IFSMA便りNO.62

船内労働・居住環境に関するSIRC レポート

(一社)日本船長協会 副会長 赤塚 宏一

 

 英国のカーディフ大学にSeafarers International Research Centre(以後SIRC)「国際船員研究センター」と呼ぶ研究所がある。カーディフ大学社会学部に属しているこの研究所は1995年に創設され、船員にかかわる全般的な調査研究を行っているが、とりわけ船員の職業病と安全に重点をおいている。この研究所は修士及び博士課程を擁し、数的には必ずしも多くはないが世界各国から船員問題の研究のために学生が集まっている。
 日本財団はここの学生にも奨学資金を提供しているのであるが、この育英制度の評価を依頼されて、原 潔元神戸商船大学学長とカーディフまで出張したことがある。その当時は現在スウェーデンにあるIMO の世界海事大学(WMU)の准教授である北田桃子さんが博士課程に在籍していて、評価や調査に力を貸してくれたことがあった。
 このSIRC は多くの調査報告書を発表しており、筆者にも年報が送られて来たり、セミナーや報告書の発表の連絡があったのだが、ここ2 ~ 3 年それが途絶えていた。筆者も敢えてSIRC のホームページを見ることもなかったのだが、昨年末久しぶりにE-MAILが送られてきて最新の調査研究報告書の案内があった。SIRC のホームページを開いてみると多くの研究報告がなされている。そのため今回はその最新の調査研究報告書の一つを紹介することとした。


“The working and living conditions of seafarers on cargo ships in the period 2011-2016”

「2011年から2016年における貨物船上の労働環境及び居住環境」(以後報告書)



 これは2018年10月に発表された報告書で著者はDrHelenSampson,Mr.N.Ellis,DrI.Acejo,Mr.N.Turgo,Mr.L.Tangである。筆頭著者のDrHelenSampsonはこのSIRCの所長で旧知の知人である。彼女は産業心理学が専攻で、海運・船員問題とは全く関りがなかったが、ある時、船員関連の研究プロジェクトに手助けを頼まれ、そのまま船員問題にのめり込んだという。
 この報告書は2011年に調査され、2012年に発表された報告書と今回2016年に調査された結果を対比した報告書となっている。すなわちこの5 年間でどのような変化があったのかを報告するのを目的としている。そのため前回の報告書で詳述した騒音や振動、照明や居住区のデザインなどが船員の生理的、心理的にいかに重大な影響を及ぼすかなどについての説明は省略している。
 この報告書を読んで衝撃的であったのは、居室のサイズや個人用ロッカー、個人用の衛生設備の有無、騒音や振動などに関して、日本で建造された船舶は韓国や中国で建造された船舶に比べて劣り、船員の満足度がもっとも低いことである。騒音について中国製と日本製では韓国製と比べて騒音に悩まされると答える船員が多い。これは2011年の調査でも今回の2016年の調査でも殆ど変化はない。この報告書を読む限り日本の造船所で建造される船舶はこと居住環境については安っぽい船という印象を免れない。
 1980年代に海外売船された日本の貨物船に何度かスーパーカーゴーとして乗船した経験があるが、ギリシャなどの欧米の船長は居住区の貧弱さをよく嘆いていた。また日本の仕組船を業務で訪船した際には、韓国人の一等航海士から、「仮にも一船を預かる船長にこんなに狭く見すぼらしい船長室しか用意しないのは許せない」と強く抗議された覚えがある。船長本人は何も言わなかったが、苦い記憶として残っている。当時は仕組船スペックと称して、居住区は一段も二段もグレードを下げていたようである。いまだにこのような船舶が日本で建造されているとすれば嘆かわしい。乗組員にしわ寄せしても船全体のコストパフォーマンスが上がればそれで良しとするのであろうか。


1.調査手法

 調査の方法はもちろん Questionnaire(以後質問票)の送付によるアンケート調査が主で回答数は2011年は1533人、2016年は1537人となっている。対象とした船舶にはオフショア構造物も含まれているが、クルーズ客船の船員は含まれていない。質問票の送付及び回収にはSIRC の調査員はもちろん、英国、フィリピン及び中国におけるシーメンズクラブが関わった。2016年の質問票は2011年のそれと基本的には同じだが、その後の社会一般の変化に応じ幾つかの新しい質問も加わった。質問票は英語だが、中国人向けは北京語に翻訳されて送られた。


