イスタンブール総会・理事会査
(一社)日本船長協会 副会長 赤塚 宏一
今年の総会は
5 月下旬トルコ
のイスタンブー
ルで開催された。
最近のトルコは
大規模なテロに
クーデター未遂、
国を揺るがすよ
うな出来ごとが
立て続けに起こ
り多数の死者も出た。一歩間違えば巻き添え
をくう可能性もあり、背筋が凍る。クーデター
未遂の結果としてエルドアン大統領が非常事
態宣言をして強権政治に傾斜するなか、トル
コのみならず中東の政情はますます不安定化
するであろう。
トルコでは4 月に連続してテロが発生した
こともあり、トルコで総会を開催することに
ついて治安状況を危ぶむ声もあった。IFSMA
事務局の治安を懸念するメールに対し
てトルコの船長協会はそれならパリではテロ
はないのか、ロンドンは安全と言えるのか?
などとのやり取りがあった。結局フランスと
アメリカの船長協会は代表を送るのを取りや
めた。フランスは昨年末のパリのテロのため
神経質になっており、またアメリカはとかく
アメリカ人はテロの標的になりやすいとの懸
念からである。来年の総会の開催国として名
乗りを上げているアメリカは総会で開催のプ
レゼンの予定があったので残念であった。
日本船長協会も少々躊躇したが、IFSMA
事務局次長から是非出席してほしいとの個人
的な要請もあり出席した。確かにトルコの警
戒は厳重で空港や駅やフェリー・ターミナル
などに警官の姿が多く目についた。バザール
などの入り口では金属探知機での検査もあっ
たが、少々驚いたのはホテルの入り口にも金
属探知用のゲートがあり、ホテルの出入りに
は必ずこのゲートをくぐらねばならぬのには
いささかうんざりした。しかし総会の2 週間
後には観光客も多いイスタンブール旧市街で
「クルディスタンの鷹」によるテロが発生し、
少なくとも11人が死亡し36人が負傷したとい
う。そして国際空港でのテロ、クーデターで
ある。特に国際空港でのテロは現場の様子も
よくわかり、また日本への航空機の発着は深
夜でテロの発生した時間帯には現場に居たこ
とになり、ひとしお恐ろしさを感じる。
総会の冒頭の挨拶でトルコの外航船長協会
の会長であるCapt.Mehmet B.Bayrakdar は
トルコでIFSMA の総会を開催出来る事は大
きな名誉であり、また船長協会としての責任
でもあると述べ、続けて治安が懸念されるな
か、15ヶ国から総勢50人にも上る参加者が
あったことは国際社会で活躍するIFSMA へ
の強い支持であることは勿論、国際的テロに
対する我々の不屈の精神を示す表れでもある、
そしてIFSMA の海上安全に対する連帯と団
結を示すのであると挨拶した。
総会はかつては総会を開催したこともある
IFSMA の有力メンバーである南アフリカ船
長協会とこれまで欠かさず総会に出席してい
たパキスタン船長協会がIFSMA を脱退する
といういささか厳しい状況のなかの開催で
あった。
審議されたいくつかの議題や講演の中から
興味のありそうなトピックについて書いてみ
たい。
五つの挑戦
今後のIFSMA の活動方針として、理事会
のワーキング・グループが策定し、提案した
ものである。
すなわち
1.船員の能力と技能の向上
IFSMA 会員の豊富な経験と知識を活用し て、船員の技能・能力のどこに問題があるの か、弱点があるのかを見極め、それを海事教 育やSTCW 条約の改正に反映させる。 船長が部下の船員のメンターとして、積極 的に活動出来るような環境を整備する。
2.船長の犯罪者扱い
国際規則及び国際社会に対して船長の犯罪
者扱いを不当なものとして強く訴える。
船長の法的保護のための保険制度の確立を
再度試みる。
3.「未来の船」の運航における船長の役割
「未来の船」の運航に関し、船長の船上で
また陸上での役割を確立する。
「未来の船」の開発と運航に影響力を行使
する。
「未来の船」に関するIMO 規則の制定に
影響力を行使する。
4.安全管理
配乗及び定員基準の改善
当直体制の改善に努力( 6 時間当直/ 6 時
間休息制の廃止)
船長の当直体制からの解放
船長の事務作業の軽減化について理解を得
て促進
海運界がISM コードに謳われる目的と責
