IFSMA便り NO.38

韓国フェリー海難事故

(一社)日本船長協会 副会長 赤塚宏一

 

死刑求刑

 昨年4 月に起きた韓国のフェリー、セウォル号の海難事故の公判にて元船長に死刑の求刑との報道に接し、耳を疑い、目を疑った。厳罰は予想していたものの、死刑が求刑されるとは思いも及ばなかった。
 このニュースが伝わるとIFSMA の事務局はabhorrent and defies belief(嫌悪感を掻きたて人間社会の信頼性に挑戦するもの)として直ちに抗議の為のプレスリリースの準備にはいり、草案をIFSMA 役員に回覧した。次が草案である。
S. KOREA: PROSECUTORS SEEK DEATH PENALTY FOR MASTER OF“SEWOL”

Today, Monday 27 October 2014, is a day that will never be forgotten in the global shipping industry. It has been announced in court in Republic of Korea that the prosecutors in the trail of the crew of the “SEWOL” are seeking the death penalty for Captain Lee Joon-seok. The last person to be executed in Republic of Korea was in 1997, but due to the circumstances surrounding this case the prosecution has been moved to seek such a penalty.

The loss of the SEWOL is a tragedy of the very worst kind. Over 300 people have lost their lives and the effect on the countless family members and friends cannot be understated. For the Republic of Korea it has been an event which has brought focus to bear on the maritime community and in particular the domestic shipping sector. But will the taking of another life, resolve matters? A prison term for the master and crew may be acceptable but does it do anything to bring back the loved ones who were lost?

The International Federation of Shipmasters’ Associations denounces this move and would plead to the government of the Republic of Korea to remove this terrible injustice from the options when sentencing is passed at the court.

IFSMA does not seek to change the laws of any sovereign nation but asks for clemency for a man who may be judged to have failed in his duty, but did not seek to be part of this disaster and will have to live with the consequences of it for every day of his life.

 というものである。
 IFSMA の会長でノルウェー出身のサンディ船長は、直ちにノルウェーの運輸省、外務省と連絡をとり、ノルウェーとしてこのような蛮行に抗議すべきだと請願したとのことである。ノルウェーでは海運関係者と政府との距離は他国とは比べ物にならぬほど近いが、さすがにノルウェー政府も動かなかったそうだ。サンディ船長はもしこのような事故をノルウェーの船長が韓国領海で起せば今回と同様に厳罰をうける恐れがある、2007年のヘーベイ・スピリット号のインド人船長がその良い例である、と指摘した。しかしながらノルウェー当局は死刑判決ならともかく死刑の求刑で何らかの行動を取るのは困難であるとの事であった。
 筆者はこの声明文は平易で論旨も明確かつIFSMA の懸念もよく伝わっているとして直ちに賛成した。しかしIFSMA 役員の中には韓国の法制度やこれまでの判例をよく調べてからでも遅くないのではないかと意見もあり、また11月に判決が出るとのことなので正式な声明はその後にして、取りあえず関連海事団体と連絡をとり、本件のもつ重大性につきマスコミの注意も喚起することとした。

 

地裁の判決

 11月11日セウォル号の元船長であったイ・ジュンソク船長に懲役36年の判決が下った。NHK テレビのニュースでは、検察側は避難させなければ死亡すると認識するも救護措置をとらずと「未必の故意」を強調し、殺人罪の適用を求めた。一方船長は出来る範囲で避難誘導をしたと主張したが、裁判長は「船長が可能だった避難誘導を十分に行っていない」、としたものの「死亡しても仕方がない」と考えていたとまではいえない、として殺人罪を適用せず遺棄致死の罪などで船長に懲役36年の判決を下した、と報道した。
 一方で「船の安全性を管理すべき監督機関が役割を果たせておらず」全ての責任を船長だけに負わせることは出来ないと述べ行政の責任も指摘した。

