IFSMA便り NO.46

BIMCO ICS グローバル船員需給調査

(一社)日本船長協会 副会長 赤塚 宏一

 

 5月16日I M O におい てBIMCO ICS による 2015年のグローバル船員 需給調査報告書(以下報 告書)が発表された。こ れは5 年毎に発表されて いる船員の需給調査で国 際的に最も権威のあるものである。船員の養 成や教育訓練に関するレポートでは必ず引用 される第一級資料である。今後日本でもこの 報告書について言及され、あるいは詳細な紹 介が行われると思うが、まずは概略を紹介し てみたい。なお、本稿は報告書要約に基づい て書いたもので全文が掲載された報告書もす でに発行されており、直ちに注文をしたもの のこの原稿を書いている時点では入手出来て いないので、このIFSMA 便りはプレス・リ リースや業界誌/紙によったものであること をお断りしておく。  前回は2010年12月に発表されたので当会の 月報“Captain” の第401号(平成23年2 ・3 月号)に紹介したが、今回はなかなか報告書 が発表されないのでいささか気になっていた ところであるが、調査方法を見直し新しい手 法を導入したとのことで時間が掛かったので あろう。
 この報告書の由来などについては月報第 401号にて説明したところであるが、復習し ておく。  BIMCO とはBaltic and International Maritime Council の略語で和名はボルチッ ク国際海運協議会であるがビムコと呼び慣わ されている。1905年に発足の“The Baltic and White Sea Conference” が前身。メン バーは、船社はもとより、船舶代理店を含む ブローカーの他、PI 保険等を含む「クラブ メンバー」や船級協会や海事法律事務所、損 保や銀行等海運に関心のある「準メンバー」 により構成されている。BIMCO の事業とし ては、傭船契約等書式の標準化が有名である が各種外航海運データ、情報等も発信してい る。。IMO の諮問機関の一つでありIMO に 対して意見を開陳する。本部はデンマークの コペンハーゲンにある。
 ICS はInternational Chamber of Shipping のことで和名は国際海運会議所。各国船主協 会を会員として1921年に設立された組織で、 本部をロンドンに置く。1948年に現在の名前 に変更された。日本船主協会は1957年4 月に 加盟。自由主義海運を標榜するとともに、船 主の利益を擁護・代表し、商船隊の発展を促 進させることを目的とする団体。海洋環境保 全、船舶航行安全、海事法制、情報システム 等に関し具体的な検討を行い、IMO 等にお いて海運業界を代表する組織として活動して いる。
 この調査にはDearsley Maritime Consulting Ltd と大連海事大学もProject Team の 一員として参加ししている。Dearsley Maritime Consulting Ltd というのはICS の姉妹 団体であるISF(International Shipping Federation 国際海運連盟)で長らく船員問 題の事務局員を務めた船員問題の掛け値なし の権威であるDavid Dearsley がISF を退職 後の2009年に船員問題に関するコンサルタン ト会社を作り、欧州連合船主協会や英国船主 協会などの船員問題のコンサルタント業務を 提供しているようである。もちろんこのグ ローバル船員需給調査には初回からその中心 的役割を担ってきた。また大連海事大学は前 回2010年の調査から参加したと記憶している が、大連海事大学が参加したことから中国関 係のデータの精度が増したと言われている。 今回の調査で中国がフィリッピンを押さえて 世界一の船員供給国となったそうだが、大連 海事大学の参加と関連があるのかどうかは筆 者にはわからない。
 この両団体による国際的な船員の需給調査 は1990年に始まり、以後5 年ごとに調査結果 を発表している。今回の2015年の調査は第6 回目となる。筆者も4 回ほどSteering Committee の委員として調査に参加した。

 

1.船員の現在数

 さて、今回の調査報告は少々衝撃的である。 具体的な数字から挙げて行こう。まず世界の 船員数である。この報告書は次のような表を 挙げている。

 今回は2010年までの定義や調査手法が若干 変わっているので、この数字を直接比較する のは少し問題があるとしながらもあえて過去 10年のデータを挙げている。ICS/BIMCO の 調査に先立つ2015年6 月のDrewry Shipping Consultant 社の数字は職員が615,000人で部 員を加えた総数も140万人程度だが、今回の 調査では全体でも2010年と比べて276,500人、 20%増加し船員の総数は1,647,500人となって いる。職員については150,000人、24%の増 加となって、ここ数年で職員の供給がかなり 増えたことをしめしている。
 この船員の現在数は各国政府に送った質問 票に基づくもので原データは200万人以上の STCW条約に基づく海技免状や船員を扱って いるとのことで、それを調査目的に沿って加 工している。一方船社等に送られた質問票は 船員供給の構成や国籍、職位、年齢及び性別 などを収集する目的である。