任についてより深い理解を促す
5.広報活動及びコミュニケーション戦略
会員である船長と情報を共有し、IFSMA
が船長を代表する国際的な声であると公認さ
れるよう努める
IMO においてIFSMA が11,000人もの船長
の豊かな経験と知識を蓄積した団体であるこ
とを認識させるよう努める。
これら「五つの挑戦」は審議のうえ、今後
のIFSMA の活動方針として全会一致で採択
された。これらは単にIFSMA だけの問題で
もなく、他の船員関係団体も関連する問題も
あることから緊密に連絡をとりながら進めて
いくことも確認された。個々の内容について
は必要に応じ適宜説明することとしたい。
自律船
“Smart ships
Back to the
future” のタイ
トルのもとに
自律船につい
てプレゼンを
行ったAllan Graveson は英国の船舶職員組
合Nautilus の事務局員であるが、組合員の
労働形態に大きな影響を及ぼすであろう自律
船について極めてオープンかつ前向きな態度
でプレゼンに臨んだ。このことは自律船に対
する欧州各国での取り組みの方向性や雰囲気
を示しているように見えた。
まずは長々と続いた饒舌なAllan のプレゼ
ンの要約を紹介しよう。
「“Autonomous” もしくは “Smart”(semiautonomous)
船舶という概念は特に最近
方々で議論されるようになった。正確な用語
の定義はまだ定着していないが、“Autonomous”
船舶は船員が乗船しないで(完全な
無人化)高度なIT 技術などを利用して運航
される船舶、一方“Smart” (semi-autonomous)
は極めて限定された船員が乗船しIT
技術などを利用して運航する船舶と言える。
(筆者注;“Autonomous” は自律船、“Smart” (semiautonomous)
は準自律船と訳しておく。)
これは休暇や研修で陸上にいる船員の
数で乗船中の乗組員数との比で示した。
歴史を振り返れば、技術革新は遅々として
進まなかったり、ブレークスルーがあり飛躍
的な技術革新もあった。それにより社会は良
きにつけ悪しきにつけ大きな影響をうけて来
た。この自律船あるいは準自律船就航の可能
性が見えてきた現在、これにいたずらに抵抗
するのは無駄であり、積極的に取り込み一般
社会や関連業界で働く人間のための有益なシ
ステムになるように働きかけるのが最も良い
選択肢であることは歴史が教えるところであ
る。
残念ながら海運業は過去において技術革新
において保守的であった。それは海運が資本
集約型産業であり、そのリスクは常に巨大で
あり、船主は新しい技術や技法に保守的にな
らざるを得なかったのであろう。自律船の経
済性は極めて厳しく、その莫大な投資に見合
うリターンが得られるのは相当先のことであ
ろう。しかし、今や状況は大きく異なる。こ
の技術革新の大波は誰も止められない。海運
界とて例外ではない。IoT の急激な発達や通
信技術の飛躍的な発展により機器自体の信頼
性や経済性は大きく向上した。空にドローン
が飛び交い、陸にはロボットカーが一般道路
を走ろうかという時代に海上で無人化船が動
けない理由はない。
海事教育や海洋工学などで有名な英国のサ
ザンプトン大学のミッション・ステーツメン
トには「0柔軟な教育、それはこれまで考え
られもしなかった職業に対して学生を訓練す
ること0」とある。実際のところ大学は将来
の職業を創造しているといえる。
自律船はさておいて、まず手始めに準自律
船が動き出すであろう。大西洋を横断するコ
ンテナ船を考えてみたい。乗り組むのは先任
船長と2 人の次席船長、そしてこれらの船長
をサポートする3 人の船舶職員、電気技士及
び調理/ 医療担当職員の計8 名が考えられる。
この準自律船は両大陸から運航に関して手厚
い支援が行われる。機器の整備、保守点検、
遠隔診断、出入港/ 係留作業の支援、事務手
続きなどはすべて陸上で行われる。
自律船はさておいて、まず手始めに準自律
船が動き出すであろう。大西洋を横断するコ
ンテナ船を考えてみたい。乗り組むのは先任
船長と2 人の次席船長、そしてこれらの船長