(1) 船員
 職位、また彼等が乗船して居る本船の船種、船齢やトン数などのデータが示されていないのが残念である。また航行区域や航路についても記載はない。この報告書には資料編が別途公表されているかと思うが、ネット上では見当たらなかった。報告書でわかるのは船員の国籍は英国、中国、フィリピン、インドなどが主であること、また年齢構成は2011年と2016年と大きな差はないというものの、船員の平均年齢は2016年には31.68歳であるの対し、2011年は33.04歳であった。これについてさらに深く分析した結果、2016年には60歳以上の船員が大幅に減っていること、そして顕著とは言えないが40歳以上の船員も減少していることが分かった。船員の若返りが進み、それにつれて平均として海上における経験年数も減っていることになる。これは海運界における一般的な傾向と言えるのではないだろうか。女性船員の数はあまり変化がないという。


(2) 船舶
 対象となった船舶が建造された造船所は2011年において日本:33%、中国:23%、韓国:17%、その他の国が27% であったが、2016年には中国:34%、日本:24%、韓国:16%、その他の国は26% と大きく変わったとしている。また船齢の平均値は2016年:9.04年、2011年:10.485年と若干若返っている。


(3) 船籍及び船主
 これは2016年の質問票に初めて加えられた
もので、報告書に表があるのでここに掲げる。

Top 10 Flags of Vessel( 2016 only)

Flag of VesselFrequency%
Panama28520.0
China21214.9
Hong Kong1127.8
Singapore996.9
United Kingdom916.4
Marshall Islands876.1
Liberia845.9
Bahama634.4
Malta453.2
Bermuda352.5
Others31421.9
Total1427100.0

Top 10 Nationalities of Shipowners/Principals(2016 only)
Nationalities of
Shipowners/Principals
FrequencyValid %
China32923.3
Japan14810.5
Greece1178.3
United Kingdom1148.1
Germany835.9
Norway604.2
Singapore553.9
United States533.8
Taiwan503.5
Denmark483.4
Others35625.1
Total1413100.0


(4) データの処理
 回収されたデータには綿密な統計処理が施されており、統計上有意水準にあるかどうかがかなり厳密に考察さている。これには統計学上の手法、クラメールのV 値、p 値、コーエンの d 値、これに基づく Effect Size( 統計的に有意な効果量 「差の程度を表すもの」)などが計算されている。これらの数値はI B M の統計解析用のパッケージ・ソフトSPSS20で比較的簡単に計算されるようであるが、報告書を読む方にとっては、これらの数字はいささか煩わしい。しかしこれは、今回の調査に見られるような多くの要素、すなわち船員の職位、年齢、国籍また船舶のトン数、船種、船齢、船籍などをクロス集計するので、よほど慎重にデータを吟味しなければ、船員が今の労働環境に満足しているなどとは判断できないであろう。



2.調査の結果

 主な項目について順次説明したいと思うが、雇用契約やインターネットなどの通信環境は少しずつ改善されているが、船員の精神衛生に大きな影響を及ぼすレクリエーション関連の施設や設備、上陸の機会、あるいは仕事にともなうストレスなど配慮すべき点はなかなか改善が進まない。当然のことながら新しい船ほど、また大型船であるほど居住環境の良いのは言うまでもない。船内労働環境の改善は社会一般の生活水準が上がり、多少とも船舶も追随したのであろうが、この報告書では一切触れていないが、筆者はILO の海上労働条約の発効が大きな影響をもたらしたと思う。
 海上労働条約(M L C)はジュネーブのILO(国際労働機関)にて2006年2 月に採択され2013年8 月発効した。これは1920年以降に採択された海事分野の68の条約・勧告を統合し、更新する条約で、労働組合側は船員の「権利章典」と呼んでいる包括的な海上の労働基準である。これまでILO の条約は番号を付けて呼ばれていたが、海上労働条約はその包括性を象徴するように、これまで採択順に付されていた通し番号が付されていない。 条約は船舶で働く船員のための最低限の要件を定め、雇用条件、労働・休息時間、居住設備、レクリエーション用の設備、食料及び料理の提供、健康保護、医療、福利厚生、社会保障に関する規定を含むが、まさしくこれはSIRC の調査する項目である。
 そして条約には旗国の管轄権及び監督義務、船上及び陸上における船員の苦情申立て手続きの整備、船主及び船長による監督義務の明記、寄港国における検査などポートステートコントロールの強化などが盛り込まれ、海上労働条約の実効性の確保が図られているので、船内の労働環境や居住環境の向上に大きな貢献をしたものと思う。
 こうした条約の適用される船舶においても、調査の結果では便宜置籍船はセカンドレジスターを含む船主本国の船籍船舶に比べて労働・居住環境は明らかに劣るようである。


