IFSMA便り NO.36

サンデフィヨルド総会

(一社)日本船長協会 副会長 赤塚宏一

 

捕鯨船

 IFSMA 創立40周年を記念する第40回総会は6 月始めにノルウェーのサンデフィヨルドで開催された。サンデフィヨルドについては、月報420号(平成26年4 月・5 月号)を参照して戴きたいが、この入り江で捕鯨船を模した遊覧船があると書いたのだが、遊覧船は捕鯨船そのものだった。総会の前日に開催された理事会のあと、総会出席者を含めて40数人が捕鯨船“Southern Actor” 号に乗船した。同船は1950年に英国で建造、全長48.18メートル、総トン数439トン、エンジンは三連成(triple expansion steam engine 3 段膨張式)のレシプロ・エンジン1858馬力で最大15ノットのスピードが出る。通常の乗組員定員は17名である。
 1950年の建造以来、1962年まで毎年南極に捕鯨に出掛けたが、その後は係船されたり、近海捕鯨に従事したりした。1981年には反捕鯨団体“シーシェパード” により沈められたこともある。しかしすぐに引き揚げられ、その後も捕鯨に従事したが、とうとう1989年にはスクラップに売られた。それを知った同船を惜しむ有志により買い取られ、サンデフィヨルドに曳航されて大幅な改修が行われた。1995年には昔の乗組員や所縁のある人々によって現在のような形で遊覧船としていまだに現役として活躍しているのである。
 湾内2 時間余のクルーズはかつての鯨油処理工場跡地や造船所、さらには船主の広大な別荘地、ヴァイキングの見張り櫓の跡などを巡るまことに興味深いものであった。細く長大な入り江であるサンデフィヨルドがヴァイキングの本拠地として如何に優れていたか良く理解出来る。夕食会の前菜に鯨のカルパッチョが出て、久しぶりに鯨肉を味わった。

 

IFSMA 会長 Lindvall 船長の挨拶

 ここでは少し会長挨拶を引用して、過去40年のIFSMA の歩みを振り返ってみよう。
 まず会長は今年度の総会を開催するノルウェー船舶職員協会と昨年の開催国であるオーストラリア船長協会に謝辞を述べた。特にメルボルン総会では船員関係者のみでなく広く港湾当局者、船主、海運会社、政府関係者との交流が出来たことは有意義であったと述べた。
 さてIFSMA は1975年に欧州及び南アの8 ヶ国の船長団体(フランス、イタリー、アイルランド、ベルギー、オランダ、ノルウェー、南ア、ドイツ)が創立したものである。目的は国際的な船長としての職業基準の確立、具体的には安全な運航を確保するための船員としての慣行の維持、海洋環境の保護、海上における人命と財産の安全性の確保である。そのためには、重要で欠くべからざる職業人としての船長の地位を確立し、船員、船主及び社会に対する業務上の責任を踏まえて、船長の意見を必要な場所で的確に反映させる必要がある。
 このためIFSMA はIMO、ILO 及び欧州連合やその他の国際機関での活動を特に重視している。IMO ではIFSMA 創立の翌年には早くも諮問機関としての地位が認められ、またILO においては特別なNGO リストに掲載されている。こうした諸機関でIFSMA は政府にも船主にも干渉されず純粋に世界の船長のための意見を代表する唯一の機関として活動している。
 なぜIFSMA は海上における安全問題にこだわり、広い分野で活動するのか、それらは各国政府や国際機関の問題ではないか? と問われることがある。私の答えは次のような問題に船長は責任があると考えるからである。
 海上で働く我々自身の健康、労働環境の向上、船員と乗客の安全と保安の維持
 船長・航海士として技術・技量の水準を向上し、船主及び社会の付託に応える
 船舶職員として、船社、旗国さらには海運界を代表する職業人として一般社会に対するイメージの向上と社会的地位の確保
 船長及び船員に関係する国際的なルール作りの現場に位置を占め、関与し、海運産業の実態を反映し真に有効なルールを策定する
 Lindvall 会長は今回総会が開催されたサンデフィヨルドの歴史や現状に触れた後、昨年の総会以来のIFSMA の活動を振り返った。昨年9 月の理事会後に開催されたIFSMA の名誉会員との昼食会は歴代のIMO 事務局長2 人と現役の關水事務局長も出席するなど極めて有意義な会であったことをまず強調した。出席した6 人の名誉会員にはIFSMA の現状を改めて理解してもらい、またIFSMA の役員及び事務局員にとっては学識・経験豊かな名誉会員との交流の場となった。これは確かにその後のIMO の会議においても何かとプラスとなったことであろう。
 また船員の労働環境の改善、とりわけ疲労の防止と労働時間の規制に精力的に取り組んできたIFSMA にとって、昨年8 月20日にILO の海上労働条約が発効したことは喜ばしいことであった。
 IFSMA の今後の活動について、Lindvall船長は次の6 項目を挙げた。