をサポートする3 人の船舶職員、電気技士及
び調理/ 医療担当職員の計8 名が考えられる。
この準自律船は両大陸から運航に関して手厚
い支援が行われる。機器の整備、保守点検、
遠隔診断、出入港/ 係留作業の支援、事務手
続きなどはすべて陸上で行われる。
もちろんITF(国際運輸労連)は当然の
ことながら現在の船員の雇用に大きな脅威と
なるとみなしている。船主団体であるICS(国
際海運会議所)は沈黙を続けているが、これ
は通常しぶしぶながら受け入れる兆候であろ
う。何しろ必要とされる投資に比べればそれ
によって削減できる乗組員の数などは物の数
ではないからである。もちろんすぐに受け入
れるというわけではない。
海事団体はどうだろう。Nautical Institute
(国際航海協会)は自律船についてコンファ
レンスを開催した。もっともなことであるが、
現在のところはっきりした方向性は打ち出せ
ていない。現在のところ海事社会はどうも否
定的な意見が多いように見える。まるで歴史
の教訓を忘れたかのようだ。
それでは船員としてどのような立ち位置を
取るべきであろうか。変化は起きる。単に変
化を受け入れるのみでなく、それを課題とし
て取り組み、良い方向へ向けるよう努力すべ
きであろう。自律船は技術的に可能だとして
も、国際航路に就航するには国際的な法制度
あるいは行動規範など解決すべき課題は多す
ぎる。内国航路であれば法制度も行動規範も
国内で解決できるであろう。準自律船であれ
ばそれはさらに容易であろう。こうして一歩
ずつ取り組み、そこに船員の知識・経験を活
かし、さらには新しい職場を創造することが
必要だ。もしこの自律船や準自律船の就航と
いう大きな変化をうまく管理し利用すれば、
船員にとって船上生活は快適でやりがいのあ
るものとなり、また海上や陸上で高い技能に
裏付けされた新しい挑戦的な仕事が生み出さ
れるであろう。」
今後のIFSMA の活動方針の「五つの挑戦」
でも取り上げたが、欧州では船長として積極
的に自律船の開発やその運航方法、そして予
想される関連法令の策定や改正、さらには行
動規範や乗組員あるいは陸上運航要員の教
育・訓練などの分野に関与していこうという
姿勢が強い。
質疑応答の時間でも明らかになったが、
2015 年に終了した 欧州連合のプロジェクト
” M U N I N” やその後の船級協会やR o l l s
Royce のプロジェクトを踏まえて欧州の主要
な海運国の殆んどが自律船に関する何らかの
委員会を立ち上げ種々検討を行っているよう
である。
また事務局長のJIM によるとこの総会の
直前に開催されたIMO の海上安全委員会で
中国代表団から、自律船の就航に備えて海上
衝突予防法の改正が必要となる、ついては中
国が主催する非公式なグループに加わらない
かとの打診があったそうである。Jim はIFSMA
代表として英国における自律船作業部
会に参加する意向を示し総会で合意された。
英国のみならず各国のこうした作業部会に参
加するにはIFSMA としての統一見解をもつ
必要があることは言を俟たず、まずIFSMA
内に早急に本件に関するワーキング・グルー
プを立ち上げ、IFSMA としてのポリシー・
ペーパーを策定することとした。
総会開催方式に関する提案
会長代理であるドイツのCapt.Wittig は
IFSMA の総会が海事社会の関心を集めない
のはまことに残念である。IFSMA の顔が見
えない。これは総会の開催方式に問題がある
のであり、現在の総会はIFSMA 会員のみの
内輪の会合でしかなく、審議され討議される
内容を考えると外部に認知されないのはまこ
とにもったいない話である。そこで新しい総
会方式を提案したものである。
その提案の骨子は2 種の総会形式とする。
すなわち偶数年はIFSMA の事務処理事項で
ある過年度事業及び会務報告の承認、収支決
算報告及び予算の承認及びその他の報告事項
などいわゆるHouse keeping matter に絞り、
レセプションやディナーなどは極力簡素化し
総会は1 日で終わる。こうすることにより費
用も事務局の労力も節約出来る。
