秋の理事会
(一社)日本船長協会 副会長 赤塚 宏一
IFSMA の理事会はロンドンで9 月8 日~
10日に開催されたが、事務局長のCapt John Dickie が8月末で辞任したため、事務局長
不在の理事会となった。筆者も残念ながら理
事会に参加出来なかった。今回は理事会に提
出された文書や議事録案をもとにこの重要な
理事会の模様を報告したい。また辞任した事
務局長から引継書が提出されているので、こ
れを引用しながらIFSMA の現勢を紹介した
い。
IFSMA の現勢
IFSMA の会員は各国の船長協会であるが、
船長協会の組織されていない国に居住する船
長は個人会員として加入するよう勧めている。
現在世界60ヶ国から約11,000人の船長が会員
として参加している。加入している船長協会
は30ヶ国、34協会、そして個人会員が約100
名である。
会員を増やすのはIFSMA にとって喫緊の
課題であり、役員や事務局はそれぞれのチャ
ンネルを使い各国の船長協会にアプローチし
ているがなかなか成果が上がらない。ミャン
マーやヴェネズエラ、あるいはポーランドな
どもIFSMA に興味を示したが、会費の問題
がネックとなって加盟が実現していない。ア
ジアではシンガポールの他、パキスタンが活
発に活動し、IFSMA の総会にも常に参加し、
ペーパーも提出してきたが、つい最近パキス
タン船長協会の大立者のCapt Raffat Zaheer
が亡くなったので今後どうなるのか少々危惧
される。
最近ClassNK の斎藤直樹船長の尽力も
あって台湾の船長協会と連絡がとれ、現在事
務局を通して加盟の勧誘をしているところで
あるが、何とか加盟が実現して欲しいもので
ある。なお、中国には全国的な船長協会は存
在しないもようである。
加盟交渉に当たって問題となるのが会費で
あるが、IFSMA に船長協会として加盟する
場合、年会費はその協会に属する正会員一人
当たり£12( 1 £=¥190として¥2,280)とな
る。船長協会として申告すべき下限は正会員
30名である。新しく加盟しようとする船長協
会に対しては、とにかく加盟してもらうこと
が最優先となるので、最初はこの下限の30名
で申告することを黙認することもある。正会
員が100名を超えるような協会にあっても長
年30名分の会費しか払わないところもあって、
これまた事務局・役員にとって頭の痛い問題
である。実態として適正な会員数を申告し
IFSMA の財政を実質的に支えている北欧諸
国や英国、米国の協会からは毎回適正な申告
をとの呼びかけがある。ちなみに日本船長協
会は現在300名で申告し年間£3,600( 約
¥684,000)を納めている。
なお、個人会員の年会費は年間£60
(¥11,400)である。日本船長協会はIFSMA
の正式メンバーなので、個人が加盟する必要
は無いのだが、日本船長協会も一時期財政再
建のためIFSMA を脱退したことがあり、当
時からIFSMA の役員であった筆者は個人会
員として残るように要請され以来個人会員と
して会費を払っている。
IFSMA の財政であるが、財政基盤は極め
て脆弱でかつ小規模である。創立以来の基金
が£75,000(約1430万円)あるが、それ以外
に財産らしきものは何もない。年間の予算規
模は2015年で£107,340(約2040万円)で、収
入は協会会費が£90,000(約1710万円)、個人
会費が£8,000(約152万円)、残りはわずかな
雑収入、支出は事務所の賃貸料が£15、700(約
300万円)、総会費が£6,000(約114万円)で
ある。総会は招待した各国の船長協会が会場
費や会議費を負担するのだが、IFSMA は答
礼として会期中に一度晩餐会か昼食会を開催
するのである。人件費が£62,000(約1180万
円)、これが事務局長、事務局次長、事務員
の3 人に支払われるのである。事務局長の仕
事量から云って、これはボランティア活動と
云っても差支えないだろう。2015年は事務局
長が8 月末で辞任し、同じく事務員も辞職し
たので人件費総額はさらに少なくなることに
なる。
IFSMA の役員は昨年ノルウェーにおける
総会で選挙があり、会長はノルウェーの
Capt Hans Sande、会長代理はドイツ、副会
長は7 人おり、オランダ、デンマーク、ス
ウェーデン、米国、フランス、アルゼンチン
そして日本である。役員は無論無報酬であり、
理事会・総会など会議出席の旅費・宿泊費は
全て個人負担(出身団体負担)で、会議前後
の飲食代などはまさしく個人負担となる。
事務局長は9 月以降、これまで事務局次長
であったCapt Paul Owen が局長代理を務め
ている。
このように組織としては極めて小さく、も
ろく、か弱い団体であるが、強みは船長の国
