天文航法

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-日本船長協会によるアンケート調査結果の概要報告-
 
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アンケート調査は、国際船長協会連盟から日本船長協会に対する依頼に基づいています。
現行STCW条約の第Ⅱ章A-Ⅱ/1節及びA-Ⅱ/2節では、航海当直を担当する職員に対し、天文航法の知識・技能及び六分儀の使用を最小限の能力基準として規定しています。
この天文航法に関する現行の規定を今後どのようにすべきか、次の選択肢から選ぶものです。

A.a. 現状のまま強制要件のA章として残す。
  b. 勧告要件のB章に移す。
  c. STCW条約から完全に削除してしまう。
B.将来、GPSの他に例えばe-Loranなど、位置が測定できる独立した2種類の手段が導入されたとき、あらためて天文航法の要否を決定する。

 

当協会が平成20年7月23日から8月21日にかけてE-mailによって行ったアンケートの調査結果をお知らせします。

調査対象:

33箇所(教育機関、海運会社、船長、航海士)

回答数:

38通(同一調査対象から寄せられた複数回答を含む)

結果:

表参照

当協会の結論:

アンケート調査結果を踏まえ、「A.a. 現状のまま強制要件のA章として残す」として、国際船長協会連盟へ回答しています。(平成20年9月2日に送付)

理由:

1.GPSの成り立ちを考えれば、その運用管理を一カ国だけに委ねるのは不安が残る。
2.7月22日付けのアメリカ案でも、GPS故障時のバックアップの必要性を唱え、天文航法に関する規定の完全な削除には慎重な姿勢である。
3.天文航法の修得過程では単に船位の測定だけでなく、大洋航海の基礎となる推測航法、日誌算法及び時刻改正に必要な正中時計算、Gyro Errorの計算に必要な方位角計算、日出没角計算及びGPS位置の誤差論などもあること。