(1) 船員の雇用契約
 船員の約四分の一が終身雇用契約であり、四分の三が有期雇用契約である。これは2011年も2016年もあまり変化はない。2016年には初めて便宜置籍船と自国籍船の差異について調査したが、そこには明らかな差が見られた。すなわち便宜置籍船の船員で終身雇用契約をしている者は17% に過ぎないが、自国籍船ではこれが31% と倍近くになる。また船員の国籍が雇用契約に影響していることも分かった。すなわちフィリピン、インド、中国そして英国の順で終身雇用契約者が多くなり、英国のグループのみが終身雇用契約者の数が過半数を上回っている。
 乗船期間については2011年の調査では55%が6 ヶ月を超えていたが、2016年には34%と明らかに短縮された。また有給休暇は2011年には乗船期間1 ヶ月につき平均10.44日であり2016年もほぼ同じ10.97日となっている。有給休暇制度の無い契約もあるようだ。有給休暇のあるなしに関わらず年間の非乗船期間は2011年には75.68日であったものが2016年には86.29日となっている。
 労働組合の加入率は陸上産業と同様に著しく減少し、2011年には40% であったものが5 年後の2016年には34% となっている。そして若年層の落ち込みが目立つようだ。


(2) 労働時間とそのパターン
 停泊中には管理職にあたる船機長や一航一機は12時間以上働くことに変わりはないが、若手職員や部員は11時間以上働くケースは明らかに少なくなっている。航海中の労働時間は2011年には9.483時間であったものが、2016年には9.164時間と少し短くなっている。船員の国籍も関連するようでインド船員が最も長時間働くが、これに次いで英国人、中国人、フィリピン人と続く。これらの労働時間は1 週間の内の6 日間に行われるものであるが、船機長はつねに週7 日、” Seven days a week” の状態が続く。乗組員の平均値は6.62日/ 週とほぼ変化はない。


(3) キャビン及び衛生設備基準

1 )キャビンの共有と衛生設備
 他の船員とキャビンを共有しなければならないと回答した船員は2011年には14%であったが、2016年には10% と減少はしたものの、これについて不満を持っている船員は多い。海上労働条約第3.1基準(規範A)では「旅客船以外の船舶においては、船員に対して個人用の寝室を設ける」とある。ここで寝室はsleeping room の訳であり、この調査ではcabin と言う言葉を使っている。除外規定はあるが、船員一人ひとりに個別のキャビンが与えられるべきと考える。
 衛生設備について2011年には回答者の24% が個人用ではないと答えたが、2016年にはこれが21% に減少している。個人用衛生設備について造船所別では日本で建造された船舶が最も少なく(2011年は66%、2016年は67% が個人用ありと回答)、次いで中国は2011年:75%、2016年:81%、韓国は2011年:91%、2016年:97% と報告されている。これを見た時、英文の意味を取り違えたかと思ったが、そうではないらしい。いまだ日本で建造された船舶は大部屋方式から抜け出せていないようだ。

2 )キャビンのサイズとロッカー
 キャビンのサイズについては回答者の27%(2016年)が不満と答え、17% がどちらでもなく、56% が満足と答えている。これは2011年と大差はない。ここでも韓国で建造された船舶には68% が満足し、他の諸国で建造された船舶には62% が満足、日本は53%、中国は46% となっている。
 ロッカーについては70%(2016年、2011年は66%)が満足と答えている。しかし日本は満足度55%(2011年)と最下位である。 なお、当然の事ながら、大型船ではキャビンは広く満足度は高く、船種ではタンカー、そして船齢の若いものほど満足度は高い。

3 )室内温度、照明、騒音と振動
 ①室内温度
 室内の温度を調整出来るかという質問に対して2016年に64%、(2011年は59%)が可能と答えている。報告書では船齢やトン数、船種、さらに船員の国籍による回答の違いを細かく分析しているが、ここでは紹介しない。
 ②照明
 海上労働条約では適切な照明を設けるとしか規定していないキャビンの照明についてかなりのページを割いているのは驚きである。照明の程度、照明の調整が可能かどうか、自然採光(これは仕事の殆どを人工照明の下で行う機関士及び機関部員にとって極めて重要だと指摘している)、について綿密な調査と分析がなされている。これについては2012年に今回の報告書の著者の一人であるMr Ellisの ” A discussion of why control overlight and temperature are important”が参照されているが、残念ながら入手出来なかった。報告書では2016年には57%の船員が照明の調節が可能と回答している。なお2011年は48% であった。
 ③騒音
 船員の60% が騒音に悩まされている、と答えている。船種やトン数など、さらには職位によるキャビンの位置や仕様などにも分析が行われているが、省略する。なお、ここでも中国建造の船舶の次に苦情の多いのは日本製である。
 ④振動
 苦情があったのは2011年には63% であったが、2016年には59% と改善の兆しはみえる。ここでも中国に続き日本の造船所建造船舶には苦情が多い。


