上の写真は昨年12月29日に韓国・釜山沖でコンテナ船と衝突して炎上した香港籍のケミカルタンカー「マリタイムメイシー号 MaritimeMaisie」(29、211総トン)の写真だが、その処理に長い時間が掛かっているのはご存じだろう。1 月30日付の日本海事新聞によると同船は事故後から炎上を続け、1 月17日にようやく鎮火したものの船体の損傷が激しく、早期に対応しなければ折損による積荷の引火性の高いアクリルニトロの流出の懸念があり避難港への曳航が急がれるが、海難船の最寄り港があり事故当事国でもある韓国が海難船の受け入れに難色を示し、また日本の海上保安庁も「環境汚染の影響などを勘案し、わが国で提供できる港がない」と受け入れを拒否している。
乗組員は全て救助され、同船はタグにより曳航されたが、海上保安大学校の山地哲也教授によると、この原稿を書いている時点( 3月26日)では未だ避難港/ 避難水域は与えられておらず曳航された状態で対馬沖の公海上で船位を維持しているそうだ。(注:同船は4 月11日韓国のウルサンに入港したことが確認された。)事故発生が昨年の12月29日なので、間もなく3 カ月が経過しようとしている。このMaritime Maisie 号海難はまさに避難港/避難水域問題のモデル・ケースの様である。今後避難港/避難水域の研究がなされる時、恰好のケースとして参照されるのではないだろうか。
避難港/避難水域について精力的に研究を続けている海保大の山地教授とは2012年に海洋政策研究財団の委託を受けて、東大の西村弓先生を委員長に同じく東大の長谷先生、立教大の許先生とご一緒に研究グループを作り、「避難船舶の避難港への受け入れに関する総合的研究」と題して発表したところである。これは海洋政策研究財団の会誌「海洋政策研究」の2012年の特別号として発刊された。
避難港/避難水域許可の交渉は現在船主と香港政府海事局が行っているようであるが、乗組員の安全と積荷及び船体の安全を確保するために船長が避難港/避難水域を求めて必死の努力をしなければならないことも珍しくない。沿岸国は避難港/避難水域を与えるどころか領海への侵入を拒否することもある。2001年地中海で起きたタンカーCastor 号の海難がそれである。
Castor 号はモロッコ沖16マイルの沖合で船体に亀裂が生じたため、モロッコに避難港を求めたが、モロッコはこれを拒否するのみならず自国の管轄下の水域への入域を禁止した。さらにジブラルタル、アルジェリア、マルタ、ギリシャも同号の領海内への侵入を拒否した。乗組員、船体、積荷の安全に全責任を持つ船長の心中はいかばかりであろう。
この避難港/避難水域に関してはIMO で幾度となく審議され、2003年12月に「援助を必要とする船舶の避難水域に関するガイドライン」が採択された。しかしこれはガイドラインであり、非拘束的なものである。
今回のMaritime Maisie 号に対する韓国及び日本の対応に危機感を抱いた主要海運関係団体、すなわち国際海運会議所(ICS)、国際海上保険連合(IUMI)、国際救助者連盟(ISU)は、関係国は早急にIMO のガイドラインに沿って処理し、特に“No rejectionwithout inspection” と訴えている。そしてNIMBY(ニンビー)シンドローム(Not InMy Back Yard 自分の裏庭には来ないで)を即刻止めるようにと呼びかけている。この記事の見出しは、“Yes, in your backyard”となっている。
このNIMBY シンドロームは厄介な問題で、例えばゴミ処理工場などのいわゆる迷惑施設が建設されると、地域や住民に対して環境被害などの損害をもたらす、などと反対運動が起きるが、いうまでもなくゴミ処理工場は全ての住民に必要なものである。このため反対住民に対して「住民エゴ」として批判も起きる。施設が建設されることにより、具体的な損害が起きるのかと言った論議もあるであろう。
しかし援助を必要とする船舶の場合、乗組員の安全に関わる問題もあること、さらに避難港/避難水域をNIMBY と言って拒否することによって、当事者がむしろ被害を蒙り、被害を拡大する可能性も十分にあることである。その良い例が2002年11月に起きたPrestige号海難である。避難港/避難水域の提供を拒否したスペインは結果として甚大な海洋汚染被害を蒙ったのである。
アジア地域の15の船主協会が加盟するアジア船主フォーラム(ASF)もこの事態を深刻にとらえ、沿岸国を始め関係国はIMO ガイドラインにそって、海洋汚染などの二次災害を防ぐために、避難港/避難水域の許可など早急に対策を取るよう強く求めている。
前置きが大変長くなったが、IFSMA としてはこのような事態を踏まえ、今後この避難港/避難水域の問題に正面から向き合うこととなった。このため今年の総会に総会決議として取り上げることとしている。従来の総会決議は採択しても実効/実行が伴わないケースも見受けられ、決議が採択されれば一件落着みたいなところもないとは言えなかったが、前回の理事会で今後は総会決議のフォローを確実にすることとして、スプレッド・シートによる書式も定め、具体的にどのような行動を取ったのか、効果はどうであったか、今後はどう進めるのか、などを記録しフォローすることとした次第である。
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