 

2.船員の需要

 船員の将来の需要の推定には、世界の商船 隊の規模、乗組員数、待機船員の比率などを 推定する必要があるが、次のような資料を用 いた。
(1) 世界の商船隊の規模
 これはIHS Fairplay のデータを使用 した。IHS Fairplay とは130年以上の伝 統のある英国の海事関連の業界誌の出版 や海運関連データの調査分析を行ってい る会社である。週刊誌であるFairplay は同じく英国のLloydシs List と並んで最 も権威のある海事関連の業界誌である。 商船隊の内容は船型は13船型/分野に区 分した。さらに調査目的に沿うような適 切なトン数で区割りをした。
(2) 平均的な乗組員数
 これを推定するにはシンガポールの海 事港湾局(MPA)がファイルしている 乗組員名簿を使用した。シンガポールは その地理的な位置及び貿易港としての性 格から調査目的に最も適当と判断された。 これはあくまで平均的な乗組員数である。
(3) 待機要員
 これは休暇や研修で陸上にいる船員の 数で乗船中の乗組員数との比で示した。

 調査の結果は職員については常時ほぼ60% が乗船中であり、40%が陸上で待機しており、 部員では約70%が乗船中である。
 そして次の表の数字を得ている。

 報告書では船員の総数の他に11の船種別の 船員の必要数がパーセンテージで示されてい る。すなわち一般貨物船が27.5%、バルクキャ リア19.6%、オフショア支援船10.2%、コンテ ナ船8.5%、客船8.1%、ケミカル船7.8%、タン カー(プロダクト)6.8%、タンカー(原油)5.2%、 タグ3.0%、LPG 船2.2%、LNG 船0.9% である。

 

3.需給ギャップ

 1. 及び 2. の数字から2015年のギャップ(職 員が16,500人 2.1% 不足)は明らかである が、この調査は2020年及び2025年の需給 ギャップも発表しており下に示すが、この将 来のグローバルな船員の需給予想こそが、こ の調査報告書の最も重要な数字である。

 この表をみると10年後の2025年には14万7 千5 百人、ざっと15万人の職員が不足すると の予測である。これはこれまで発表された予 測値と比較すると大きな数字である。
 この数字の出てきた前提は船員の供給につ いては、現在の教育訓練の規模と離職率(辞 職や定年退職による船員の減耗率)に基づい ている。船員需要については2020年及び2025 年の商船隊の規模予想をベースにこれに船種 /船型ごとに平均的な乗組員及び陸上待機船 員の比率を用いて推測したものである。なお、 予測にあたり、九つのシナリオに基づいて シュミレーションを行い、最も可能性の高い 数字を採ったという。世界の職員供給は着実 に増加すると予測されるものの需要増加には 追い付かないとみられている。管理職レヴェ ルの機関士とケミカル船、LNG 船、LPG 船 などの特別な技能を必要とされる船舶の職員 は特に不足している。なお、この報告書要約 には部員の将来予測には触れられていないが、 現在でも約119,000人(15.8%)が余剰であり、 2010年からわずか1 %程度しか需要が増加し ていない現状からして将来的にも供給が需要 を相当上回るものと思われる。

 

4.船員の供給国

 船員の供給国については各国政府の主管庁 による回答と船社/管理会社による回答に基 づいた表を掲げている。
(1) 主管庁

(2) 船社/管理会社

 中国が船員供給国の首位に踊りでたものの 引続き国際的な供給源となりうるのかは疑問 とする声もある。

 

5.その他の事実

 報告書は女性の船員は全世界で1 %程度で あろうと推定している。女性船員の数につい ては十数年前からILO などで1 ~ 2 %程度 と言われており、未だ実態はなかなかつかめ ないようだ。
 新人職員の養成については2010年に現職の 職員10人に対して1 人の訓練生が採用されて いるとしたが、2015年には現職職員7 人に対 して1 人の訓練生が採用されており大きく改 善されたと伝えられている。2005年には20人 の現役職員に対して1 人の訓練生しか採用さ れていないと推定されていたのであるから、 確かに船員の養成は確実に進展しているとい える。加えて訓練生の85%が養成コースを終 え職員の資格を取っている事実は海運界が適 切な人材を採用している証左だとしている。 職員の年間の離職率(減耗率)も改善し、2.3% から2.4%と見積もられている。
 また、この報告書は船員の年齢構成や海上 生活の満足度の調査をしているが、報告書要 約には細かな数字は発表されていないので、 いずれ稿を改めることとしたい。中国以外の 船員は多くがHappy もしくはSatisfied とし ており、また中国船員は大部分がSatisfied としていることは結構なことである。70%の 船員が下船しても乗船したいと思えば3 ヶ月 以内に新しい職場(乗船)が見つかると信じ ており、また25%は3 ヶ月以内に同じ職場で 再雇用されると信じている。これは船員側の 売り手市場が続いていることの恩恵であり、 その意味で海上労働は魅力的な職場なのであ る。職を得ることの容易さに加えて2006年に 採択されたILO の海上労働条約が海上にお ける労働環境の改善や向上に役立っているこ とも多くの船員が満足している一因であると 信じたい。