 この報告書では、キャビンの家具と付属品、食堂の家具と設備、洗濯機及び乾燥機、健康器具及び安全用備品についても詳しい調査がなされているが、ここでは省略する。いずれの項目にしても船員の十分な満足は得られていないことを指摘しておきたい。

(4) レクリエーション活動
 陸上産業労働者と比較して圧倒的にレクリエーション活動の機会や施設に恵まれない船員にとって、これらの配慮が精神衛生上如何に重要かを強調している。これに関してはSIRC の Dr H. Sampson を始めとするグループが2017年に報告書を公表しているが、機会があれば紹介したいと思っている。

1 )上陸
 上陸の機会については、11%(2016年)の船員が乗船中1 度もないと答えているのには驚かされる。しかも2011年には7 %であり、統計的にも有意と考えられるが、やはり絶え間ない船舶運航の効率化への圧力やISPS コードの影響があるのであろうか。SIRC は ” This is a serious issue thatrequires attention.” としている。

2 )インターネット・アクセス及びE-MAIL、電話
 今や生活の重要インフラとなったインターネットは、とりわけ船員にとって重要であろう。インターネットにアクセス出来ない船員は2011年には61% であったものが、2016年には49% に減少するという好ましい改善が見られる。E-MAIL については2016年には39% の船員が無制限かつ無料で利用できると回答している。これは2011年には27% だった。しかしアクセスの時間制限や有料であるという船員が13%もいる。そして料金(インターネット及びE-MAIL)は2011年にUS ドル 4.792/ 時間であったものが2016年の調査ではUS ドル19.607/ 時と大幅な増加となっている。これはどう説明されるのか報告書に記載はない。
 建造国別では多少は改善されたとはいえ、日本は中国に次いでインターネット環境が悪い。
 また大半の船員が携帯電話を持って乗船している。通話可能な日数などは航路が判明しなければ意味がないのでここでは触れない。
 船内における余暇の過ごし方やレクリエーション関連の設備や器具、船員が今後欲しいと思う設備や物品については省略。

(5) 食料
 筆者の予想に反して、食料に関しては質・量とも良い状態にあるように思われる。2011年には43% の船員が食事が ’ good’ or ‘verygood’ と回答したが、2016年にはこれが56%となっている。もちろん特別なダイエットのための配慮がないとか食事が健康的ではないとの回答も結構ある。

(6) 船上で働くことの利点と欠点
 船上での労働環境について主として2016年の調査結果を挙げる。まず欠点あるいは不利な点として船員が挙げたのは、プライバシーの欠如:28%、居住スペースの不足:38%、いじめとハラスメント:18%、不安定な雇用:36%、仕事にともなうストレス:67%、職位昇進の可能性の低さ:35%、研修受講の機会の不足:33% であるが、どの項目も2011年の調査と比較して改善されていることは喜ばしい。しかし依然として多くの船員が乗船中に大きな悩みを抱えていることを忘れてはならない。
 一方、長所あるいは有利な点として、待遇や報酬について述べられているが、これらは統計上、いわゆる極性化現象(polarisation)が起こりやすく、例えば給与について満足とするものと、不満を持つ者の両極端になりやすいという。ここでは報告書本文の「船上における給与が2011年には18% の回答者が‘poor/very poor’ と答え、これが2016年には21% となっている。一方給与が平均より‘good/very good’ と考える者が2011年に28%だったが、2016年には36% になった。」との報告の記載をするに止める。
 なお、船員の年金について40% の船員は船社が拠出していると答えたが、船社による年金の拠出は全くないが47%、13% の船員は船社が拠出しているかどうかしらないという。


後書
 こうした地味で時間も労力もかかる地道な調査や研究報告が船内の労働環境を改善し、船員生活を向上させ、ひいては安全性を向上し、運航効率を高めるのであろう。またこれが海運産業のディーセント・ワークに結びつくと思う。このような研究や研究者は貴重である。カーディフ大学のSIRC に改めて敬意を表したい。
 この原稿を書き終えた時に Nautilus の“telegraph” 1 月号が送られてきた。そこにこの報告書の紹介があったので、その中からイラストを1 枚、引用したことを記しておきたい。



参考資料 “The working and living conditions of seafarers on cargo ships in the period 2011-2016”
 URI:http://orca.cf.ac.uk/id/eprint/117480
「世界を変えた確率と統計のからくり134話」 岩沢宏和 S B クリエイティブ(株)
2014年
海上労働条約
 Nautilus “telegraph” January 2019
 


LastUpDate: 2019-Oct-17