アンケート調査に寄せられた回答から幾つかを紹介します。
(1) 現状のまま強制要件のA章として残す。(A.aとする)
① 天文航法の修得に費やす時間が無い場合、理論はともかく、最低限六分儀の取り扱い及び計算方法だけは知っておく必要がある。
いくら技術が発達しても機器が故障する可能性はあり、その場合、船位決定手段は天測である。
最近のオイルメジャーによる検船及び撤積船における検船においても、航海士の天測がクローズアップされている。
② 六分儀が法定備品でなくなっても、マグネットコンパスは相変わらず法定備品です。
GPSの精度は高いですが故障します。
XX丸でも12年の間に数回メーカーを呼びました。
その間GPSの位置信号を取り入れている航海計器は使えないか機能が大幅にダウンします。
今の緯度・経度が正確なのかを自ら知る手段をほとんど知らない航海士が世界中の海を航海するのはとても怖い気がします。
③ STCW条約の目的は安全運航の達成であり、安全運航を達成するために必要とされる船員の能力を定めてあります。
つまり、STCWで定められた能力が備わってなければ、安全運航が担保されないということです(建前の部分)。
一方、技術革新の進捗状況が早く、新しい航海機器・計器が搭載されている最近の現状において安全運航を達成するためには、これらの機器を有効に活用しなければならず、STCWで求められる知識・技能に加えて、これらの知識・技能の修得が必要となっています。
学ぶべき知識・技能が増えれば、当然、それらを修得すべき期間も増加します。
しかし、船主サイドは船員の育成に多くの時間を費やしたくないと思われます(本音の部分)。
それで何とか安全運航が達成でき、かつ船員の育成の期間が短くなるように模索しているのではないでしょうか。
今回の見直しが単に船長・航海士の学ぶべきことが多すぎるという理由から、余り利用されない「天測」を除外しようというのはちょっと無理でないかと思います。
確かに新しい航海計器の登場で海技者が修得すべきことが増えているのは事実ですが、海技者の技術修得の負担が増えることによって安全運航が阻害されると結論付けるのは無理があります。
換言すれば、現状の環境下で如何なる状況下においても、天測なしに安全運航達成が担保されるなら、「天測修得」は必要ないかもしれません。
しかし、現段階では、如何なる状況下においても、安全運航が達成できるということは誰も言えません。
「現在、位置決定には天測を使うことはない。従って、天測修得は除外しても良い」と言う人がいても、「天測修得をしないのだから、大洋航海中のジャイロエラーの検出はしなくて良い」という人は少ないと思います。
つまり、天測は位置決定のみに利用されているだけでなく、様々なことに関係しているため、それらすべてが影響されないことを確認した後に省略の議論をすべきだと思います。
以上の観点から、小職の意見はA-aです。(学生時代に最も苦手な教科でしたが……)勧告要件に移した場合、実態として多くの国が「天測修得」をカリキュラムから削除してしまうことになると思います。
④ 天測計算方法の修得段階で得られる知識は、船位測定を目的とするだけでなく、時制の概念や天球座標の概念など、航海術のさまざまな分野で必要とされる知識である。
六分儀を使った天体の高度測定と、船位測定の技術の要否を論ずる前に、「天測計算方法の修得」が航海術の様々な分野で必要とされる知識の修得のために、優れた学習の手段であることを認識すべきである。
⑤ 現在GPSにより、船位決定は非常に簡単に正確に求められますが、逆にGPSがなくなれば運航できない航海士も相当数になろうと思います。
ここで天測の伝承を止めてしまえば、いざ必要となった時に教える人間もいないのではないかと危惧します。
これまでの天測は天測歴を利用することから、船位決定に時間を要していますが、天測歴を内蔵した電卓と六分儀があれば、さほど時間はかからないと考えます。
六分儀が備品から外されましたが、計算機の有効利用を取り入れれば、逆に、六分儀の取り扱い方法と索星、天測の原理を理解させることで、細かい手順を覚える必要がなくなると思います。
防水の六分儀に時計、天測歴内蔵の計算機能を組み込んで、ボタンを押せば測高度と時刻が入力されるようなものがあれば、かなり便利になるのではないでしょうか。
(2) 勧告要件のB章に移す。(A.bとする)
① 参考程度の学習で良い。ロランや、オメガ、デッカの時代は船位の入らないところや精度も必要最低限を満たさないこともあり、天測は欠かせないものでした。
NNSSが誕生し、精度は向上しましたが、船位が欲しいときに必ずしも船位が求められるとは限らず、やはり天測との併用になりました。
これに対しGPSは常に船位情報が入り、大洋航海中における船位の精度は十分だと思います。
しいて言えば、機器の故障時、或いは電源が落ちたとき(発電機のブラックアウトなど)にどうするかということになりますが、このときに天測ができればいいという程度で十分ではないかと思います。
天測の学習にかける時間を、現在必要とされる項目に振り替えるのがいいのではないでしょうか。(このことは私が現役の頃から現場の話題に上がっておりました)
② 現実として勧告要件のB章に移すことも止むなしと考える。
但し、引続き強制とすべきということが総意であるならばこれに異を唱えるものではない。
理由:①現実として測位のためにはほとんど使用していない。
②仮にGPSが故障したとして、海難に至るとは考え難い。
しかしながら、
1)船長、航海士として天体により位置がわかるという知識と、天体による船位の確認という経験は、その後の海上職において十分価値あるものであること 