 

6.海運業界紙/誌によるコメント

 報告書が発表された翌日の報道では10年後 には約15万人の職員が不足するとの危機感を 正面に押し出した記事だったが、報告書の分 析を経て論調が少し変化したように思える。 とは言え現在の職員の不足数16,500人は何と 遣り繰り出来ようが、10年後の15万人の職員 が不足という状態は海運界のみならず官庁・ 教育機関・労組などの関係者が一致協力して 取り組まねば深刻な問題を生じるだろという 懸念に変わりはない。
 英国/オランダの船舶職員組合である Nautilus の事務局長であるMark Dickinson はこの報告書について「海運界は世界商船隊 に乗り組む適切な数-及び高質の-の船員を 確保し維持するという重大な挑戦に直面して いることを示している。船主はこの事実を銘 記し、海運界が必要とする安全と効率的な運 航を遂行する高い能力を持った人材に投資す ることがもっとも重要である」と言っている。
 5 月20日付の“Trade Winds” は’Crewing crisis? What crisis?’ と題してこの報告書を 論じている。10年後の15万人の職員が不足す るという予測は重大であり、さらに2020年に はLNG 船に乗船できる資格/技能を持った 職員の要請は60%増加し、LPG 船は25%増 加する、と紹介している。また2010年の STCW 条約のマニラ改正が本年末に発効す ることにより海技資格証書の更新が厳格化し、 船員市場に混乱が生じる恐れのあることも指 摘してしている。もちろん安易な観測は慎ま なければならないが、過去20数年以上にわた り、膨大な数の訓練生を採用し、教育し訓練 してきた海運界/海事社会の実績は今回の大 きなチャレンジにも立ち向かい克服する叡智 があると信じていると述べている。
 6 月9 日付のFairplay はこのBIMCO/ ICS の報告書は技術の急速な進歩による配乗 形態の変化を無視したようであるとし、同じ く本年発表され2025年をターゲットとした船 級協会 DNV GL の技術報告書に触れてい る。これは人工知能、情報技術やビッグデー タ解析が船舶の運航や海事産業に及ぼす影響 と変革について考察したもので当然のことな がら船舶は今よりも少ない乗組員で運航され ることを予測している。
 この二つの報告書についてFairplay は同 じ年に発表され同じ年(2025年)をターゲッ トとしているが非常に異なった観点から物事 を見ているとし、一つは船員の働き方を変え る技術の役割を無視し、他方は新しい技術を 用いる船員の責任を無視しているとしている。 もし双方のProject Team が交流しあるいは コラボをすれば、予想されるような膨大な船 員の不足に対してこれを真に憂慮すべきこと なのか、克服することが出来ることなのか もっと判断しやすい立場にいることが可能 だっただろうと指摘している。
 これに対してLloydシs List のコラムニスト のMichael Gray は5 月23日付の同紙で「こ のBIMCO/ICS の報告書は賢明にもこのとこ ろのfanciful(夢物語?)な話題である自律 船を無視している。そしてそのような技術的 発展が予見可能な将来の船員の供給や需要に 影響を与えることは考えにくいと現実的な結 論を得ている」としているが、続けて技術の 進歩が船員に追加の技能やまったく新たな技 能を要求する可能性があると警告している。 これは採用担当者がどのような専門知識ある いは技能を持った人材を採用すべきか考慮す る必然性をもたらすだろうとも言っている。 そして最後に「この報告書の示すメッセージ は一貫しており、今一度新人の採用と雇用の 継続性に焦点をあて、海上における労働環境 の改善や船員のキャリアアップのためのどん なささいなこともおろそかにすべきでないこ とを強調している。」「この報告書の明示する 警告をもし海運・海事産業界が無視するよう であれば、結果は明白である」と結んでいる。

 

 


LastUpDate:2017-12-07