦議会が船と船員の安全に関する新法案” Navigation Bill( 航海法)2012” と”Marine Safety(Domestic Commercial Vessel)National Law Bill”(海上安全(自国商船)国法)2012を通過させた。海運そのものについては” Shipping Reform(Tax Incentive)Act2012”(海運改革法2012)他がある。これは実に1912年以来の大改革で従前の連邦又は地方の8 つの法令を統合し、体制の簡素化、効率化を図り、ILO の海上労働条約の発効にそなえ、また海洋環境保護を強化している。そしてAMSA を単一の海事監督の主管庁とした。
海上労働条約については航海法の条文、堪航性確保の項で
A vessel is seaworthy if, and only if:竰鮑€ the living and working conditions on board the vessel do not pose a threat to the health, safety or welfare of the vessel’ s seafarers.
として、海上労働に関する規則の根拠条文としている。
質疑応答の時間になって、「船長に対する労働時間の適用はどうするのか、官労使三者による協定が締結されれば、船長を労働時間の規制対象外とすることが可能と理解するが、このような船舶がオーストラリアに寄港した場合どのように扱うか」と質問した。これに対し、Capt Coventry は “Captains are seafarers” であり、また「基本的に他国の政府の決定に対して異議をとなえることはしないが、そのような船舶に対しては状況をよく調査して、都度判断したい」との回答であった。豪州諸港は昔から労働関係法令の適用に厳格な所であり、寄港するにあたっては今年8 月発効する海上労働条約にたいして十分な準備が必要と思われる。

総会会場風景

オーストラリアの海運政策

100年ぶりの海運政策の見直しと新施策についてオーストラリア船長協会会長Capt Allan Gray(当時)に聞いたところ、「法律が施行されて間もないので判断するのは難しいが、船主側も労働組合側も好意的な受け止め方をしており、政府当局も関係者の声に耳を傾ける雰囲気はある。しかし第二船籍が出来ても移籍したのは20隻程度であり、全体でもオーストラリア船は輸出入貨物の僅か0.5%しか輸送していない。今やオーストラリアの外航海運は無いに等しい。船員の半分はオフショア(海底掘削船など)で働き、それに伴うタグや作業船が四分の一、外航船員も四分の一でしかない。そしてこのオフショア関連企業が途方もない(ridiculous)な給料を払うので外航船員のなり手がない。最も深刻な影響を受けるのは私のような港長であり、海事関係官庁、教育機関である。」と現状を嘆く事しきりである。
これは日本とて他人ごとではないと思うので、いずれ稿を改めてオーストラリアの船員事情について報告したいと思う。


(一社)日本船長協会 副会長 赤塚宏一

 

LastUpDate: 2022-Jun-30