 TV のニュースを見ていて衝撃を受けたのは遺族代表という若い女性が「怒り、恨み等より虚しさを感じた。みんなを死刑にしてくれと絶えず祈っていた。」というコメントだった。子供を、友達を、兄弟姉妹をあのような形で喪った遺族の悲しみと怒りはかくも深いものかと改めて感じたが、死刑を祈るという言葉は筆者の心の底によどんだ。
 同じく子供を失った父親は「子ども達に申し訳ない、真相究明まで頑張ると(子供達に)約束する」とコメントしていた。
 韓国の刑法の権威としてNHK のインタヴューを受けたコングク(建国)大学 ハン・サン教授(韓尚煕)は「法律的な判断と厳しい判決を望む世論など検討し法律に忠実に判断した。船長らの個人的な責任に限るのではなく政治・行政・社会が分担すべきものだと宣言したといえる」として、長期刑であるもののこの判決に対して一定の評価をしていた。
 一方光州(クアンジュ)地方検察庁は船長への殺人罪適用を求めて争う姿勢を示し控訴することを明らかにしている。国大統領が「船長及び乗組員の行為は殺人に等しい」と発言したことに対し、IFSMA として重大な懸念を表明したところである。大統領の発言がいかなる形であれ、裁判において予断を与え法律の解釈を捻じ曲げることのないようにと願ったのである。

 

36 year sentence for master of “Sewol”

IFSMA condemns the sentence of Captain Lee Joon-seok as a travesty of justice. This sentence and that of the other crew members may assuage public grief over this tragedy, but on its own it is compounding the victims of the event. Over 300 people, many of them school children, lost their life and this must never be forgotten. The families of those who died are victims with a life sentence of remembering the loss of their loved one. It is a terrible burden for anyone to carry.

The question that must be asked is will this sentence resolve any of the issues surrounding this case. The answer is a simple NO. In the wake of the sinking there have been numerous reports, trials and sentencing of those involved in the severe problems within the Republic of Korea’ s domestic shipping industry. The results were people resigning or when found guilty given sentences of three years or less.

It would appear to any observer looking from the outside that the Captain and crew were used as pawns in a political game to divert attention from the industry and focus on the crew instead. The only good to come from this sentencing is the fact that the death sentence sought by the prosecutor was not upheld.

The sentence of 36 years is too severe and should Lee Joon-seok survive he will be released at the age of105 years. Other crewmembers are facing sentences of up to 30 years and so their life will be over. The reaction of the master to the situation was human. He was overwhelmed by what was taking place on his vessel. He did not react well, but should that be the reason for such a sentence. We are not born to be heroes, circumstances dictate those that do.

In1953, the Princess Victoria was lost in the North Irish Sea. This was the first Ro‐Ro to be lost and since then there has been a litany of Ro‐Ros being lost with many of the passengers being lost too. Perhaps if anything can be learned from this terrible event it is that this ship type will continue to take a toll on those that use them unless major revisions of the rules of construction and the training of the crews is undertaken. The final irony of this trial and the sentencing of the master and crew is that it comes on the day that World War I ceased and the world will be remembering all of those that lost their lives100 years ago.

Captain Hans Sande
 President IFSMA 11th November 2014

 念のために拙訳を次に示す。

 

セウォル号の船長に懲役36年の判決

 国際船長協会連盟はイ・ジュンソク船長に対して下された判決を、裁判の茶番であるとして非難する。この判決およびその他乗組員に対する判決はこの悲劇を覆う悲しみを和らげるものではあろうが、また一方で、事故の犠牲者への妥協でもある。300名以上の乗客が、その多くが生徒であったが、犠牲となったことは決して忘れ去られるべきものではない。犠牲者の家族もまた、愛すべき者たちを失ったという記憶を生涯にわたって持ち続けなければならない犠牲者である。これは誰にとっても耐え難い苦痛である。

 ここで問われなければならないのは、この判決が果たして今回の事故にまつわる問題を解決するかどうかである。答えは明らかに「否」である。今回の沈没事故の後、韓国の内航海運業界内部の深刻な問題をめぐって、数多くの報告、裁判、判決がなされた。そのどれもが、関係者の辞任あるいは有罪とされた者でも3 年以下の判決が下されたに過ぎない。

 第三者から見れば、船長と乗組員は海運業界の抱える問題から目をそらさせるための駒でしかなく、そこには乗組員に焦点を当てさせようという政治的意図が明らかである。今回の判決から得られた唯一の成果は、検察による死刑の求刑が支持されなかったことである。