際団体であることに尽きる。一船を託され、
乗客、乗組員、高価な船舶と積荷の安全、そ
れに海洋環境の保護という使命を託された責
任重大な船長に対する期待感と信頼感がその
根本であろう。この船長達が会議の場で、あ
るいは国際社会で、長い実務経験と深い知見
に基づく意見を述べ、行動することが期待さ
れているのである。その一つの例がIMO の
諮問機関としての承認である。IFSMA は
1974年に創立されたが、その翌年1975年には
早くもIMO の諮問機関として認められた。
NGO の団体がIMO の諮問機関として認め
られるのには所定の手続きをし、審査を経る
など相当な時間が掛かるのだが、IFSMA の
場合は早くから船長の国際団体の成立が望ま
れていたのだ。この事情は今も変わらない。
現場の最高責任者の知見は何物にも替えがた
いのだ。
IFSMA はIMO の事務局員ともまた各国
代表やNGO とも強い人脈を持っている。
IMO では10月1 日にスリランカ出身の
Captain Ashok Mahapatra がMaritime
Safety Division( 海上安全部)の Director に
就任した。「IFSMA 便り(22)」でも紹介し
たがIFSMA はこのCaptain Mahapatra と
はとりわけ強いつながりがあり、彼は常に
IFSMA の力強いサポーターで理解者である。
IFSMA の理事会にゲストとして参加して、
IMO の動向などを懇切に説明してくれたこ
ともある。Capt Mahapatra は1973年にScindia
Steam Navigation の訓練生となり、1982
年には船長となった。IMO には1998年に加
わり、長らく船員部門で活躍してきた。
筆者もIMO でSTCW 条約のCompetent
Person を務め、各国のホワイト・リストの
審査をしていた時にはよく世話になった。
IFSMA の将来は決して楽観視は出来ない。
会員が増え財政状況が大幅に改善し事務局員
も増え、立派な月刊の機関誌が発行出来るよ
うなことを実現するのは困難だろう。それど
ころかIFSMA を実質的に支えている先進国
の船長協会は会員数の減少に伴い、ますます
財政状況は悪化するかもしれない。しかし、
IFSMA はもともと少数の事務局員と役員達
の使命感やボランティア精神に支えられ、海
事関係者の船長に対する信頼のもとに成り
立ってきたのであるから今後も活動は維持で
きるであろう。願わくは日本船長協会会員の
ご理解とご支持を願うばかりである。
理事会
理事会の議題から二つほど紹介してみたい。
1.IMO の海事大使制度
当協会の小島会長が内航海運組合総連合会
船員対策委員長の上窪氏と並んでIMO の海
事大使に任命されたことを会員諸兄はよくご
存じであろう。まことに名誉なことである。
日本船長協会が長年にわたり実施してきた
「船長、母校へ帰る」「船長、海と船を語る」
という“子供達に海と船を語る” 事業が認め
られたのであろう。
IMO 海事大使とは、IMO が本年創設した
「IMO 海事大使制度」に基づくものであり、
次世代の若者に、自らの経験も交えて、海に
関する職業の魅力を伝え、海の仕事を志す
きっかけを与えること、あるいは海事分野へ
の関心を高めるため、学校等を訪問して海事
分野の職業への啓発活動をおこなうものであ
る。IMO はこの海事大使を海事産業の「ス
ポークスマン」と位置付けており、海事産業
関係者、船員経験者などであって、自らの職
務経験を伝えることが出来る人を海事大使と
して1 名以上任命するよう、IMO 加盟国に
求めている。
この海事大使制度は英国のMerchant
Navy Training Board(MNTB)が行ってい
るCareers at Sea Ambassadors にヒントを
得たものではないかと思うがどうだろうか。
なお、MNTB というのは英国の産学官三者
による船員教育・訓練・技能取得に関する推
進、開発、振興を図る組織である。
このCareers at Sea Ambassadors につい
ては、2014年に日本船長協会が発行した『船
長、母校へ帰る~子供達に海と船を語って15
年~』という記念誌に ” Tell your Children’
s School” というタイトルで紹介したのだが、
ごく簡単に紹介すると船員を始めとする海事
関連職業に従事したOB もしくは現役が
MNTB にAmbassador として登録する。登
録したAmbassador の希望者はMNTB で半
日の研修を受ける。研修はパワーポイントの
使い方、商船教育・訓練機関の情報、また
Ambassador の住む地域の学校や青少年のグ
ループ、団体などの情報が与えられる。この