全世界の海賊及び武装強盗行為を撲滅すること、またその犠牲者である船員とその家族への支援
関係当局や海運企業による管理業務の合理化を図り、船長の多種多様な書類作成などの負担を軽減すること
旅客船の建造と運航を改善し、安全性を向上すること
船長及び航海士の疲労防止、とりわけ2直制の運航に留意すること
船長及び船員の犯罪者扱いを改善すること
その他の課題として、極海コード、アスベストス問題、機関室及びコントロール・ルームのデザイン、欧州連合のMonaLiza Project (主としてバルチック海で実用化を進めている高度なE-navigationsystem を利用した海のMotorway の構築)
 そして最後に会長自身は1983年に初めてIMO の審議に参加して以来31年が経ち、またIFSMA の役員として24年、最後の16年は会長としてIFSMA を引っ張ってきたが、これを可能にしてくれたIFSMA の会員、事務局、役員に心から感謝すると謝辞を述べ、挨拶を締めくくった。

 

役員選挙

 今回の総会は4 年に一度の選挙の年である。前回2010年のマニラ総会では役員は全員無投票であったが、今回は会長は無投票であったものの、会長代理(定員1 名)に2 名、定員が7 名である副会長には11名が立候補したため8 年ぶりに選挙が行われた。
 投票権は各国の船長協会については申告会員数により決まり、日本船長協会の場合は2票、最大会員数を申告しているノルウェーは6 票などとなっている。また約60名いる個人会員には全員まとめて2 票が与えられる。
 会長はノルウェーのHans Sande 船長が無投票で選任されたが、会長代理は投票の結果、ドイツのWillie Wittig 船長がオランダを押さえて選出された。副会長にはアルゼンチン、アメリカ、オランダ、スウェーデン、フランス( 2 名)、チリー、デンマーク、トルコ、パキスタン、日本の11名が名乗りを上げた。候補者の紹介や所信表明もなく、また格別の選挙運動もなく、投票は淡々と行われ開票の結果、次の各国代表者が選ばれた(氏名略)。
 アルゼンチン(再任)、アメリカ(新任)、オランダ(再任)、スウェーデン(新任)、フランス(新任)、デンマーク(新任)、日本(会長代理より副会長へ)の7 名である。
 今後4 年間はこの会長、会長代理、副会長の計9 名が理事会を構成し、IFSMA の運営を担っていくことになる。
 役員全員で9 名となるが、日本を除いて全て欧米人となっている。これはもちろん何んらかの差別行為がもたらしたものではなく、アフリカ、中東、アジア勢の力不足と言えるであろう。IFSMA としては世界の五大陸に一人は副会長もしくは会長代理のいるのが望ましいとしてこれまでにも国際会議のおりに関係者に働きかけている。アジアについては筆者も台湾や韓国の協会に加盟するように働きかけているところであるが、残念ながら進展はない。なお、中国には全国的な船長協会は存在しないようである。
 今回はシンガポールの船舶職員組合の組合長であるCapt. Robin Foo が初めて参加したが、非常に活発な人物で今後IFSMA の活動に積極的に関わってくれることを期待している。