 イ・ジュンソク船長に対する懲役36年の判決は、刑期を満了したとしても本人は105歳になっている計算であり、重すぎる。その他乗組員も最大で懲役30年との判決であり、実質的に彼らの人生は閉ざされたといえる。事故時の船長の対応は人間としてはありがちだった。船で起きていることに、圧倒されてしまったのである。適切な対応ができなかったことは事実だが、それが今回の判決の理由となるであろうか。我々はヒーローになるために生まれてくるわけではなく、状況によりヒーローが生まれるのである。

 1953年、プリンセス・ビクトリア号が北アイルランド海で沈没している。これは初めて沈没したローロー船であり、この後、多くのローロー船が乗客とともに沈没している。今回の悲惨な事件から学ぶべき点があるとすれば、船の建造基準や、乗組員の訓練実施が根本的に見直されない限り、この種の船型のローロー船の悲劇は今後も再発するということかもしれない。

 最後に、船長と乗組員に判決が下された今日という日は、第一次世界大戦が終結した日であり、100年前に多くの命が失われたことを世界中の人が思い起こす日であることは、何とも皮肉である。

ハンス・サンディ船長
国際船長協会連盟会長
2014年11月11日

 この声明については、IFSMA の役員の一人として筆者があれこれ言うのは無責任のそしりを免れないが、声明はIFSMA の理念を必ずしも十分に表現していないように思われる。IFSMA が常に求めているのは海上における安全の維持・確立であり、事故の再発防止であり、そのための徹底的な原因究明である。そして船長及び船員についてはFair Treatment であり、関連する法を厳密に適用し、海難事故の責任の公正な負担を受け入れることである。必要であれば自己批判をなし再教育、再訓練を受け技量を高め、職業倫理を確立することである。決して船長を見せしめの為に罰してはならないのである。

 今回の声明はこの厳罰は「今回の事故にまつわる問題を解決するかどうかである。答えは明らかに「否」である。」としているが、それをもう少し丁寧に説明すべきであったように思う。またこの判決の出たのちのことであるが、業務上過失致死罪などで一審の光州地裁で懲役10年などの有罪判決を受けた運航会社、清海鎮海運の社長、キム・ハンシク被告(72歳)が23日までに判決を不服として控訴したと報道されている。従ってIFSMA の声明文は正確さを欠く恐れもある。

 一方この船長が危機に際して適切な対応が取れなかったことに対して、IFSMA の声明は人間としてありがちな事としているが、船長という職業の重要性から考えて、船長も“human” として片づけられる問題でもないと思う。「船長最後離船の義務」を持ち出すつもりはないが、船長たる者は「船舶に急迫した危険がある時は、人命、船舶、積荷の救助に最善を尽くし、かつ旅客、乗組員、その他船内にある全ての者を退避させた後、自らも船舶を去るべきである」との心構えは国籍や船舶の大小を問わず持つべきと筆者は信じる。

 声明の最後に第一次世界大戦(1914年~1918年)について述べられているが、2014年は開戦100年周年であり、11月11日は終戦記念日である。このため欧州では戦死者を追悼して各種の記念行事が開催されたことを指している。この戦争は欧州全域を、そして一般市民を巻き込んだ最初の総力戦であり、戦死者約1000万、戦傷者1000~3000万、一般市民の死傷者約500万人と言われ、今も欧州の人々の心の深い傷跡として残っている。とりわけ英国ではこれをGreat War とよび、特に貴族や上流階級の子弟、オックスフォード大学やケンブリッジ大学などの学生が「ノーブレス・オブリージュ」あるいは「ジェントルマンの理念」に従い率先して参戦し、その多くが戦死したことから、英国の指導者階級の層が薄くなり、その後の英国の凋落の一因となったとも言われる。

 9 月に筆者がロンドンを訪問した時、国立肖像画美術館(National Portrait Gallery)は大規模な大戦回顧の展示会を開催しており、多くの人出があった。また定期的に送られてくる英国の図書通販会社である” Pen and Sword Books” のカタログもここ1 年ほどはほとんど第一次世界大戦の軍記物で埋められている。欧州の人々にとっては第一次世界大戦には特別な思い入れがあるのであろう。