プロジェクトに登録してAmbassador にな
るとプレゼン用の機材、ビデオソフトやスラ
イドなどの教材が支給される。船社や商船教
育訓練機関のパンフレット、ロゴ入りのペン、
ポスターなども用意される。この研修を受け
た後、各Ambassador は地域の学校や青少
年のグループ・団体などを訪問し、海運業界
に関わる職種について語るのである。
小島会長の海事大使就任は早速IFSMA 事
務局へも伝え、” Good News” として理事会
でも紹介されたが、理事会でもこのIMO 海
事大使制度について議論が行われた。IMO
海事大使を指名出来るのはIMO 加盟国政府
かIMO で諮問機関としての地位を持つ
NGO ということになる。IFSMA は当然海
事大使を指名出来るので、この制度にどのよ
うに関わっていくのか議論されたわけである。
ドイツ出身の会長代理はこれはまことに以
て良い機会だから、是非IFSMA としても指
名してはどうか、具体的な候補者としては、
前任のIFSMA 会長Capt Crista Lindvall(ス
ウェーデン)はどうかと提案した。
これに対してデンマークはまさに良いアイ
デアだ、この際、積極的に参加し、船員を、
そして船長職を売り込んではどうだろう、も
ちろんIFSMA という組織の良いPR にもな
る、別に世界を旅してまわる必要はないし、
IFSMA としても実施可能ではないかという。
しかしオランダはIFSMA のような小さな組
織には荷が重いのではないか、海事大使を派
遣するとなればそのためのガイダンス、事務
量、費用など負担が重すぎて到底実施出来な
いのではないかと懸念を示した。スウェーデ
ンも同様な懸念を示すとともに、訓練生希望
者が増えたとしても、果たして受け入れる
capacity があるのか、座学はともかく、商船
実習では訓練生の船室(Berth)を探すのに
どんなに苦労しているか理事会のメンバーな
ら誰でも知っているだろう、と指摘する。
ここで話は横にそれるのだが、オランダは
この訓練生受入の為の船室については、これ
までもIMO に何度も提案され審議されてい
る、すなわちトン数条約を改正して訓練生の
為の船室はトン数から除外し、もってトン税
を免除する提案があると、説明した。このあ
と喧々諤々の議論となったようだが、結論と
して理事会役員は本件を出身団体に持ち帰り
審議し次回理事会に報告することと同時に各
国船長協会に書状を送り、海事思想普及のた
めにどのような事業を行なっているか調査す
ることとなった。
2.クルーズ客船の医療システム
最近クルーズ客船に実際に船医として乗船
した医師から乗客・乗組員を合わせて5,000
人から6,000人を乗せることも珍しくない船
内の医療システムについて、国際的な基準が
無いのではないかとの指摘があったとの事で
ある。すなわち船医として乗船する場合の医
師そのものの資格や訓練や研修、客船におけ
る医師や看護師の数、さらには病室、医療機
器や常備すべき薬品の種類や数量、乗客の数
や航海区域や航海期間によって、基準を決め
る必要があるのではないかとの指摘である。
クルーズ客船で乗客の食中毒事故はたびたび
起きているし、また新型インフルエンザ等の
疑いにより、入港を拒否され洋上を漂流せざ
るを得ない例も実際に有るところから、この
医師の懸念も当然のことであろう。
船員の健康の保護や、医療について2006年
のILO 海上労働条約ではその第4 章「健康
の保護、医療、福祉及び社会保障による保護」
において、その基本的な考え方や基準やガイ
ドラインを定めているが、詳細な規定は各国
の国内法に委ねている。
例えば医師の乗船の必要性については、同
条約の第4.1基準 4(b)は
「100人以上の人員を収容し、かつ、通常3
日間を超える国際航海に従事する船舶には、
医療の提供について責任を有する資格のある
医師が乗り組む。
国内法令は、特に、航海の期間、性質及び
状況、船内の船員の数等の要素を考慮して、
医師が乗り組むことを必要とする他の船舶に
ついても定める」とある。
この冒頭の部分は英語では
(b) ships carrying 100 or more persons と
なっており、当然乗客も含むこととなる。
IFSMA の理事会では、クルーズ客船の医
療システムについて調査し、必要であれば国
際的な基準や規則を作成することは重要だと
認識するが、専門知識があるわけでもないし、
そのような調査を行う人的資源もない、これ
はIMHA(International Maritime Health
Association 1997年創立、本部アントワープ)
に問題提起をするべきだとの結論となった。
実際に国際的な規則やガイドラインを策定す
ることともなれば、IFSMA としても積極的
に関わっていくこととなろう。