 

Hans Sande 会長のプロファイル

 新しく会長となったHansSande 船長のプロファイルを紹介しよう。1963年にノルウェーのサンデフィヨルドで生まれ、現在51才である。
 高卒後、ノルウェージャン・クルーズ・ラインに就職、デッキボーイとして2 年間の海上経験を経てトンスベルグの商船大学で4 年間学ぶ。ノルウェージャン・クルーズ・ラインでは順調に昇進し、副船長になる。その間バッケンティーガン大学で1 年間安全管理一般について学ぶ。また船級協会DNV で1 年間、船舶管理及び健康・品質・安全・環境監査について研修を受ける。31歳にてDNV に転職、安全管理及び95年のSTCW 条約のシニアー・アドバイザーとなる。
 33歳で再び船社勤務となり、主としてバルッチク海の貨客用大型フェリーの船長を約10年間務める。43歳にしてノルウェー船舶職員協会のManaging Director となる。このManaging Director というのは欧州では実質的にその組織・団体の実務の長で社長と訳されることが多い。この場合通常は名誉職である会長(President) が存在する。HansSande 船長の場合、所属しているのは実質海員組合であるがAssociation と称しているので理事長と言うことであろう。
 Sande 船長のような経歴は欧州の船長には多く見られるパターンで、教育も高卒で船社の練習生として採用され、デッキボーイ等として海上勤務を経験したうえで商船大学に入り資格を取るシステムである。
 Sande 船長は身体も声も大きく豪快でそれがそのまま性格に表れているような船長である。副会長としての彼とはこれまで4 年間付き合ってきたが、視野も広く、緻密な頭脳も持ち合わせているようで、おそらく今後長くIFSMA を引っ張って行くことになるであろう。
 Sande 船長は今も予備船長として夏季にはフェリーなどに乗船勤務をするそうだ。

 

総会でのプレゼン

 船長の直面する問題についてペーパーを提出すのでなかなか興味深いものがある。今回はヴァイキングの重要な本拠地でもあったサンデフィヨルドで開催することもあり、オスロ大学の文化歴史博物館の若い女性研究員 Ms Anne Doksrod のヴァイキングに関するプレゼンもあった。ヴァイキングを振り返ることは北欧の人々にとって自らのアイデンティティを確かめる作業であることを感じさせる講演であった。そして略奪者/海賊としてのイメージを薄めるかのような進んだ造船技術を持ち、優れた手工芸人であり、さらに交易者・貿易通商・交易ルートの開拓者そして運輸を担った自由の民としての側面を強調する講演は興味深かった。
 日本船長協会は小島会長が昨年度作成した教育用DVD「投錨・揚錨作業と事故防止対策」について講演を行った。まずこのDVDは会員や会員の所属する会社の問題意識、すなわちコンテナ船やLNG 船においては沖待ちのケースが少なく、従って錨泊の経験が少ない事、従って投揚錨時のトラブルの処理のノウハウが無い事、またタンカーなどでは深海投錨のケースが少なくないが、この理論も実際のテクニックも理解されていない恐れもあること等を踏まえ、我々自身が我々自身のために作製したことを強調した。そのうえでこの55分のDVD を約16分のダイジェスト版としてまとめ上映した。具体的で判りやすいこのDVD は好評でIFSMA 会長から特別に感謝の言葉もあった。
 なお小島会長が今年度の事業として作成するDVDはBRM を取り上げ、なかでもECDISやレーダーなどに頼りがちな初級航海士に見張りの重要性など基本的な航海技術の必要性を理解させる内容にしたい、初級航海士とベテランの航海士との間には双眼鏡を使用して見張りを行う時間に歴然とした差がある事を示し、安全性の向上の一助にしたいと述べると共感の声が上がった。もともと総会に出てくる会員達の多くは海上を離れたベテラン船長・昔気質の船長であり、双眼鏡とレーダーのみを頼りに世界の海を渡ってきた船乗りであるから、当然かもしれない。欧州船長協会連合事務局長のCAPT. F.J. VAN WIJNEN は“Looking into the window is still mostimportant nautical equipment in the Bridge”と述べると多くの会員が頷いていた。