 

Lloyd ‘s List

 著名な海事ジャーナリストであるマイケル・グレイは11月24日付のLloyd’ s List でこの問題に少々触れている。彼はIMO がその年の特別に勇敢な行為に対して船員を顕彰する表彰式 ” The IMO Award for Exceptional Bravery” に出席してその模様を大略次のように書いている。

 今年の受賞者はDFDS のフェリー、ブリタニア・シーウェイズ号の船長とその32人の乗組員であった。彼らはノルウェー西方海域で車両甲板に発生した火災に対し、荒天のなか13時間にも及ぶ消火活動のすえ、鎮火に成功し、自力で帰港することに成功した。この船は軍需物資を運んでいただけに消火に失敗したならいかなる惨事/ 海洋汚染が生じたかもしれない。こうしたまさに英雄的な行為をなした船長や船員はすぐに忘れられるが、事故を起こした船長、判断を誤り重大な結果を招いた船長は長らくさまざまな非難のまとになる。

 ブリタニア・シーウェイズ号の船長は火災発生の知らせに敢然と立ち上がり全船を指揮して消火活動に全力を尽くしたが、セウォル号の船長は恐るべき事態に対して、気が動転して適切に対応しなかったのは間違いのないところのようだ。イ・ジュンソク船長は事の重大さに圧倒され理性を失ったのであろう。そこでは40年以上の海上での経験も何の役にも立たず適切な命令を下すことも出来なかった。人間性の一面でもあろう。

 会の怒りと悲嘆があまりに大きく、ために船長及び乗組員はスケープ・ゴートとされたという。これに異を唱えるものではないが、原因究明が進むにつれ多くの人や事実が関わっていることが判明している。

 マイケル・グレイは、イ・ジュンソク船長に対する36年の刑と他の乗組員に下された判決は「とてつもなく長く苛酷な判決」 ”savage sentence of enormous length” であり、検察は死刑を求刑したが、イ・ジュンソク船長が年齢69歳であることを考えると36年の懲役という刑は死刑にも等しいとしている。

 今回の海難でマイケル・グレイは直接言及していないが、記事の見出しが” Don’ t give up the ship” としているところから、この両船長の運命を分けたのは、経験でも知識でもなく、偏に「船を死守する」という責任感にあったのではないかと言っているようだ。

 

結語

 我が国においては、平成20年の海難審判法の改正により、海難の原因究明は運輸安全委員会に引き継がれ、海難審判所はもっぱら懲戒を行い、もつて海難の発生の防止に寄与することを目的とする、とされているが、近年懲戒が厳罰化しつつあるとの指摘が外部のみでなく内部の関係者からもなされている。厳しい懲戒を以って事故防止を図ろうとしているかのようだ。

 今回の海難では生存者の高校生をはじめ関係者の証言に基づいた事故の再現ビデオを見る機会があった。再現ビデオにありがちな多少のドラマ性を差し引いてもこれを見るのは辛かった。高校生の恐怖、絶望、夢の喪失、憤懣、怒り、友達を救うための自己犠牲、そして生き残った高校生の心の深い傷、遺族の悲嘆、どれもこれも胸のつぶれる思いである。遺族が死刑を望む気持ちもわからないではない。

 しかし、それでもIFSMA としては言わねばならない。それは被告が誰であっても見せしめのために厳罰を科してはならないということである。政治的な道具としての、あるいは純粋に事故防止のための善良なる意図であったとしても厳罰主義の危険性は、事故を起こした船員が抽象化され、船員一般が事故を起こすかのようにみなされることにある。具体的な船員の仕事や船員に接触したことのない市民が、個人的経験抜きでごく一般的な海や、船舶そして船員の仕事に対する偏見に染まる恐れがある。このような社会情勢のもとで青少年が海に志を立てることができるのであろうか。海上交通の安全は確保されるのであろうか。世界各国の社会生活のインフラそのものである海運を維持・発展出来るのであろうか。憂慮する次第である。

以上

 

参考
 Lloyd ‘s List
 「大英帝国衰亡史」 中西輝政 PHP 文庫
 「ハンナ・アーレント」矢野久美子 中公新書


LastUpDate: 2019-Feb-07