奇数年度は2 日半かけて総会を開催し、2
日間は船長に直接関連するかあるいは船長及
び船員の最も関心の高いトピックを中心に海
事社会向けのInternational Congress(国際
会議)を開催するというものである。
この提案に対しては全般的に賛成・支持の
声が多かったが、問題点も指摘された。半日
はIFSMA の議事に費やすとして、2 日間の
国際会議を開催するのは並大抵の仕事ではな
い。労力・時間・人手、そして何よりも金が
いる。IFSMA のささやかな財政では国際会
議開催に振り向ける余裕など全くない。スポ
ンサーを見つけるといっても船長や船員を主
たる対象とするようなマーケットなど極めて
限られている。またたとえスポンサーを獲得
したとしても国際会議運営にあたりスポン
サーの意向も汲まねばならず、その契約自体
も一仕事である。評価が確立しているような
国際会議であれば一定数の参加者も見込まれ
参加料も計算できるであろうが、新しいセミ
ナーでは多くは期待できないであろう。
Capt. Wittig は2008年IFSMA 総会をブ
レーメンにて開催するにあたり、“ 1 st International
Ship-Port Interface Conference” と
題する国際会議を主催した。彼が准教授とし
て勤務するブレーメン工科大学のホールを使
い、主としてヨーロッパの海事関係の産官学
の識者を集めた講演会である。筆者も2007年
日本船長協会が発表した「便宜置籍船におけ
る海事保安事件(密航者事件等)の処理と問
題 調査研究報告書」をベースに講演を行っ
た。この講演会そのものはそれなりに成功し
たようであるが、財政的には損失が大きく、
Capt. Wittig が所属する商船学部が穴埋めを
することとなり、長らく肩身の狭い思いをし
たと本人が語っていた。筆者も “Oxford-Kobe
International Maritime Seminar” と題する
国際セミナーに2 回かかわったが、大変な労
力を要する仕事である。
別の問題として、偶数年はIFSMA の会務
にかかわる議事を主とする総会とすると理事
会とあまり変わりはなく、参加者はごく限ら
れるであろう。会場からもこれまで通りの総
会を望む声も少なくなかった。残念ながら
IFSMA は情報発信力は強いとは言えず、会
員が交流し、意見を交換し、研究成果を発表
する機会は総会しかない。
本件は持ち帰り検討し、来年の総会で採否
を決定することとなった。この問題について
は、必要であれば日本船長協会の理事会にも
上げるが、まずは事務局とよく相談したいと
思う。
日本船長協会の教育用DVD
恒例の日本船長協会の教育用DVD「BRM
の効果的な実践に向けて ~ あなたのBRM
はこんなことになっていませんか?~」(For
Effective Practice of the BRM ~Are you
sure about your BRM?~)のプレゼン(紹介)
を行った。予想していたように非常に好評で
あり、例年と同様にこのDVD の入手方法に
つき質問があり関心の高さが示された。日本
から持参したDVD を一つはIFSMA 会長に
他の一つは総会のホストであるトルコ外航船
長教会に寄贈して喜ばれた。
自律船舶のプレゼンを行ったAllan Graveson
は最初に日本船長協会のDVD を見たの
は「荒天追波中の運航方法」だと思うが内容
をよく覚えている。コマーシャル・ベースで
作ったDVD は印象が浅いが、日本船長協会
のDVD は当事者が自ら作成するもので素晴
らしいと最大限の賞賛の言葉をくれた。IFSMA
としてBRM の重要性を今一度認識すべ
きとの意見もあった。
総会終了後、ラトヴィアのCapt. J.Spridzans
は自分は現役の船長であるが、休暇中
は商船大学のBRM 訓練の講師をしている、
このDVD の内容は私が訓練中に受講者に対
して強調するところで、素晴らしいDVD と
言ってくれ、日本船長協会代表として非常に
誇らしい気持になった。
このDVD 作成に当たった川崎汽船研修所
講師の伊藤耕二船長を始め関係者の皆さんに
改めて敬意を表したい。