 

総会決議

 今年の総会決議として次の4 本を採択した。
1 .避難水域/避難港
2 .船長の犯罪者扱い
3 .海難事故調査
4 .国内フェリー
この中から二つの決議の内容を紹介したい。
 避難水域/避難港に関する決議は日本船長協会が提出したものである。ご存知のように昨年12月29日に韓国・釜山沖でカー・キャリアと衝突して炎上した香港籍のケミカルタンカー「マリタイムメイシー号 MaritimeMaisie」(29、211総トン)は事故後から炎上を続けた。1 月17日にようやく火災は鎮火したものの船体の損傷が激しく、早期に対応しなければ折損による積荷の引火性の高い化学製品の流出の懸念があり避難港への曳航が急がれたが、最寄りの港であり事故当事国でもある韓国が本船の受け入れに難色を示し、また日本の海上保安庁も「環境汚染の影響などを勘案し、わが国で提供できる港がない」と受け入れを拒否していた。
 乗組員は全て離船し、同船はタグにより曳航された状態で対馬沖の公海上で漂流していたが、4 月11日にやっと韓国のウルサンに入港が許可された。今回は幸いにも早期に乗組員は救助されたが、避難港入港のあてもなく損傷受けた本船上で長期洋上を漂流されなければならなくなったとしたら、船長及び乗組員の労苦は耐え難いものがあるであろう。
 IFSMA 総会決議の様式を知って戴くために、下記に決議案の全文を掲げるが、骨子は関係国はIMO のガイドラインに則って可及的速やかに援助を必要とする本船に対して必要な支援を行うよう要請したものである。

Port of Refuge IFSMA RES 1/2014(40TH AGA)
The 40th IFSMA General Assembly held on 05-06 June 2014 in Sandefjord,
Norway Noted with great concern the report about the case of the Hong Kong registered chemical tanker MARITIME MAISIE where the
MARITIME MAISIE was seeking a safe haven after a collision;
Noted further that the MARITIME MAISIE was not allowed to enter either South Korean or Japanese waters for 113 days before Korea finally gave permission to enter the Port of Ulsan;
Recalled IFSMA RES 4/2002 and IFSMA RES 1/2005;
Recalled further IMO Resolution A.949(23)
Guidelines on Places of Refuge for Ships in Need of Assistance;
Strongly urges all Coastal States to take into account IMO Resolution A.949(23)and to determine without any further delay placesof refuge for ships in need of assistance.

 また、韓国のフェリー事故に関する決議は総会決議作業委員会から提案されたものである。内容のみ下記する。これは事故後わずか1 週間もたたず、事故の全容も原因も確定されない時点で、韓国大統領や高官が船長及び乗組員を殺人者呼ばわりしたことに深い憂慮の念を表明したものである。事故時における船員とりわけ船長に対する司法当局の苛酷な扱いに対しては、これまでもIFSMA はあらゆる機会をとらえて懸念を表明してきたところである。また船長にたいしては、必要な場合には法的な保護を受けられるような手段(責任保険など)を講じて置く事を勧めたものである。
Criminalization of Shipmasters
Noted with great concern that the President of the Republic of Korea, Ms Park Geun-hye, referred to the Master of the ill fated MV SEWOL and his senior officers as murderers only 6 days after the accident;
criminalizing the Shipmaster and his crew;
Insists that government officials should refrain from premature accusation and penalization;
Recommends a gain t hat Shipmasters should ensure that they have appropriate independent legal protection.

 他の2 本の決議は海難事故調査の透明性確保、そして内航フェリーについても外航同様の厳格な規定の遵守についてIFSMA 役員の努力を促したものである。これらの決議及びこれまで採択された決議は国際会議におけるIFSMA の対応方針の基礎となるものである。


LastUpDate: 2024-Dec-17