セウォル号転覆沈没事故報道への対応

日本船長協会 会長 小島 茂

 4月16日に起きた韓国旅客船、セウォル号沈没事故から二ヵ月近く経過した。乗員・乗客476名、うち死者・行方不明者304人という大惨事となった。この様な悲劇が二度と繰り返されぬよう、事故原因の究明がなされ、再発防止の仕組みが整うことを願う。
 海難事故が発生すると、船長協会にもマスメディアから取材の申し入れがある。慎重に応じなければならないと考えている。中には自分達の意図するワンフレーズを引き出したいがために、執拗な誘導質問を繰り返したりすることがある。
 セウォル号の海難事故についても、事故当日からテレビへの出演を含め、20社を超えるマスメディアから取材申し込みがあった。船長協会は状況を見極め、4日を経過してから「週刊朝日」、「NHK」、「日本経済新聞社」の三社のみに応じた。「あくまでも推測、憶測ですが」という条件を付した。三社の共通点は、取材の意図をはっきりと提示し、船長協会に足を運び、技術的な事項(重心点、操舵と傾斜の関係、2軸船等)の説明を真摯に理解しようと努めていたことであった。
 海難事故取材に対し、船長協会が応える内容については、その当時の気象海象を含め、事故に至るまでの船舶の状況や、海上衝突予防法をはじめとする法律に関することを分りやすく説明することであり、当事者の過失等について指摘することではないと判断している。
 海難事故が発生すると、直ちにマスメディアに登場し、技術的なコメントを述べる専門家と称する人がいるが、海技免状や船舶職員としての乗船経験を持ち合わせていない人も多い。今回彼等から発せられた情報には、船長の知識、経験からは考えられない的外れな説明もいくつか為されたように思われる。マスメディアにとって、憶測をあたかも事実のように説明することは当初のニュース源としては有難いものであることは理解するが、「事故が起きたばかりで、不明な点ばかりなのに、そこまで言うのはまだ早いのでは」との疑問を感じた。
 船長協会はセウォル号事故について、他の国での事故であり、原因究明中でもあったためマスメディア対応は限定的にし、控えめにした。今後、一定の事実が確認、判明された時点で、技術的視点から可能な範囲で意見を述べていくことも必要かと考える。
 尚、当協会の赤塚宏一副会長がセウォル号の沈没事故について、「朝日新聞社」に投稿し、5 月22日付の「私の視点」欄に掲載された。
全文を転載する。

 

(私の視点) 韓国船沈没事故 原因究明が最優先だ

 韓国で痛ましい海難事故が起きた。犠牲となられた多くの方々に心からの哀悼の意を捧げたい。
 旅客船セウォル号が沈没した直接の原因は、貨物の過積載と不十分なバラスト水量により、船体の復原力が不足したことにあるようだ。その背景には船会社の営利優先の姿勢や、安全軽視の風土もうかがえる。様々な要因が絡み合っているのは間違いない。
 今回、私が衝撃を受けたのは、いち早く逃げ出す船長の姿だった。同じ船長の任にあった身として耐え難かった。
 そもそも船長は、乗客・乗員の生命に加え、本船及びその貨物に対して全責任を負う。各国の規定は少しずつ異なるが、日本では船長の責務について、「人命の救助並びに船舶及び積荷の救助に必要な手段を尽くさなければならない」(船員法第12条)と規定されている。韓国においても同様の規定がある。それ以前の問題として、そもそも人間として職業人として、救助に最善を尽くすべきなのは明らかなことだ。この点については、彼らは厳しく糾弾されるべきだと私も思う。
 しかしながら、韓国の苛かれつ烈な論調をみると恐ろしい気もする。大統領は船長や乗組員の行為は殺人行為にも相当すると非難し、メディアも「民衆の敵」として扱っている。背後には、愛する我が子を失った家族や、有為な青年を多く失った韓国社会の、責任者を罰せずにはおかないという当然の気持ちがあるのだろう。そして船長や乗組員が真っ先に逮捕され、犯罪者扱いされる。関係当局にとって船員は最もわかりやすく、逮捕するにも容易で格好の標的なのだ。
 だが、彼らも法治国家の国民である。少なくとも有罪がきちんと証明されるまでは、基本的人権は尊重されるべきだろう。
 海上経験の豊かなベテラン船長が、なぜあのような行動をとったのか。船長としての最も重要な義務を果たせなかったのは、なぜなのか。これまでの情報を聞く限り、そこが私には解けない謎として残っている。何らかの理由があるように思う。
 なぜこんな事故が起きたのか。いかにしたら防げたのか。どうしたら再発を防止できるのか。今回の痛ましい事故で我々が学ばねばならないのは、この3点だ。
 これは韓国だけの話ではない。安全文化を世界の海に定着させるために、全力をあげて解明してもらわなければならない。その責務を果たすことが、失われた多くの若い命への、せめてもの手向けになるはずだ。それは船長や乗組員に全責任を押しつけて済む話でないことは間違いない。
(あかつかこういち 国際船長協会連盟会長代理、元商船三井船長)

朝日新聞 平成26年5 月22日朝刊

 

 


LastUpDate: 2024-Apr-17