2)特に他の測位システムの原理を理解する場合にも球面三角等天測の知識は有効である 
3)測位としては利用していないが、チェック等々で現実に天測を実施している 
4)全世界的に信頼できる測位システムが現在はGPSしかないということには十分配慮した議論がなされるべきと考えます。
③ 勧告要件のB章に移すのが現実的と思料する。
航海士Cadetの天測手法の取得については、次の理由により、天文航法の一部として、引き続き修得する機会は必要であると考えます。
1.遭難時の位置確認/衛生測位システムに不具合が発生した場合に有用。
2.Gyro Errorの確認等、天文航法基礎知識は船舶を運航する上で必要。
3.海事大学等では、引続き天文航法に関する講義がおこなわれている。
しかし、衛星測位システムの信頼性が上がり、日本籍船の航海属具備え付け要件から六分儀も除かれた現状から、勧告要件としてB章に移す。
④ 勧告要件B章に移す。完全にSTCW条約から削除すれば、会社方針等の運用では時間とともに消滅しそう。
なお、育成機関で天測教育にあまりにも時間を掛けすぎることは好ましくなく、A部の表の最初に天測についての記載が重石になっているのでは?
参考意見:GPSの復旧以来、実質天測は完全に補助手段となっており、S E X -TANTさえ持たない船があるが、SIREInspectionではGPSの故障も想定し、天測による位置測定を実施していると説明している。
(3) STCW条約から完全に削除する。(A.cとする)全回答数は2通です。
① 船位測定方法としての天測計算については将来にわたって必要ない。
「平時と視時」「薄明時間」「日出没計算」「コンパスエラーの算出」などは、天測計算と同じ方法で計算したりするため、天文航法に関する知識が激減することもない。
② 六分儀が法定備品でないならば、天測修得の意味は無いと思います。仮に任意で持つことになっても、修得までの必要はないと思います。
天測手順のマニュアルを六分儀のケースに入れておけば事足りると思います。
天測修得が必要ないということは、天文航法に関する知識が必要ないという意味ではありません。
航海士に対する教育・訓練機関における天文航法に関する基礎知
識は当然必要であると考えます。(程度の問題はありますが)
(4) 先送りする。(Bとする)
① 現実論としてBを選択するべき。
基本的に天文航法の知識並びに天測の技術は必要かつ有用と認識する。
若し何らかの原因によりGPSが使用不要になった場合、陸上物標が目視かレーダーで観測できない場合で近傍に浅所などがあり得るケースでは、危機に瀕することが現実に想定される。
例えレアーケースでもそのようなリスクがあり得る以上、それに対処する術を確立しておくのが危機管理の定石と思われる。
更に、天文航法の学習を通じて航海技術と知識のレベルアップと船長、航海士の資質の低下を防止し、以って、長期的に船舶交通の安全確保に資すると判断される。
いたずらに、教育コストの削減に邁進することは、長期的観点で安全性の阻害要因となり、むしろ、修得するべき事項が増えるのなら、コストと時間を掛けても、より教育のレベルアップを目指すことが正道と思う。(実際には、昔程の天測の錬度は不要で、非常時に天測で船位が何とか決定できる程度で良いと思われるので、それ程の学習量は要らない)
② 将来GPSの他に例えばE-Loranなど、位置が測定できる独立した2種類の手段が導入されたとき、あらためて天測の要否を決定する。
沿岸航海(因みにトルコではGPSがオールマイティーでした)でさえGPS全盛の測位の感がありますが、米国主導のGPSシステムであることと、やはりトラブルが想定されることを考慮すると、天測は必需事項であると思います。
ただし、0.1マイル単位での精度と、計算速度の要求は必要ではないと思っています。
しかしそのベースとなる(1)太陽と星の測高度(精度は視界内であればということで5,6分程度でOK)を得られることは大変重要です。
計算は(2)玉屋の電卓で十分。もちろんプログラムされた電卓も含みます。
教育過程を簡素化するというのならば、職業訓練に特化して、つまり、理論や原理に触らず、概論で済ませれば負担も減ると思います。
以上、(1)、(2)を踏まえて、Bが適当であると考えます。
③ Bの先送りに賛成する。航空機の航空士が乗務しなくなったのは、ドップラーレーダーや慣性航法装置が設備されるようになったからで、船舶の位置確認がGPSのみに頼る現状で、天文航法を削除することは危機管理を怠ることになります。
航空機の航法を以下に記します。
地文航法、推測航法、天測航法、無線航法(無指向性無線標識 NDB/自動方向探知機 ADF/ホーマービーコン/超短波全方向式無線標識 VOR/距離測定装置 DME/タカン TACAN/ロラン LORAN)グリッド航法、ドップラー航法、慣性航法、オメガ航法、広域航法
④  先送りするほうがよいと考えます。
GNSSのみではなく、それ以外での測位に関する多重化が確実に実施される段階で検討すべきことと考える。
その段階で直結的に天測修得をなくすのではなく、測位に関する多重化が十分に安全航海に担保され、さらに遭難時などの非常事態においても測位が可能か否かを十分に審議すべきと考えます。
なお、天文航法の知識は、天測のみならず、衛星航法の原理に適応されるもので、必要不可欠なものです。
測定方法の違いにより性能が異なるものであり、基本的な測位についての考えは類似することが大きい。
これらのことを踏まえ、今後とも、天文航法の知識は、たとえ、天測が不要になった場合でも必要と考えます。
以上


LastUpDate: 2024-Dec-03